第70話 「始まりの村」
「……あ…さん…」
「おはよう、朝食出来てるわよ」
「おかあ…さん…」
「様子はどう?変わったところは無いかしら?」
「お母さん…」
「おやすみ、フェリス」
「お母さんっ!」
息切れする身体を無理矢理起こし、辺りを見渡す。
自身は見知らぬ素材で出来た衣服を纏っていて、着ていたローブとナイフは見当たらない…
そしてここは部屋…だろうか…
質素だが、おそらくベッドであろう場所で寝ていたようだ。周りは木でできた壁に囲まれており、その隙間から知らない匂いが漂ってきている。
いや、前に一度だけ嗅いだ事のある匂いな気もするけれど上手く思い出せない。
今脳裏に浮かぶのは母との記憶…
ふと耳に触れる。
「え…」
母の耳飾りがない…
もう一度辺りを見渡すが、全身に打撲のような痛みが走り踞ってしまった。
「お母さん……」
最後に見た母の姿が浮かぶ。
もう…母は…
段々と思い出してきた。
母が氷柱に飲み込まれ、ラズリに乗って飛翔して…でもそのあとの記憶は思い出せない…
「ラズリ…!」
ラズリがいない…
それにマテリアも一緒に逃げてきたはずじゃ…
見渡すがどこにも姿は見えない。
痛みを堪えながら立ち上がり、ふらふらと言うことを聞かない足を強引に動かして部屋の扉に手を掛ける。
もたれかかりながら扉をゆっくりと開けると、視界一杯に今いる場所が拡がった。
「ここは…海……?」
目の前には水平線まで拡がる大きな青い海。
一度見たことのあるあの海が視界に拡がっていたのだ。
部屋だと思っていたのは、この海岸沿いに作られた一棟の木製の小屋だった。
周りには同じような小屋がいくつも並んでいる。
まるで海沿いの村…
波打ち際にはこれも木製の舟がいくつも停留している。
初めて見る景色だった。
私の暮らしていた雪に包まれるプロト村とは真逆…
太陽が照り付け、着込んでしまってはいけないと感じるほど気温も高い。
それにここの村人達だろうか。
出てきた私を見ようと囲み始めてきたが、全員肌が褐色に焼けている。
話す言語は一緒だが、理解出来ない単語も話していて上手く伝わってこない。
「あ、あの…」
どうすればいいのか…
ラズリ達を探そうにもドラゴンの事を無闇に聞くのは…
「お、目が覚めたか?」
人混みを掻き分けて現れたのは、白髪混じりのくたびれた布切れのような服を纏っていた大柄な男の人だった。
「皆、準備出来てるのか?そろそろ出航だぞ」
その一言で集まっていた人集りは散り散りと離れていく。
「寝起きのところすまなかったな。皆、お前さんの事を心配して気にかけていたもんだからよ」
「あの…ここは…」
「ここは『インニッツィオ村』だ。」
「い、いに…つを…?」
「ん?…ぬっははははっ!!」
突然、男の人が特徴的な笑い声を荒らげた。
「あ、あの…すみません…私…!」
「いやいや、こちらこそすまなかった。やはりと思っていたが、君はこの大陸の人間ではないんだろう」
「え?」
「うちの者達の訛りも理解出来てなさそうだったし、この村の名前も発音しづらいとこを見るとな」
「じゃあここは…『アラシア大陸』じゃない…?」
「ここは『セレニス大陸』の最東端で朝日が昇り最初に一日が始まる村…『インニッツィオ』とは『始まり』という意味だ。」
「『始まり』…『インニッツィオ』…」
「俺はその村の村長『クィルノーツ』という者だ。君の名を聞いてもいいか?」
裏を感じさせない屈託の無い優しい瞳で、私を見つめてくれている。
不安と緊張で縛られていた口は自然と開いていった。
「わ…私はフェリス・ノアです…」
「……そうか…」
目線こそ逸らしたものの、少し曇った表情を感じてしまう。
やっぱりこの名前は…
「フェリス…幸せという意味だな、良い名だ。」
「……?!」
「フェリス、君は数日前にそこの海岸に倒れているところを見つけた。」
「え、数日前…?」
あの時から何日も寝てしまっていた…?
そんなに日が経っているのなら、ラズリもマテリアも……
お母さんも……
「良かったら聞いてもいいか?なぜ海岸に倒れていたのか…」
蘇る記憶…
氷柱の中で触れる事が出来なかった母の顔…
「私は……」




