第77話 「異変」
耳飾りに力を込め、生け簀の海水に手を入れていると、警戒もせずにリーフィーホースはその傷をこちらに向け見せてくれた。
噛み傷のような怪我。
身体をぶつけてできた傷ではなく、明らかな外敵からの攻撃…
「痛かったよね、待ってて」
元々の性格なのか、このリーフィーホースの警戒心の無さが気になる。
「シルフさん、さっきこの子達が仲間だと言ってましたけどどういう…」
「あぁ、リーフィーホースは私達が漁に向かう時に船を牽引してくれているんだ。」
「牽引?」
「あぁ、だが牽引だけではなく漁そのものも手伝ってくれる。」
「それって、無理やり従わせているとか…」
「まさか、リーフィーホースと私達は共生関係みたいなところだ。」
「共生…」
「私達の漁は水中でリーフィーホースから酸素を分けて貰いながら長時間潜り、銛で魚を突く。その魚をこの子らに分け与える。お互いに利益のある関係性だろ?それがこの村の古くからの伝統なのさ。」
「へぇ…すごい…」
異種の獣同士による共生関係は聞いたことはあるが、人間と獣によるここまで成り立った共生は初めて聞いた。
「だからこの子らは村の立派な仲間なんだ。だが…」
傷が治っていくリーフィーホースを見て、シルフさんが少し暗い表情を浮かべていた。
「ここ最近、深海にいるはずの野生のリーフィーホース達が浅場付近で目撃されることが増えてな。一度、調査しに深海近くまで潜った時…」
「何か、いたんですか?」
「共食いをするリーフィーホースを見つけたんだ。」
「共食い…」
「魚を主食にしているはずのリーフィーホースなのに、同種を襲って攻撃している個体がいた…その個体は一匹だけじゃない、複数目撃されているんだ」
「じゃあ、その個体から逃げる為に浅場に…」
「おそらくな」
「その個体って、同種だけを襲っているんですか?」
「ん?あぁ、今のところその報告のみ受けているが…」
同種のみを襲う…攻撃性の高い…
思い当たる節があった…
教皇が生み出した人造種…
まさか、ここにも現れているというの…?
「おーーーーーいシルフ!」
村の方角から慌てて呼びかける声が聞こえてきた。
私達の前で立ち止まると、息を切らした男性は整える暇もなくその慌てる理由を話し始めた。
「なんだって?!クィル達の船がリーフィーホースに沈められた?!本当なのか?!」
「嘘なんかつくわけねぇだ!今コッツァロの小岩に座礁してるけんど、シルフに助けさ呼んでこいって!」
「分かった、すぐに向かう!」
「シルフさん、私も何か手伝いを…」
「フェリス、すまないが村で待っててくれ。私は沖合いに向かう。」
「でも…」
そう言うと、シルフさんは目の前の生け簀にいたリーフィーホースに颯爽と跨がり、声をかける間もなく水平線へ走っていった。
「どうしようラズリ…」
キュルッ。
肩にいたラズリは小さな鳴き声をあげて頬にすり寄ってくる。
「私が行っても足手まといになるだけか…」
助けてもらったお礼もしたかったが、余計な事だと感じて海岸に沿いながら村へ足を進めた。
「ラズリ、やっぱり船を沈めたのって人造種の仕業かな…」
キュルルッ!
「そう思うよね、だったら私にも責任が……ん?」
海岸を歩いていると、少し先に踞っている何かが見え、近くに寄って行くと先程まで見ていた獣だということがわかった。
「あそこに漂着しているのって、リーフィーホースかな?」
だが…
「え…」
それは先程まで見ていた深緑の鬣をしたリーフィーホースではなかった。
「蒼い…リーフィーホース…?」




