第100話 「嵐の化身」
「嵐の…化身……」
その雷雲が高度を下げて沼地の中央に近付いて来ている…
周囲に暴風雨が吹き荒れ、近くの木に掴まりながら立っているのがやっとだった。
バジリスクが唸り声をあげ、まるで近づくなとばかりに警告している。だが、そんなのお構い無しに雷雲はゆっくりと降りてきていた。
「ユニケルスを見つけるって依頼だったのに、まさか自然を司り天変地異を引き起こす『神獣種』に遭遇しちまうとは…」
吹き荒れる豪雨と雷轟…、この自然災害を引き起こしているのはあの中央にいる獣の仕業だった。
「シルフさん…あれは一体…」
「嵐を操り、空を舞う大蛇のような姿…間違いない…『嵐獣ル・トゥナ』…」
「ル・トゥナ…」
「各大陸を司る五神獣と呼ばれるまではいかないが、その力は勝るとも劣らない…それが『神獣種』だ」
「さっき『神獣種』は天変地異を引き起こすって言ってましたけど…このままだとどうなって……」
「あれが暴れれば、ここら一帯は大水害に飲まれ、生態系は崩壊し跡形も無くなるだろうさ…」
「そんな…」
どうすればいい…
こんなちっぽけな人間であの獣達を制御出来る訳が無い…
そんなことを考えていると足首まで水位が上がってきていた…このままでは流されてしまう…
「くそっ…風魔法で一度上空へ逃げたいが、この暴風の中フェリスと共に上昇するのは難しい…どうする…」
思考を巡らせているシルフさんの横で、ラズリが小さく咆哮を上げた。
「ラズリ?」
その小さな翼を広げて、身体が輝き始めている。
「あなた、まさか…」
雷雲を纏いながら降臨したル・トゥナにバジリスクが飛び掛かり、その衝撃で津波が襲いかかってきた。
「まずい…フェリス!!おまえだけ上昇させるからこの木の上に……なっ!?」
身体が元に戻ったラズリに跨がり、飛翔体勢を構えた。
「ちびちゃん!?また元に戻れたのか?!」
「シルフさん!!私達なら大丈夫です!!行こうラズリ!!」
掛け声と共に、ラズリは私を乗せて荒れ狂う豪雨の中を飛翔した。
すぐに荒れ狂うル・トゥナとバジリスクの頭上まで高度を上げると、下でシルフが風魔法で浮かび上がっているのを確認できた。
二体がぶつかり合う度にその衝撃波で空気が震動し、さらに地形が歪み始めておりまさに天変地異と化していた。
「ラズリ!一旦高度を落として旋回するよ!!」
その指示を聞いたラズリが暴れのたうち回っている二体へ高度を合わせてくれた。
「フェリス!!」
「シルフさん!クラーケナーの時のように私達が超高度にル・トゥナを誘導します!」
「それはできないだろう今はあの二体の争いだ…小さい私達になんて目もくれないぞ」
「じゃあどうしたら…」
「クラーケナーの時は奇跡的だっただけだ、今回はこのまま一度戻った方が利己的だろう…」
「そしたら、この辺り一帯は…」
衝撃音が聞こえると、バジリスクが水飛沫を上げ地面に叩きつけられていた。
だが、その時視界に入った翡翠の光を私は見逃さなかった。
「シルフさんあそこ!!」
二体の争っている所から少し離れた場所…翡翠に輝く角の姿が見えた。
「あれは…ユニケルスだ!」
「あれが…でも……」
何か様子がおかしい…
荒れる水面を歩き、争う二体に歩み寄りながら、その翡翠の角が次第に枝分かれしているのだ。
「シルフさん、ユニケルスは一本角って…」
「あぁ、あれは一体何が起こってるんだ…」
ユニケルスが更に輝き始めている、その姿が見えなくなる程に…
争う二体もその姿を捉え、戦闘体勢を取っていた。
徐々に光が弱くなりその姿が見えた時には、ユニケルスはいなかった。
そこに立っていたのは、何十本にも枝分かれした翡翠の角と翡翠に輝く身体を持った神々しい牡鹿…
「本当に…どうなっちまってるんだ、この世界は…」
「シルフさん…?」
こんなに青冷めた表情のシルフさんは初めて見た。
その翡翠の牡鹿が嘶くと、翡翠の輝きが辺り一帯を包み、荒れ狂っていた天変地異がまるで時が止まったかのように静止した。
「何が起こって…」
「間違いない、あの姿…あの力は…」
五神獣の一角、『刻限の翠鹿 ヴェルトゥ』だ……




