第99話 「異常気象」
〈王都グラント・ヴァイス南部 スネイク湿地地帯〉
「フェリス、ほんとに良かったのか?」
「はい、もし母だったら見過ごしたりしませんから」
マスターから言い渡された依頼を聞いて、迷わず受諾した。
依頼内容はこうだった。
『スネイク湿地地帯南部にて、付近の村民が怪我をした"ユニケルス"と思われる個体を確認。本来の生息地とは異なる地での目撃であることと、怪我の度合いにもよるが密猟の被害も考えられる。それに関係しているかは不明だが、最近天候が安定しておらず地盤も緩くなっている。気を付けて捜索してほしい。』
ユニケルス…
翡翠の一本角を持つ鹿だ。本来はこのような湿地地帯にはいないはずなのに…何かあったのかもしれない。
「もし本当にユニケルスであれば、密猟者達は血眼で探しだしてその角を奪うだろうさ。」
「角…ですか?」
「あぁ、その角はユニケルス特有の成分の翡翠で出来ていて、硬度や成分は一般的な翡翠石よりも純度が高く、練り上げれば史上の武器になる。だから目が飛び出るほどの高値で取引されるんだ。」
「なら、尚更見過ごすわけにはいかないですね…」
とは言ったものの…
これだけ広域の湿地地帯でその一頭を探し出せるものか…
目撃情報のあった付近には来たものの、それらしい姿は見当たらない。
「まずは近辺に群れがいないか見てみるか、そこに紛れているかもしれない」
ぬかるみが多く、足場の悪い湿地では探すのも困難だ。
「きゃっ!?」
と思ってる側から盛大に転けてしまった。
全身泥だらけ。おまけに肩に乗っていたラズリまで泥に埋もれてしまっている。
「ごめんラズリ…」
「大丈夫かフェリス……エウロスト〈風よ〉」
少し強めの風が体を包んで泥を落としてくれるが、全てとまではいかなかった。
残った泥が不快感を与えてくる。
「あまり音をたてると近くの獣達が警戒して離れてしまうぞ」
「すみません…」
足場のしっかりした場所を探しながらでは効率が悪く、周囲を見渡す事が難しい…
そう思っていると、あるものが目に入った。
「これって、足跡…?」
人ではない、おそらく獣の足跡だ。
蹄が三つに別れており、この先にある大きな沼地に続いていた。
「もしかしたらその先の沼地に獣達が集まっているかもしれないな、行ってみよう」
「はい」
この時、どうして気にもせずに見逃してしまったのだろうか…付近にまるで大きな何かが這いずってできた跡があったことを…
沼地に着くと天候が不安定になり始めていた。
雨が強くなり、雷も鳴り止まず聞こえてくる。
「こうも視界が悪いと探すのも難しいな…」
「そうですね…あっ!」
強雨の中、沼地の対岸に何か光る物が見えた。
「シルフさんあそこ!何かいます!」
「本当だ、行ってみよう」
視界の悪い中、足が取られないように対岸へ向かっていると肩の上で急にラズリが暴れ始めた。
「どうしたのラズリ?こら暴れたら危ないって…!」
「なんだ?」
「ラズリが急に…!!」
まるでこの先に行くなと言っているかのような感じだ…
「シルフさん一旦ここは戻った方が…」
「いや…それはやめた方が良さそうだ」
シルフさんが大きな茂みに視線を向け、魔法陣を展開していた。
ラズリも同じ方向を見て威嚇している。
大きく茂みが揺れ、その姿が現れた。
「あ…」
なんて大きな蛇なのだろうか…
まだ頭から少し出てきているだけなのに、すでに私達の頭上を遥かに越えている…
「こいつは…バジリスクだ……」
「バジリスク…?」
確か、その牙には猛毒を含み、その赤い瞳を見ると石化するという…
この世界における希少種の一種だ…
「フェリス…絶対にあの瞳を覗くなよ…石にされるぞ…」
「は、はい…」
緊張と恐怖か、身体が動かない…
だが、バジリスクはこちらに見向きすらしていなかった。
この沼地の遥か上空…
この雷雲の中央にその瞳を向けていた。
何かがいるのか、バジリスクはそこから決して視線を外そうとしない。
更に雷雨が激しくなり、沼地の水面が上昇し始めているその時だった。
雷に紛れて雷轟のような咆哮が聞こえてきた。
バジリスクがその咆哮を聞こえた瞬間、その大きな身体を動かし沼地の中心に向かっていく。
「な、なんだ…」
「シルフさん、あれ!!」
バジリスクの背を見ながら沼地の上空に蠢く巨大な影を指差した。
「おい…おいおい…嘘だろ……」
シルフさんが焦りを交えた声で視線を向けている…
「あれは…あの巨大な影は一体何なんですか…」
雷雲の中心、その中にいたのは…
「嵐の化身だ…」




