中編
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
蜜の味、泥の味
和也をどん底に突き落としただけでは、私の怒りは収まりきらなかった。彼を誘惑し、家庭を壊すことを楽しんでいたあの女、聖良への報復は、さらに周到に、そして彼女が最も執着する「虚栄心」を粉砕する形で行うことに決めていた。
聖良は和也との関係を、単なる遊びだとは思っていなかったようだ。彼女の狙いは、大手新聞社の記者という肩書きを持つ男を従わせる優越感、そして彼を通じて得られる「特別な情報」を実家のビジネスに流すことによる、父親からの承認だった。
私は広告会社での人脈をフル回転させ、彼女の素性を徹底的に洗った。すると、面白い事実が浮かび上がってきた。彼女は和也を「本命」と呼びながら、同時進行で複数の資産家令息や、ITベンチャーの経営者に接触していたのだ。彼女にとって男は、自分を輝かせるためのアクセサリーか、利用価値のある道具に過ぎなかった。
私は、彼女が今一番狙っている獲物が、私のクライアントでもある大手アパレルメーカーの御曹司、健斗であることを突き止めた。彼は若くして副社長を務め、次期社長の座が約束されている。聖良は彼との結婚を狙い、清楚な令嬢を完璧に演じて、彼の母親にまで取り入っていた。
健斗が主催する、新作コレクションのアフターパーティー。そこには、着飾った業界のセレブリティたちが集まっていた。聖良は、淡いピンクのドレスに身を包み、健斗の隣でさも婚約者のような顔をして微笑んでいた。
私はその会場に、仕事の関係者として、そして一人の「仕掛け人」として足を踏み入れた。
「あら、聖良さん。お久しぶりね」
私の登場に、聖良の顔が一瞬で凍りついた。しかし、彼女はすぐに営業用の笑顔を作り、健斗に私を紹介しようとした。
「健斗さん、こちら広告会社の。お仕事でお世話になっている方なの」
私はにこやかに、しかし会場の全員に聞こえるような通る声で遮った。
「ええ、お久しぶり。和也の妻です。主人があなたの件で会社を解雇されたときは、ご挨拶に伺えなくて失礼したわね」
会場の空気が一変した。健斗が不審そうな顔で私と聖良を交互に見た。
「解雇?不倫の件、とはどういうことですか」
私はバッグから、一冊のフォトブックを取り出した。それは、聖良が和也と過ごした不実な日々の記録、そして彼女が和也の新聞社に偽情報を流し、意図的に誤報を招こうとした証拠の数々をまとめたものだ。さらに、彼女が健斗と交際している期間中も、和也から多額の貢ぎ物を受け取っていた領収書の写しまで添えてある。
「彼女、和也には『奥さんより私を愛して』と泣きついておきながら、裏では健斗さん、あなたとの結婚を確実にするために、実家の会社に有利な記事を書かせようと和也を利用していたのよ。ジャーナリズムを私欲で汚した彼女のやり方に、私の元夫の会社も激怒していて。近く損害賠償請求の準備を始めているそうよ」
聖良の顔は、ドレスの色とは対照的に土気色に変わった。
「嘘よ、そんなの。全部この人の捏造よ!」
彼女は叫んだが、私は追い打ちをかけるように、会場の大型モニターにある映像を流した。私が事前にスタッフと打ち合わせをして仕込んでおいたものだ。そこには、聖良が和也の寝室で、健斗のことを「ただの金づる」と呼び、鼻で笑っている音声付きの隠し撮り映像が流れた。
会場は騒然となった。健斗の母親、つまり次期社長の椅子を左右する実力者が、冷ややかな視線で聖良を射抜いた。
「卑しい人。我が家の敷居を二度と跨がないでちょうだい」
健斗もまた、心底軽蔑しきった表情で彼女を突き放した。
「信じていたのに。君の正体がこれだったのか。君の実家の会社についても、今回の件で徹底的に調査させてもらうよ」
聖良は必死に健斗の腕にすがろうとしたが、セキュリティスタッフによって無造作に引き剥がされた。豪華なシャンデリアの下、彼女は床に這いつくばり、マスカラが涙で溶けて黒い筋となって頬を伝った。
「ざまぁないわね、聖良さん」
私は彼女の耳元で、冷たく囁いた。
「あなたが壊したのは私の家庭だけじゃない。自分の未来も、実家の信頼も、すべてよ。和也は今、借金まみれでどん底にいるわ。あなたが大好きだったあの『肩書き』も『お金』も、もうどこにもない。似た者同士、二人で地獄に落ちればいいじゃない」
聖良は言葉もなく、ただ嗚咽をもらしながら、嘲笑の渦の中を連れ出されていった。
その後、聖良の実家の会社は不適切な情報操作とスキャンダルが引き金となり、取引先が次々と離れて倒産に追い込まれた。彼女自身も、複数の男性からの慰謝料請求と、和也の元勤務先からの損害賠償訴訟に追われ、かつての華やかな生活とは無縁の場所に堕ちていった。
私は、和也と聖良の二人が、互いを罵り合いながら、ボロアパートで泥沼の生活を送っているという噂を耳にした。かつて「愛」だの「刺激」だのと謳歌していた二人は、今や互いの存在そのものが呪いとなっている。
私は、美しく整えられたネイルを見つめながら、シャンパングラスを傾けた。
和也のワイシャツに染み付いていたあの薄汚い香水の匂いは、もう私の記憶から消え去っている。代わりに残ったのは、自分の力で勝ち取った、凛とした静寂と勝利の余韻だけだ。
本当の「ざまぁ」とは、相手をただ不幸にすることではない。相手が最も大切にしていたものを、その目の前で、最も残酷な形で木っ端微塵に打ち砕くことなのだ。
私は、澄み渡る夜景に向かって静かに微笑み、新しい人生のページを力強くめくった。
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