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桜色の町




あの流星群の夜から数日が経った。タカアキが営む寿司屋の表には、『準備中』の札が掛けられている。しかし、賑わう店内の活気が外まで伝わっていた。


「本当にみなさん、ご協力ありがとうございました!」


調理白衣のタカアキが深々と頭を下げると、拍手が鳴り響く。黒川もさくらと一緒にカウンターに腰を掛けていた。


「……感慨深いものですね」


黒川は、タカアキの背中を眺めて呟いた。流星群を見る商店街のイベントは、ニュースでも取り上げられ、町は未だに熱気が冷めないままだ。


「タカちゃん、舞い上がってますねぇ」

「おや……まあ、いいじゃないですか」


近くにいた上島が、黒川に笑い掛け囁いた。いつの間にか、親密になっている様子に思わず笑いが零れる。それを隣でさくらは、足をぷらぷらと揺らしながら見ていた。


「……こら」


目敏く見つけた黒川が、さくらの膝を叩き窘める。こちらを睨めつける混色の眼差しに、困ったように眉を下げ応えた。


「ほらほら、タカちゃん。子供が飽きちゃってるよ!」


上島が野次を飛ばすと、店内が一段と盛り上がる。タカアキは小言を零しながら、長い挨拶を締め括った。


「ごめんね、今お寿司用意するから」


駆け足で厨房へ向かうタカアキが、さくらに優しく語りかける。そしてちらりと、黒川へ視線を投げた。


「……黒川さん、本当にいいんですか?」

「え……? ああ、大丈夫ですよ。お願いします」


一瞬、それが何を指しているのか分からなかったが、黒川は和かに返す。神妙な面持ちで、タカアキは妻に合図を送った。


「お待たせいたしました。お食事お配りしますね」


次々と寿司下駄が客人の前に運ばれ、さくらの前にも、彩り豊かな流し盛りが並んだ。


「まだ手をつけてはいけませんよ」

「えー、さくらお腹空いたぁ」


さくらが箸を持つより早く、黒川は小さな手を掴み膝へ導く。それを見たタカアキは、苦笑いを浮かべた。


「黒川さんも、お待たせしました」


カウンター越しから手渡されたのは、鮮やかな寿司盛りだ。黒川は丁寧に置き、手を膝に添えてさくらに笑いかけた。


「みなさん行き渡りましたかね? それではどうぞ、お召し上がりください!」


タカアキの号令で、全員の声が重なる。両手を合わせる黒川に倣い、さくらもぎこちなく両手を合わせた。黒川は白身魚をつまみ上げ、口の中へ放り込む。香ばしい醤油に、旨みが詰まった油が混じり合い、白身の柔らかな弾力と、程よく解れるしゃりが踊る。それはあっという間に喉の奥へと消えてしまった。


「……おいしい」


黒川が熱っぽい息を漏らすと、タカアキは強ばっていた肩をホッとしたように落とした。


「こんなに美味しいものを食べなかったなんて、もったいないことをしていました」

「そう言っていただけて、何よりです」


タカアキは鼻を少し赤くして、頬を綻ばせた。黒川が視線を落とせば、目を背けていたものが輝いて映る。


「ねぇ、黒ちゃん。これすごく美味しい!」


さくらの寿司下駄には、すでに半分以上無くなっていた。少しだけ、切ない眼差しを向けた黒川は、自らの寿司をさくらに寄せる。


「お寿司は逃げないので、ゆっくり食べなさい」

「はーい」


躊躇いもなくさくらは、黒川の下駄からまぐろを摘む。すると突然、店の引き戸が大きく音を立てた。そこにはサヤと見慣れない少女が立っている。


「あの……古本屋さん、いますか?」


サヤは視線を泳がせ、震えながら声を上げた。


「こちらですよ、どうしましたか?」


黒川は手を振り、サヤに呼び掛ける。気付いたサヤは、少女の手を引き黒川の元へと駆け寄った。


「すみません、この子を助けて欲しいんです」


サヤの後ろをついて歩く少女は、何かに怯えたように視線を下に向けたままだった。黒川は顎に指を添え考え込むと、くるりとタカアキの方へ身体を向けた。


「タカアキくん、すみません。今日はこれでお暇しますね」


隣へ視線を移せば、さくらはすでに黒川の分の寿司も平らげていた。黒川は小さい肩を叩き、立ち上がるよう促す。


「ほら、さくらも行きますよ。ご挨拶してください」

「えっ? んんと……アリガトウ、ゴザイマシタ?」


ロボットのように頭を下げたさくらは、確かめるように黒川へ視線を向ける。黒川も小さく頷き、頭を下げた。


「では、お店でお話を伺いましょうか」

「ありがとうございます。あの……皆さんも、お邪魔しました」


サヤたちも、深々と一礼して扉を静かに閉じた。


「……黒川さんは相変わらずだねぇ。タカちゃん」

「そりゃそうだよ。なんたって、ウチの商店街の守り神だからね」


タカアキは扉を見つめ、微笑みながら息をついた。店内は再び、雑談が飛び交う。タカアキと上島も、互いの杯を合わせ音を奏でた。




店を出ると、桜小町商店街と書かれた大きな看板が目に付いた。それはかつては、鮮やかな桜色をしていたが、今では白く色褪せ、文字の所々が欠けている。商店街のほぼ中央、ぽつんと古本屋が佇んでいる。小さな鈴を鳴らし店内へ足を踏み入れると、長く触れられていない本が並び、紙の匂いと埃が静かに積もっていた。


「どうぞ、適当にかけてください」


黒川は店の奥まで進み、カウンターへ腰を下ろす。後を歩くサヤも、本が積まれている平台に座った。


「ちょっとサヤ先輩! そこダメですよ」

「大丈夫大丈夫。椅子を用意しない、店長が悪いだから」


サヤは黒川を指差しニヤリと笑った。


「そのようですね。遠慮なくどこでもどうぞ」


困ったように笑いながら、黒川はサヤの後輩へ促した。渋々サヤの隣に腰をかけた少女を眺めながら、黒川は組んだ指に顎を置く。


「それで、どのようなご要件でしょうか?」


この古本屋に客は滅多に来ない。たまに来る客も、本を買っていくこともほとんどない。ここに来る人はみな、何か悩みを抱えてやってくる。それは、黒川が店主になる前からそうだった。この小さな客人は、一体どんな困り事を持ってきたのやら……苦笑いを浮かべる黒川を、さくらはじっと見つめていた。


「……実は──」


少女は小さく口を開く。零れる言葉に耳を傾けながら、黒川は静かに瞼を閉じた。





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