第91話 「波音」
「はぁ…気持ちいい…」
酒場を後にして、宿に着くと真っ先に温泉に入り疲れを癒していた。
「フェリスもちびちゃんも沢山食べてたからな」
ぷかぷかと気持ち良さそうに浮いているラズリ。
その膨れた腹が浮力になっているから沈むことはないだろう。
「今日はここで一泊するが、朝一で出発するから寝坊はしないようにな」
「分かりましたぁ…」
「気の抜けた返事で不安なのだが…」
故郷の村以来、久しぶりに入った温泉があまりにも心地が良い…
だが、同時に母との記憶が心を締め付けてくる
「私だけ、こんな良い思いをしてもいいんでしょうか…」
「ん?」
「こうしている間も母は…」
良い思いをしている自分がどうしても許せなかった。
「フェリス、親は子どもが幸せでいてくれるならそれで良いんだ。あんたが笑っていてくれるなら、きっとあの人は大丈夫だ」
「でも…」
「それに決して無駄に生きてる訳じゃない。お母さんを助ける為に旅をして、今は休息の時間なんだ。休息は大事な事だから決して無駄なんかじゃない」
「そう…ですね…」
「まぁ、今日はゆっくり休んで明日に備えよう。明日はきっと野宿になるだろうしな」
頬をピタピタと叩き、気持ちを切り替える。
「分かりました、しっかり休みます」
そういえば…
故郷の村ではいつも大浴場から出ると待ってくれていた人がいた…
せっかく温まったのに湯冷めしてもお構い無しに…
喧嘩別れのまま、村を飛び出してしまったし…
願わくば、もう一度会って話がしたかった…
でも、あの人もきっと凍土化に巻き込まれてもうこの世には…
「イリアン…」
〈セレニス大陸北西部 バレナ村〉
完成した帆船に物資を積んでいく船員達。
出港が近く、皆が慎重になるが動きに焦りを交えていた。
「イリアン、もう出港だぞ」
「あぁ、今行く」
帆船に乗り込むと、離れていく大陸をボンヤリと眺めている。
「これで良かったんだな?」
「あぁ」
「おまえが良いんだったら、俺達はどこまでも付き合ってやるよ」
「すまない」
気付けば故郷からどんどん離れていた。
これが一番の近道なのかもしれないが、少し不安を覚える。
それでも、今は進み続けるしか助ける道は分からない。
帆船で砕ける波音と慌ただしく動く船員達の音だけが響いてくる中、まだ会うことの出来ない姿を思い浮かべる。
「…フェリス……」




