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第17話 二人の刑事

いつものように開店時間の少し前にカフェに到着すると、カウンターにいたコウと目が合った。


彼はいつもの穏やかな微笑みを浮かべていたが、すぐに視線でテーブル席の方を示した。


何かしら、と店内を見回すと、壁際のテーブルで二人の男性がコーヒーカップを手にしていた。


一人は、九条刑事。

もう一人は、先日病院のエレベーターで会った…おそらく相棒だろう黒髪の若い男性。


「あ!この前の!」


若い刑事が私に気づき、勢いよく立ち上がった。


「え?九条さん、ここの店主が彼女だって知ってたんですか?」


九条刑事は気だるそうにコーヒーカップを置き、半眼で相棒を見上げた。


「…言ってなかったか?」


「聞いてないですよ!」


若い刑事が呆れたように九条の肩を叩く。


「どうりで、店名だけで迷わずたどり着けたはずですよ」


私は二人に近づき、淡々と告げた。


「…まだ開店のお時間じゃないんですけど」


すると、カウンターからコウが声をかけてくる。


「事件の聞き込みだそうです。コーヒーをお出ししようと思ったら、無償では提供を受けないというので、お代はいただくことに」


「…そうですか」


私が頷くと、九条刑事が椅子を引いた。


「お話、伺えますか?」


その声には、有無を言わせない重みがあった。


私は小さく息を吐き、バッグを置いて彼らの対面に座った。

すぐにコウが、何も言わずに常温の水を私の前に置く。


「…それで、何のご用でしょうか」


私が水を一口含んで喉を潤すと、九条刑事ではなく、隣の若い刑事…七瀬刑事が名を名乗り、手帳を開いた。


「先日、世間を騒がせた『交換殺人事件』をご存知ですか?実行犯は二人とも逮捕されたのですが…その内の一人が供述を拒んでおりまして」


「そうですか…」


「この男なんですが、うわごとのように『占い師の言う通りにすればよかった』と繰り返すだけで」


そう言いながら目の前に置かれた写真には、先日新聞で見た顧客の顔が映っていた。


「…守秘義務が、とか言わないでくれるとありがたいです。そもそも、守秘義務…」


七瀬刑事が丁寧に説明しようとするのを、九条刑事が手で制した。


「そんなまどろっこしい確認はいい。…単刀直入に聞くが、あんた、あの男に何を吹き込んだ?」


九条刑事が身を乗り出し、私の目をじっと覗き込む。

その瞳は、濁っているようでいて、奥底だけが爬虫類のように鋭く光っている。


「吹き込んだ、とは?」


「男は取り調べで、『占い師の言う通りにすればよかった』としか言わない」


「そうですか…」


「あんたはあいつの計画を事前に知っていたのか?そうなると、あんたにも一度署の方に来てもらうことになるが」


知っていたら通報していたかと言われたら、していないと思う。

けれど、知ってもいないことで「警察署」という病院と同じくらい重い場所に連れて行かれるのは避けたい。


「本当に…私の言う通りにしておけばよかったのに」


その言葉を聞いて、九条刑事がさらに身を乗り出してきた。


「知ってたのか!?」


一見気だるそうに見えるのに、なんだろう、この時折見せる鋭さは。


「彼は私に『ある大きなプロジェクトを抱えている。それが成功するかどうか見てほしい』と言っただけです」


「プロジェクト?」


「はい…交換殺人やそれに類する言葉は、一切聞いておりませんわ」


私は表情筋一つ動かさずに答えた。


「ほう…で?それで、占いの結果は?」


私の言ったことをあっさりと信じたのか、九条刑事は、乗り出していた身を引き、椅子の背もたれに身体を預けた。


「『共倒れ』とだけ、お伝えしましたけど…」


それを聞いた七瀬刑事が、訝しげな顔で私を見た。


「共倒れ…?共犯がいるって、なんで知ってたんですか?」


