第93話 「木槌」
「こんなところに雷電甲虫がいるなんて…」
弱っている雷電甲虫を手で優しく掬い上げたが、腹部の蓄電器官が損傷していて上手く発光出来ていない。
案の定、すぐに手の中で死んでしまった。
「かわいそうに…あっ…」
辺りを見渡すと、すぐにそこに注意が逸れた。
ブラッドシアンが根の浮き出ている木の回りをうろうろと周回していたのが見えたからだ。
目を凝らしてみると、その根の隙間にラズリが隠れていた。
「うそ…どうしよう…」
隙間は小さく、ブラッドシアンが顔を突っ込む事も難しそうだが、根を破壊されてしまうかもしれない…
早くなんとかしないと…シルフさんを呼ぼうにもどこにいるか分からないし…
「私が…」
ナイフを握り締め、茂みから身を乗り出して近付いていく。
こちらに気付いたブラッドシアンが戦闘態勢を取っている。
手が震え、腰も引けている…でもラズリを助けないと…
「あ…」
隙だらけな様子を見て、ブラッドシアンが襲いかかってきた。
思わずしゃがみこんでギリギリ避けることが出来たものの、すぐにまた飛びかかってきている。
「うっ…!」
もうダメだと思い、目を瞑ったその瞬間……
「よいしょおらーーーーっ!!!」
「え?」
若い男の人の掛け声と共に、鈍い音が聞こえてきた。
恐る恐る目を開けると、目の前に大きな木槌を持って私にその手を差し伸べてきていたのだ。
「もう大丈夫ですよ、綺麗なお姉様」
「お、お姉様って私ですか…?」
「やぁだな~ブラッドシアンに綺麗なお姉様なんて言う人はいないですよ?もちろん、綺麗な貴女の事です」
「は、はぁ…」
淡緑色の目の上まで伸びた前髪と、そこから同じ長さでキノコの傘のような髪型の笑顔が爽やかな……男の子?
中性的な顔立ちをしていて、一目で性別は分からなかったが、歳は私より下のように感じる。
「あ…助けていただいてありがとうございます… 」
「いえいえ…あ、でももしお礼という事であれば~…僕とデートをしてもらえませんか?」
「デ…デート?」
「そっか、まだ名乗っていないのにおこがましいですよね、僕は『エナンジ・リヒッド』と申します。ぜひエナと呼んでください!」
そう言って差しのべてくれていた手を初めて手に取り、その身を任せると身体を起こしてくれた。
「わ、軽いですねぇ!」
「はぁ…あの…」
戸惑う私の肩に隠れていたラズリが飛び乗ってきたが、このエナという人を見ても不思議そうに眺めているだけで、特に警戒する様子はなかった。
多分、悪い人ではないのだろうけど…
「ではでは、お姉様のお名前、伺っても宜しいですか?」
「わ、私は…」
「フェリス!!!!」
背後からシルフさんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「シルフさん!!」
「ん?あの隻腕のお姉様は…」
「フェリス怪我は?!噛まれたりしていないか!?」
「だ、大丈夫です…!危ないところをこの方に助けていただいて…」
「君が助けてくれたのか、礼を言う」
「いえいえ、当然の事をしたまでで…そうですか、フェリスさんと言うんですね」
エナという人に急に手を取られ、片膝をつかれると…
「フェリスさん、僕は貴女に恋をしました。僕の妻になってくれませんか?」




