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第39話 宇宙の真理

私の問いかけに、三人が一斉にこちらに視線を向けた。


「……ええ。隠すつもりはありませんでした」


静かに目を閉じていたセバスチャンが、ゆっくりとまぶたを開いて、穏やかに微笑んだ。そこに焦りや誤魔化しの色は一切ない。


「いつか、貴女がご自身でその名に行き着く日をお待ちしておりました。さあ、お掛けになってください。…すべてをお話しする時が来たようですね」


勧められるままに椅子に腰を下ろすと、セバスチャンが静かに口を開いた。


「ユリア・ヴィスコンティ。彼女は19世紀のヨーロッパに実在した、類まれなる異端の魔術研究者です」


「…魔術、研究者……」


そういえば、叔母も同じことを言っていた。

しかし、画家ではなく?

私の疑問を察したように、セバスチャンは小さく頷く。


「ええ。彼女にとって絵画とは元々、異界のビジョンを記録するための『趣味スケッチ』に過ぎませんでした。しかし……」


セバスチャンの声が、彼女の偉業を称えるように、少しだけ熱を帯びる。


「彼女の圧倒的な画力と魔術式が融合した結果、その絵画そのものが異世界へと繋がる『ポータル』として機能することを発見してしまったのです。以降、22の世界を繋ぐ究極の芸術を完成させることが、彼女の『ライフワーク』となりました」


「……」


「俗悪な人間社会に嫌気がさしていた彼女は、そのライフワークに没頭するため、人間界と異界の境界となるこの場所に身を隠しました。それが、この『霧の狭間の館』です」


私は改めて、談話室に飾られた絵画を見回した。


「じゃあ、ここにある絵は全部……その、異界への扉ってこと?」


「左様です。厳密に申しますと、『異界への扉とすることができるもの』です。現在、実際に異界への扉として稼働しているのは、お店にあるタロットモチーフの絵画だけです。」


「ああ、そうなのね……でも、ただ別の世界へ繋がる扉を描きたいなら、普通に風景画を描けばいいはずじゃない。どうして『タロット』のモチーフだったの?」


私の疑問に、セバスチャンはふっ、と誇らしげな笑みをこぼした。


「単なる風景画では、ただ『どこか別の場所』へ移動するだけの穴に過ぎません。俗物的なオカルトを酷薄に笑っていた彼女が求めたのは、そのような安直な奇跡ではありませんでした」


セバスチャンは一度言葉を切り、まっすぐに私を見据えた。


「魔術の歴史において、タロットの大アルカナ22枚は、世界の真理へと至るための『22の道』を示しています。彼女は、ただ無秩序に異界と繋がるのではなく、選りすぐりの22の異界を繋ぎ合わせることで……この宇宙の真理そのものを、一つの芸術作品として完成させようとしたのです」


宇宙の真理。

あまりにも途方もないスケールの話に、私はただ息を呑むことしかできなかった。


「だからこそ、彼女のライフワークは『22枚のタロット』でなければならなかった。……しかし、それほどまでに純粋で強大な領域をキャンバスに定着させるには、彼女自身が抱えるノイズが多すぎたのです」


「どういうこと?」


最後の言葉の意味がわからずセバスチャンに尋ねたが、彼は、テーブルの上の『女教皇』の絵に視線を向けたまま、私の問いかけにはすぐに答えなかった。

ルカもレイも黙ってセバスチャンを見つめている。


そんな中、セバスチャンはゆっくりと視線を私へと戻した。


「ユリア様は……」


何かを思い出すような、懐かしそうな表情を浮かべたセバスチャンは、ゆっくりとこう告げる。


「そのライフワークを完成させるために、私たち三人を召喚したのです。そして、私たちは主人あるじの感情を片っ端から捕食していったのです」


「……なるほどね」


私は小さく頷いた。そこに驚きはない。

なぜなら、彼らが人間の感情を喰らう『感情捕食者エモーション・イーター』であることは、とっくに知っているし、何より、彼らに感情を捕食されたらどうなるかを一番よく知っているのは私自身だ。


