第71話 「沈む影」
段階的に蘇っていく記憶の瞬間…
それらを繋ぎ合わせていき、重くなる心臓を抑えながら震える声を出す。
〈アラシア大陸 王都アライア・ヘウン郊外上空〉
「お母…さん……」
雲を切りながら飛翔するラズリの背でマテリアに抱えられながら乗せられ、もう戻ることの許されない事を悟り、何も考えられなくなる。
冷たい空が容赦なく肌に突き刺さる。
息がしづらくなるがそれは高度ではなく、何も出来なかった自分を戒めるように感じる。
母を助けられなかった……
この今までの時間が…
全てが……無駄……
「必ず…フェリスは報われるから…」
涙ぐむ声が風を通して聞こえる。
「貴女は幸せになれる…必ず…」
「何を言って……私は母を助けられなかった…王都も…村も…全てを犠牲にしてしまった…」
「それは違う…今は…そうでも……違う…から…」
そう言うマテリアの声が弱々しくなっている。
「マテリア…?」
大気中に少し潮の匂いを感じた頃、マテリアの声はほとんど聞こえなくなった。
「だ…いじょ……ぶ……」
その声を確かめる為に彼女の方を見ると、血の気の引いた顔でうっすらと微笑んでいる。
「足……ごめん今治癒を……!」
潰れた足からの出血過剰で今にも気を失いそうになっていたのだ。
すぐに力を込めて治癒を始めようとするが…
「ど、どうして…」
出来なかった。
どれだけ力を込めてもマテリアに治癒の力を使うことが出来ない。
母の耳飾りは光を奏でる事もなく、ただ風に揺られているだけだ。
「そんな……そんな……」
「フェリ……ス………………」
何かを呟いた後、マテリアは剣を抜き振り絞った力で飛翔しているラズリに触れる。
それを最後に彼女は瞳を閉じて気を失い、私の前から消えた。
「マテリアっ!!」
反射的に手を伸ばすも、落ちる彼女を掴むことはできなかった。
「ラズリ!!マテリアを助けに…!!」
……………え?
まだ間に合ったかもしれない。
急降下していけば彼女を救えたかもしれない。
だが、その黒の甲冑が小さくなっていくのをただ見ていることしか出来ず、落ちていく彼女の姿が視界から消えるのは一瞬だった。
「ラズリ?!身体が…」
真っ直ぐ飛んでいくラズリの身体が徐々に収縮し始めている。
小さくなる身体をまるで気にもしていないかのように、私を乗せて突き進んでいく。
まるで…
少しでも距離を稼いでるように……
「ラズリ…」
ついに私を乗せきれなくなり、ゆっくりと降下している。
「ねぇラズリ……」
下には朝焼けに照らされる海面が迫ってきている。
「ラズリ…!!」
もう飛ぶ力が無いのか、無気力に黒い翼を畳み衝撃に備えようとしている。
「ラズ……きゃっ!!!」
一瞬だった。
全身が一気に濡れたかと思えば、口に塩辛い水が流れ込んできた。
踠いても足を立てられる所が見つからない。
視界が歪み、水の抵抗で上手く身動きが取れない中、目の前に小さな黒い影が沈んでいくのが見えた。
息が出来ない。
上手く動けない。
それでも、その沈む黒い影を必死に追いかける。
肺に痛みが走る。
視界がゆっくりと暗くなっていく。
その黒い影を…抱き締めようと最後の力を振り絞った時…
目の前に白い巨大な何かが見えたのを最後に、意識を保つことは出来なくなった。




