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第23話 深夜の家宅捜索と「N」の記録

「え!二階?なんで!?」


「いや、今言ったでしょ。まずは叔母が何か残してるかもしれないから、手帳とかを探したくて」


「いや、いや、それはちょっと…」


「なによ。あ、そうだ。たまには琥珀の顔も見たいし…」


琥珀というのは、叔母の飼い猫のことだ。

叔母の失踪後、コウが世話してくれているのに甘えて任せっぱなしにしているが、かなり長いこと顔を見ていないことを思い出した。


「琥珀も懐いてくれてたから、私に会いたいかもしれないし…」


「懐いてねーし!」


「…は?なに言ってんの?」


「あ……いや、俺の方が懐かれてるし!!!」


急にどちらが猫に懐かれてるかで張り合われても、困る。


「っと、そうじゃなくて!部屋が……!」


「部屋が、なに?」


なにをそんなに慌てているのか、まったくもってわからない。


「……え?もしかして………」


見せられないものでも散乱しているのか?それとも、いつの間にか彼女でも連れ込んでるのかも?ふとそんな疑問が湧いて、思わず確認してしまった。


「女の子とか…見せられないようなものが…」


だけど、そうではないらしく、すぐさま否定された。


「そんなわけないだろ!笑 そうじゃなくて…」


コウは一度だけゆっくりと息を吐くと、


「片付けサボってて部屋が散らかってる。それだけだ。だから……」


別に部屋が散らかっているくらい、どうってことない。

私はコウに近づくと、目の前に手のひらを差し出した。


「………」


早く鍵を出せという圧を出す私と、


「………」


出すもんかという確固たる意志を滲ませるコウ。


少しの間沈黙のまま睨み合っていたものの、


「……あ!臭い!」

「え!焦げてない!?」


火にかけたままのフライパンから黒い煙が上がってきたのと同時に、焦げた匂いが漂ってきて、


「ああああ!お気に入りのフライパンがああ!!」


そう言って私のことなんて眼中になくなったコウを見て、とりあえず営業が終わってからにすることにして諦めた。


***


深夜一時。

営業が終わり、最後の客を見送って、重厚な扉の鍵を閉める。


フライパンを焦がすという特大のミスをやらかしたコウは、その後は文句を言う元気もなかったのか、大人しく仕事をしていた。

客が引いた際には部屋の片付けをしていたのか、何度か二階へ行っていたのも知っている。

つまり、もう、鍵は貸してもらえるはずだ。


「今度こそ、鍵を貸してもらうわよ」


私がエプロンを外しながら声をかけると、コウは酷く渋い顔をしながら、ポケットから真鍮の鍵を取り出した。


「…はいよ。じゃあ俺、裏口のゴミ捨ててくるから。戸締まりもあるし、ゆっくり探してていいよ」


「ええ、助かるわ」


コウは努めて平静を装いながら鍵を渡してきたが、その足早に裏口へ向かう背中は、どこか競歩の選手のように不自然に力が入っていた。


「……?」


不可解な動きをするコウを見送り、私は鍵を手に二階へと続く階段を上った。


ガチャリ、と冷たい金属音を立てて扉を開ける。


叔母のプライベートルームは、彼女の几帳面な性格を示すように整然としていた。

アンティーク調のデスク、壁一面の書棚、そして部屋の隅に置かれた猫用のタワーとベッド。


私は部屋を見渡し、無駄な感傷を一切挟むことなく、直ちに『家宅捜索モード』へと移行した。

探すのは、デスク周りか書棚に隠されているであろう、手帳や日記、あるいは顧客リストだ。


「……紙の記録は少ないわね。やはりデジタルデバイスも併用していたのかしら」


デスクの引き出しを淡々と探っていると…。


トスッ。


背後で、微かな着地音がした。

振り返ると、少しだけ開いていた窓の隙間から、一匹の黒猫が優雅に部屋の中へ滑り込んできたところだった。


闇に溶けるような艶やかな漆黒の毛並み。首元から胸にかけて逆三角形にふんわりと広がった白い飾り毛。そして、美しく光る琥珀色の瞳。

叔母の愛猫、『琥珀こはく』だ。


「あら…外をパトロールしていたの?」


私が声をかけると、琥珀は「にゃあ」と短く鳴き、気高くすました顔でキャットタワーの中段へ飛び乗った。

いかにも『自分は最初からここで寛いでいましたけど何か?』と言わんばかりの、堂々とした振る舞いだ。


だけど…


「……外で追いかけっこでもしてきたの?」


「にゃ……?」


琥珀色の白い胸毛が、信じられないほど激しく上下している。

まるで建物の外壁を全力のパルクールで駆け上がってきた直後のように、呼吸が荒い。