「完璧な異界の扉をキャンバスに定着させるためには、描き手自身のブレや私情は邪魔になる。だから彼女は、あなた達にそれを捕食(処理)させた……すごく理にかなってるわ」


私のあまりにも淡々とした肯定に、場に奇妙な沈黙が落ちた。


「……ユリア様の狂気を、恐ろしいとは思わないのですか?」


探るようなセバスチャンの声に、私は首を傾げる。


「どうして? 究極の真理に到達するために、不確定要素である感情を切り捨てるのはとても賢い選択だわ」


その言葉に、一瞬の沈黙の後で笑い声が響いた。

セバスチャンのみならず、ルカやレイまでもが楽しそうに笑っているのだ。


「……何がおかしいの?」


笑いが起きた理由がわからずそう言った私に、ルカが目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。


「いや……あんまりにも、予想通りの答えだったからさ。本当にブレないね、主人あるじは」


ルカの言葉の意図はわからなかったけれど、私は言葉を続けた。


「事実を言ったまでよ。一切の情に流されることなく、ただ原因と結果、そして合理性のみで物事を進めるというのは効率的だもの」


その言葉に、レイがふっと口角を上げる。


「ええ。ノイズを排除し、真理のみを切り取る。その冷徹なまでの合理性……」


そして、三人の視線が、再び私へと集まった。

どこか愛おしいものを見るような、ひどく甘く、熱を帯びた瞳で。


セバスチャンが恭しく胸に手を当て、深く、深く一礼する。


「……さすがは、我らが主人あるじ。その見解、ユリア様と一言一句違わぬものでございます」


私を称賛しているようで、どこか別の誰かにかしずいているような響き。

三人の熱を帯びた視線が、静かに私を射抜いていた。



そんな視線を受ける中、私はふとあることを思い出した。


「そういえば…」


その言葉に三人がふっと我に返る。


「つまり、ヴィスコンティに飾られているタロットモチーフの絵画はすべてユリア・ヴィスコンティが描いたものだということになると思うのだけれど、『正義』は『逆位置モチーフ』だったじゃない?あれにどういう意味があるか、貴方たちは知っているの?」


この館のかつての主人あるじが描いたもので、かつ、創作中は彼らが感情を捕食していたということであれば、その経緯も知っているかもしれない。

そう思って尋ねてみたのだけれど…


「残念ですが、存じ上げません」


セバスチャンは何かを隠しているふうでもなくさらりとそう答えると、こう続けた。


「ユリア様は一つのタロットモチーフについて何パターンも…それはもう、数えていられないほどの枚数を描いていらっしゃいました。そうして最終的に1つのパターンを仕上げるという描き方でしたので…」


不思議とその光景が脳裏に浮かんでくる。


「それに、僕たちは感情を食べることに夢中で、完成するまであまり絵には意識を向けたことがなかったな…」


ルカもその時のことを思い出したのだろう。

美味しいものを食べた時に見せるような表情でうっとりと宙を見つめている。


「ユリア様はご自分の描かれた絵について、多くを語ることはしませんでしたしね」


レイはそう言って、『女教皇』の絵の額縁をツゥーっと指でなぞった。


「そうですね。我々が完成した絵をしっかりと見たのは、たった一度……ユリア様が22枚の絵を使って『生命の樹』を作られた時だけです」


生命の樹………


私はその言葉を反芻する。

オカルトや魔術の世界における、宇宙の真理を解き明かすための『設計図』。


「……なるほど。さっきセバスチャンが言っていた『22の異界を繋ぎ合わせて真理を完成させる』って、そういうことだったのね」


私は思考を巡らせる。


「彼女はただ絵を並べただけじゃない。この空間に、本物の『生命の樹』という巨大なシステムを物理的に構築したんだわ。……でも、そうなると、ますますわからないわね」


私がそう言うと、三人がわずかに首を傾げた。

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