第74話 「潮風」
「ちょっと待ちな」
シルフさんが左腕を生け簀へ向け、魔法陣を展開した。
「エウロスト〈風よ〉」
次の瞬間、この浜辺に吹いていた潮風がシルフさんの一言で向きを変えて波を砕き、生け簀まで続く道を作ってくれた。
「すごい…風を操る魔法…」
炎や氷などを魔力で造り出す魔法は見たことはあるが、自然そのものを操る魔法というものは初めて見た。
シルフさんの後を着いていき、壁のようにそびえたつ生け簀の前で立ち止まる。
まさか自分よりも見上げる海があるとは思いもしなかった…
肩に乗っているラズリも物珍しそうに見ている。
「ほら、生け簀の中に何かいるのが見えるだろ?」
目を凝らすと、海水の壁の中に魚が群れを成してグルグルと回遊しているのが分かる。
「生け簀っていうのは自然を使った養殖、人の手で世話をしながら数を増やしているのさ」
「養殖…」
私の故郷の生業だった畜産のような事だろう。
この魚たちはきっとこの村の特産品に違いない。
だが、気になるのは…
「どうしてこの魚達は壁や囲われた柵も無いのにここから逃げないんですか?」
今はシルフさんの魔法で区画があるように見えるが、この魔法が無ければどこまでも拡がる海の中で逃げたりしないのだろうか…
「良い質問だ」
そういうと、シルフさんが生け簀に向かって手を伸ばした。
「え?」
まるで壁に手をついているかのように海水に触れている。
同じように恐る恐る手を伸ばすと、そこには確かに壁のような物に触れる感触があった。
「どうなって…」
「あの上に浮いている木の骨組みに『囲いの魔法』をかけているのさ。」
「『囲いの魔法』?」
「さっき言っていた柵のような物さ。目には見えないが、魚達が本能的に感じる事のできる見えない囲いをあの四角の浮きに沿って張っているんだ。」
「へぇ…すごい…魔法ってそんなこともできるんだ…」
「ここまでしといてなんだが、あんたの名前を聞いてもいいかい?」
「あ、すみません…フェリスといいます。」
「フェリス…良い名前じゃないか。私の見立てが間違いではなければだが、フェリスは同業者じゃないか?」
「え?」
「この生け簀を見てまず囲いが無いことに気付く辺り、少なからず飼育の知識があると見る。」
「シルフさんの言う通りです。私は畜産を生業としていた村の出身なので…」
「そうか、ちなみに畜産というと?」
ケガワウシの畜産は大丈夫だろうが、ドラゴンについては伏せておこう。
「主にケガワウシというウシ科の仲間で、その毛皮やミルクを特産品として扱っていました。」
「ケガワウシとなると…アラシア大陸の麗峰にしか生息していない希少な獣じゃないか。まさかフェリス…」
「『プロト村』の出身では?」