「共犯…?共犯かどうかは存じませんが、有能なコンサルタントのアドバイスを受けている、とはおっしゃっていましたから。それに…」


私が立ち上がってカウンターへと歩いていくと、察したコウがカウンターの下からタロットカードを取り出して渡してくれた。


席に戻り、箱を開け、一枚のカードを探す。

二人の刑事は何が始まるのかという表情で私を見ている。


デッキの中からお目当てのカードを取り出すと、私はそれを二人に向けて置いた。


「『ペンタクルの5』というカードには、雪の中を歩く二人の人物が描かれています。その状況を『一蓮托生の遭難』と表現し、『共倒れする』と伝えただけ」


「随分とよく当たる占いだな」


九条刑事は鼻で笑ったが、その目は笑っていなかった。


「…まあいい。ちなみに、その『有能なコンサルタント』について他に何か知ってることはあるか?」


「いいえ。名前は愚か、性別すら存じてませんわ」


これまで通り、知っていることを正直に伝えると、


「そうか。まあ、今日のところはこれでよしとしよう」


九条刑事がそう言って、テーブルに置いていた写真を回収し立ち上がろうとした、その時。


「ちょっと待ってください!」


九条刑事の肩を抑えて再び椅子に座らせた七瀬刑事が、身を乗り出して私の顔を覗き込んだ。


「タロットって、そんなになんでもわかるんですか?」


その表情には期待と驚きが入り混じっている。


「あら…興味がおありですか?」


「興味というか…単純にあなたの話してくれたことが真実だとしたら、すごいなと思って…あと、捜査にうまく取り入れたら効率的かな、と思ったり…」


七瀬刑事はそう言って無邪気な笑顔を見せた。


「はああ?おまえ、何言ってんだ?」


案の定すぐに九条刑事に嗜められていたものの、


「九条さんはいいですよ。類稀なる直感と頭脳があるんだから!僕にだって秘密兵器くらいあっても…イテテ…」


何を言ってるんだおまえは、と九条刑事に頬をつねられた七瀬刑事は、途中で言葉を止めた。


普段なら特に気にもならないはずのこんなやり取りだ。

それなのに、なぜか今日は少し微笑ましく感じた。


「なんなら…一枚引いてみましょうか?」


このコーヒーの料金はいただくという話だった。

であれば、一枚引きのサービスが付いている。


それを聞いた七瀬刑事は頬をさすりながらも目を輝かせて頷いた。


「ぜひ!」


そんな彼のために、デッキをシャッフルしてテーブルに広げる。


「今のあなたに一番必要なことを見てみます。さあ、気になるものを一枚どうぞ」


一列に並んだタロットの中から、彼が選んだのは『剣の2』。


めくられたカードには、目隠しをして二本の剣を交差させて座る人物が描かれていた。


「うわ、なんか身動きとれなそうなカードですね」


「ええ。意味は『盲目』。…貴方は今、分厚い『常識』という目隠しをしています」


私は七瀬刑事の目を真っ直ぐに見据えた。


「その常識の枠組みに囚われたままでは、事件の真相はおろか…世の中の『異質なもの』の存在にすら、永遠に気づけないでしょうね」


「……!なるほど、刑事の思い込みや先入観を捨てろってことですね!いやぁ、タロットって深いっすね!」


見事なまでに的外れな解釈をして深く頷く七瀬刑事の横で、九条刑事が「…はっ」と喉の奥で笑った。


気だるげだった瞳がすっと細められる。

彼にとってはオカルト占い師が何を言っているんだ、とでもいうところだろう。


「…本当に、よく視える占い師だ。おいナナ、行くぞ」


九条刑事は立ち上がり、伝票の横に千円札と小銭を置いた。


「え!九条さんも見てもらいましょうよ!」


その瞬間、カードを集めてシャッフルしている私の手から、一枚のカードが飛び出した。

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