おまけに、ピンと立った左耳の先には、裏路地のものと思われる蜘蛛の巣がほんの少しだけ絡みついている。


「室温が異常なわけでもないし、喧嘩をしたような傷もないし。…もしかして、高いところから落ちてパニックでも起こしたのかしら?」


私は客観的に状況を分析しながら近づくと、そっと琥珀を抱き上げた。

耳についた蜘蛛の巣を摘み取ってやると、琥珀はビクッと身体を震わせ、気まずそうにスッと視線を逸らした。


「にゃ、にゃーん……」


鳴き声まで弱々しい。


「本当に大丈夫?」


琥珀の胸元に耳を当てて心音を確かめる。聞き始めも早かったが、徐々に速さが増している気がする。

流石におかしいのではないかと思い、コウを呼ぼうと顔を胸から話した瞬間、


「あ!こらっ!」


するりと私の腕から抜け出した琥珀は、キャットタワーを逃げるように駆け上り、最上段にちょこんと収まった。


「まあ、いいわ」


私は琥珀から視線を外し、再びデスクの捜索へと戻る。

時折ちらりと琥珀に視線を送ると、琥珀はじっと私を見つめたまま、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。


「さて、と……」


引き出しの中身は、古い領収書や事務用品ばかりで、一見すると何の手がかりもない。

だが、一番下の深い引き出しを限界まで引き出した時、指先にわずかな『違和感』を覚えた。


「……底板の厚みと、外枠の寸法が合っていないわね。約三センチの誤差がある」


私は迷わず引き出しをひっくり返し、底板の隙間に爪を立ててスライドさせた。

カチリ、と小さな音がして、精巧に作られた『二重底』が姿を現す。


「見つけた」


隠しスペースの中にあったのは、黒革の装丁が施された古い日記帳と、血のように赤い封蝋シーリングスタンプで閉じられた『漆黒の封筒の束』だった。


封筒を手に取った瞬間、微かに古い薔薇の匂いが漂った。


ふと背後で「ふぁ……」と小さな欠伸の音がした。

振り返ると、琥珀がキャットタワーの最上階で、丸くなっている。


「遊び疲れたのかしらね」


私は静寂を取り戻した部屋で再び視線を机に戻し、黒い封筒の隣にあった叔母の日記帳を開いた。

そこに記されていたのは、カフェの売上などではなく、ある『異常なストーカー』についての記録だった。


『〇月×日。また彼から贈り物が届いた。今度は真紅の宝石。おそらく呪具だ。何度送り返しても、何重に結界を張っても、夜が明けると必ず私の枕元に置かれている』


『Nはかなり高位の存在。彼の実力は私の魔術を遥かに凌駕している。彼がその気になれば、いつでも力ずくで私を攫えるはずなのに、なぜか律儀に『求愛の儀式』にこだわっているようだ』


『〇月△日。手紙にはいつも同じことが書かれている。【我が永遠の夜の花嫁になれ】と。……冗談じゃない。人間の因果律を外れて、あんな冷たい永遠を生きるつもりは毛頭ない。』


『だが、彼の忍耐も限界に近い。このままでは、カフェごと異界の領域へ引きずり込まれる。彼に強制的に連れ去られる前に、根本的な解決策を見つけ出さなければ……』


ページはそこで、ぷつりと途切れていた。


「……なるほど」


私は、デスクに積まれた手紙を見つめる。

やはり、叔母はただの事故で失踪したわけじゃない。

この『N』からの強引な求愛を拒絶するため、あるいは彼との因果を断ち切るための手段を探して、自ら身を隠した可能性もゼロではない。


しかし…


『俺は、オーナーに何が起きて、()()()()()()()()()()()も知っている』


今日聞いたばかりの言葉だ。忘れるはずがない。


叔母は連れ去られてしまったのだ。この『N』という存在に。


「『N(えぬ)』って…誰なの?」


その心当たりが全くないまま、時間だけが過ぎていく。

この手紙からわかるのは、相手は人外だということ、それもかなり上位レベルの魔術を使える存在だということ、そして…ストーカー気質のサイコパスだということくらいだ。


「そんな客ばっかりじゃない…?」


店に来る人外の客は、おかしな輩はほとんどいない。

それは、叔母がこの店に結界を張っているからだ、と、最初にこの店に立った時にコウが教えてくれた。


『人間であろうと人外であろうと、この店と交わる()()()を持たない存在は、結界に弾かれて店には入れない仕組みになっている』


彼はこうも言っていた。


「ストーカーよ?どんな必然性があるっていうのよ……」


その私の疑問に答えてくれる人は……この部屋には、一人もいなかった。

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