第92話 「予想外」
〈セレニス大陸 王都郊外 トルニトの森〉
「シルフさん…」
「さて、どうしたもんかね」
落ち着きを見せながら、片手に魔法陣を展開しているシルフ。
敵意を向けてくる複数の獣をその目で確かに捉えていた。
「まさか、王都近辺の森に『ブラッドシアン』の群れがいるとはね…」
ソルニ村を出た後、王都へ向かうために通らなければいけなかったこの森。
攻撃性のある獣がいる事はマスターに聞かされていたが、シルフさんもこのブラッドシアンは予想外だったようだ。
図鑑で見た事はある。
犬のような容姿をしているが、雑食性で主に獣の死体を食い漁る事から全身にその血を浴び、周囲に死臭を蔓延る獣…
ただ、主な生息地は乾燥地帯のはず…
「これも生態系異常なんでしょうか…」
「可能性はある、とにかく私から離れるな」
「はい…」
ブラッドシアン達は逃げ道を消すように連携を取りながら徐々に距離を詰めてきている…
「先手必勝、トゥルビネーテ〈仁旋風〉ッ!!」
魔法陣から地面を這うように進む小さな竜巻が現れ、ブラッドシアンの群れを蹴散らしていく。
竜巻を避け、散り散りになった数頭がこちらに飛びかかってきた。
「フェリスしゃがめ!!」
「きゃあっ!!」
シルフさんが頭を抑えつけてこなかったら飛びかかってきたブラッドシアンに襲われるところだった。
「ブラッドシアンには触れるな!噛まれたりでもすれば感染症を引き起こすぞ!」
「は、はい…あっ!」
突然、肩に乗っていたラズリが地面に飛び降りた。
「待ってラズリ!ダメ!」
制止を振り切り、ラズリはその小さな身体でブラッドシアンの間をすり抜けながら離れていっている。
「どうした?!」
「ラズリがっ!!待って!!」
「ダメだフェリス!!私から離れるな!!」
ラズリの走り去った方へブラッドシアンが向かっているのが見えた瞬間、シルフさんの言葉を忘れ、私は無我夢中でブラッドシアンの群れに突っ込んだ。
「ラズリ!!!」
背後からシルフさんが私を呼び続けている気がした。
それでも、今はラズリしか見えない。
視線の先にはラズリを追っているであろうブラッドシアンが走っている。
だが、ラズリの姿は確認できない。さらに先を行っていると信じてはいるが、不安が拭いきれない。
人の足ではやはり限界があった。
追っていたブラッドシアンも含めて完全に見失ってしまったのだ。
「はぁ…はぁ…!!ラズリーーっ!!」
静かな森の中は私の叫ぶ声だけが響き渡っている。
「どこ…どこに行っちゃったの…」
微かに感じるブラッドシアンの死臭を頼りに茂みを掻き分けながら進んでいく。
辺りから茂みの揺れる音がする度に心臓が締め付けられる。
思わず使いこなせないナイフを取り出し、強く握り締めた。
無いよりはマシか…
ガサッ!!
突然、近くの茂みが不自然に揺れた。
「ラズリ…?」
ナイフを揺れた茂みに向けながら恐る恐る歩み寄っていく。
「お願い出てきて…!」
姿を見せる事もなく、返答もない。
恐怖に駆られながら茂みを覗き込む。
「え?」
そこには見覚えのあるものがいた。
でも、どうしてここに…
そこにいたのは、一匹の弱っている雷電甲虫だった。




