第15話 「黒き咆哮」
「ぐっ...!!」
背後から何かが飛びかかってきたのが見えた。
その瞬間、イリアンが庇って腕を噛まれてしまった。
「イリアン!!」
それは白銀の獣。体格も私達よりも大きく、イリアンは私を庇ったせいでそれに押し倒されてしまった。
唸り声を上げ、目の前の獲物を逃がすまいとその凶暴な牙が血を吹き散らしている。
「ダイアウルフ…?!」
「逃げろフェリス…早く!」
噛まれた腕はそのままに、ダイアウルフをフェリスの元へ行かせないよう自ら抱え込んでいるイリアン。
それを見た私はその場から動けずにいた。
イリアンを助けないと…でもどうやって…
置いて逃げるなんてできない…
ダメだ…
私は初めて見る明確に殺意を向けてきたこの獣に、立ち尽くすことしかできなかった。
そして、そんな私を更に追い込むように、また遠吠えが聞こえてきたのだ。
「くそっ…!!他にもいる…!!」
暗闇の中に獣の目がいくつも光っている。完全に囲まれてしまっていた。
ダイアウルフは群れで行動し、その群れのボスが統率しながら獲物を狩るという、とても知能の高い獣だと聞いたことがある。
まさに今、私達はその獲物なのだ…
「……サンダー…スフィア!」
イリアンが何か唱えるように叫んだ。
すると、数匹の雷電甲虫が一箇所に集まり、雷の球となってダイアウルフに突っ込んでいく。
それは見事腹部に直撃し、感電しながら吹っ飛んでいった。
「ハァ…ハァ…土壇場の思い付きだったけど…上手くいったぜ……ぐっ…」
安心したのも束の間、青ざめた表情のイリアンがその場に倒れてしまった。
「イリアン!!」
噛まれた腕にダイアウルフのものであろう、凍傷による壊死が起きており、裂傷部分からの出血が止まらなくなっていた。
それでも、数匹のダイアウルフ達が容赦無くこちらに向かって走ってきているのが嫌でも視界に入ってきた。
「あ…」
咄嗟に私は気を失っている彼を覆うように強く抱きかかえる。
もうダメだと、そう思ってしまったときだった。
キィィィィィィィィン…!!!
まるで空気を切り裂くような甲高い音と共に、上空から一つの炎の塊が降ってきた。
それは走り寄るダイアウルフ達の目の前に着弾した瞬間、強烈な爆発と巨体なダイアウルフを吹き飛ばすほどの爆風を引き起こした。
「きゃあっ!!!」
踏ん張っていないとこちらまで吹き飛ばされそうなほどの威力。
イリアンを離さないよう抱き、その爆風が収まるのをただ耐えることしかできなかった。
そして薄っすらと目を開けると、その爆発の逆光を浴びながら私達を守るように何かが見える。
でもすぐに分かった。
黒い鱗に長い尻尾、その翼を広げて私達に少しでも爆風が当たらないよう覆い立ち尽くしてくれていた。
「ラズリ…!!」
キュルアアアァァァァァッ!!!!!
他を寄せ付けまいとする威圧の大咆哮と共に、その鋭利な爪でダイアウルフを蹴散らしてくラズリ。
周囲を囲まれながらも、確実にその息の根を止め、その数を減らしていく。
普段、温厚なラズリがここまで豹変するなんて…
人の手では止められない獣の本能。少し恐怖を覚えてしまった。
でもわかっている。ラズリは私達を守るために戦ってくれている。
ラズリは闇雲に倒すのではなく、私達から距離の近いダイアウルフから倒していっているからだ。
やっぱり、ドラゴンは賢い生物だ。
ラズリとダイアウルフの戦いをただ黙って見ていたが、腕に抱えていたイリアンの異変に気付いた。
「冷たい……」
明らかに体温が低くなっている。裂傷部分から全身にかけて血の気もなく青白くなっている。
「今助けるから…!」
彼の腕に触れるとそっと瞳を閉じる。
あの時、ラズリにしたように治して見せる…
「……あれ?」
手応えが無く、目を開けると彼の傷はまだ治ってはいなかった。
「うそ…なんで…?」
あのときはできたのに…どうしてできないの…
何度も何度も試すがやはりあの力は使えない…
どんどん冷たくなっていく彼の身体を私は抱き寄せることしかできなかった。
「どうしよう…どうしよう…」
群れのボスであろう、一番体格のあるダイアウルフがラズリにゆっくりと近づいていくのが見える。
ラズリも身構え、お互い隙を見せないよう正面を向いたまま動こうとしない。
きっと、先に動いたほうが負ける。それくらい相手の動きに集中している様子だった。
だが、その均衡はすぐに崩れた。
痺れを切らしたダイアウルフがラズリに向けて飛びかかる。
だが次の瞬間、ラズリは炎の塊を吐き、直撃したダイアウルフの血肉が辺り一面に爆散した。
群れのボスがいなくなったことで統率が取れなくなったダイアウルフ達が散り散りになって逃げていくのが見えたが、そんなことよりも今はどんどん冷たくなっていくイリアンをどうするか考えるのに必死だった。
ここから彼を担いで村まで戻っても間に合わない…
すると、突然ラズリが翼を畳んで私の前に屈んできた。
「な、何をして…あ…」
その意図に気付いた瞬間、私はラズリに跨り、吹雪を切り裂きながら飛翔した。




