第16話 「飛翔」
どこまで上昇しているのだろうか、この夜の闇で地面など目視できない。
それどころか、猛吹雪の中私は振り払われないように全力でしがみついていた。
イリアンも落ちないように支えながらだ。
10歳の力でそんなことが出来るものなのか。
ラズリが手加減をしてくれているような気もするが、それでも無我夢中だった。
ただ、やっぱり限界を感じ始めた。
握力が抜けていくのがわかる。多分もう…
そう思った時。
突然、辺りの猛吹雪が止み、静寂に包まれた。
「……あれ?」
どうやら雪雲を越えたようだ。
月明かりと星々の小さな光が平穏な時間を見せてくれる。
ラズリも体勢を安定させて飛行してくれていた。
「すごい………」
初めて見る世界だった。
空気は少し薄く、吐く息も凍るように白い。
それでも今、私は夜を飛んでいる。
イリアンが落ちないように支えながら下を見ると、雪雲の隙間から火の灯りが見えている。
「ラズリ、あの村だよ!」
理解してくれたのか、ラズリが余韻を付けて降下の準備に入る。
「あ、ゆっくり…!ゆっくり降りてね!」
さっきの上昇とは真逆に、緩やかな角度で旋回しながら降下してくれた。
「そう…それなら大丈夫…」
上昇中ならまだいいが、降下をあの速度でやられては掴んでいる自信はなかった。
ゆっくり灯りが近づいてきたが、このままだとラズリは村の中心に降り立とうとしている。
流石にそれは大騒ぎになってしまう。
「ラズリ、あっちの少し外れた所に降りて」
指差した方向にラズリが顔を向けてくれた。
身体を転回させて、方向を変えて私達は地面に降り立った。
「ありがとう、ラズリ」
その黒鱗の額を撫で、最大限の感謝を伝える。
「でもごめんね、ここにいたらきっと誰かに見られてしまう…また明日会いに行くからあなたはもう戻って」
少し残念そうな顔を見せたが、負傷しているイリアンを見てラズリは助走してその場から飛び立っていった。
「急がなきゃ…」
冷たくぐったりしているイリアンを担いで、急いで村へ戻る。
だが、村へ入ったその時だった。
「フェリス!こんな遅くまでどこに……」
母が心配した様子で駆け寄ってきていた。
きっと怒られるだろう。でも今はそれとごろじゃない。
「お母さん!イリアンが…!」
「え?」
イリアンの姿を見てすぐに状況を理解してくれたのか、落ち着きを取り戻した。
「ひどい状態…すぐ家に行くわよ」
私からイリアンを担ぎ上げ、走って家へ向かっていった。
床に白い清潔な布を引いて、簡易的なベッドを作ってイリアンを寝かせる。
「低体温症に凍傷、それにこの腕の噛み傷……まさか……」
「その…ダイアウルフに襲われて……イリアンが私を庇って…」
「フェリス、あの鍋に水を入れて窯に置いてきて、清潔な布ももっと持ってきて」
「は、はい…!」
急いで言われた事を準備した。
水を汲んできた鍋を窯に置くと、母が指を振って魔方陣を展開し、すぐに火を付けてくれた。
しまっていた布を大量に運び、イリアンの横に置く。
「ありがとう、フェリス」
そう言うと、母は静かに瞳を閉じ、右腕をイリアンに掲げる。
すると、母の耳飾りから見たことのある青い淡い光が現れ、その腕を伝ってイリアンに注がれていく。
「あ……」
その光は見ているこちらまで心地が良い。イリアンの傷が光で癒やされているかのように治っていく。
母も使えるということは、やっぱりこれは魔法だったんだ…
「私も…」
息を整え、ゆっくりと手を掲げる。
イリアンを助けたい。いつも、いつも私を庇ってくれる。不器用だけど心配してくれている彼を助けてあげたい。
そう願うと、耳から少し暖かい空気を感じた。
母と同じ、青く淡い光が腕を伝ってイリアンに注がれていた。
「フェリス…まさかその光…」
「前に一度使えたの。もしかしたらできるかなって…」
魔法が使えるようになったよって、母に見せたかった。
ただ、それだけだった。
でも…
「…その力は人に見せたり教えたりしてはダメよ」
「え?どうして…」
「お願いだから…」
なんでだろうか。母の顔は本当に辛そうな表情をしていた。これ以上聞き返そうとは思えなかった。
「フェリス」
「なに?」
じっと瑠璃色の瞳が私を見つめてくれている。
何かを聞きたそうな…そんな顔だ。
「…ううん、なんでもないわ。もう湯が湧いてる頃だから、気を付けて持ってきて」
「…?わかった」
その夜、母と徹夜でイリアンの看病を施し、結局目を覚ましたのは朝日が昇り始めた頃だった。
目が覚めて最初に出た言葉は「フェリスは無事なの?」って。
なんでもっと自分の事を大事にしないんだろう。
今回の無断外出による件は母がなんとか誤魔化してお咎めなしとなった。
ダイアウルフの噛み傷は母の魔法で跡形もなく消えており、村長含めて他の人にはなんとかバレずに済んだ。
私も、母と同じ魔法を使えることができたんだ。たった一度だけだったけど、いつかきっと他の人にも役立てたいし、獣たちも助けたい。
「がんばろう」
目の前にいるラズリの額を優しく触れながら、心に誓った。
そういえば…
「私、咄嗟に貴方の背に乗ってしまったけど、大丈夫そうだった?」
キュル!
なんともないと言わんばかりに元気なラズリ。
「ねぇラズリ、もう一度一緒に空を見てみたいな」
そう呟くと、ラズリは屈んで乗れと言っている。
「ありがとう!」
今度は慎重に背に乗り、ラズリに跨る。
「あ、今回からはゆっくり上昇してね」
少し不服そうだったが、その翼をゆっくりと広げ、空気を仰いで宙に浮かんだ。
「おっ…ととと…」
様子を確かめるために一度こちらを振り向いてくれたが、私は笑顔で返した。
「大丈夫、行こう…って、きゃあ!!」
辺りの雪を撒き散らし、一気に上昇するラズリ。
振り落とされないよう必死にしがみつくが、どんどん地面から離されていく。
「ちょっ…と…!ラズリ…!」
なんだか嬉しそうなラズリの顔が見えた気がする。
ただ、これは安全に飛べるように訓練が必要だな…
霊峰スノーフィーネの山脈の間から太陽の光が光芒となって差し込んできている。
その光芒の中を辿るように、一人の少女とドラゴンの影が横切っていった。
ーープロト村・村長宅にてーー
「そなたの娘も齢10となったか…」
この村に似つかわしくない高貴な服を着た男が一人。頭を下げる村長とエレイアの前で不敵な笑みを浮かべ佇んでいた。
「そろそろ成熟が始まる頃…良かったのう」
「教皇様、今一度お考えを改めていただくことはできないでしょうか…?」
震える声で、エレイアは懇願していた。
「ならぬ、そなたの娘はこの大陸の民達を守るために必要な命なのだ。」
「ですが…あの子は…フェリスは……」
「未練たらしい女め、やはり呪われた一族の末裔ということか。」
「………」
「あと少しだあと少しで、あの五神獣が一体を…」
「あの娘を『器』として封印することができるのだ……!!!!」
〈第一章 プロト村編〉 【完】




