第14話 「遠吠え」
あれから一ヶ月が過ぎた頃…
「ここに置いておくね」
氷檻の隙間から人工餌を流し込み、声をかける。
決して信用してもらえた訳ではなさそうだが、このドラゴンから敵意を感じることは無くなっていた。
食べ物をくれる人間。
そんな認識といったところだろう。
大きな瑠璃の瞳を見つめながら、少し顔を傾けると、真似するようにその大きな頭を少し傾けてくれた。
「フェリスにも少しずつ慣れてきてるわね」
母が瑠璃の鱗を持ちながら声をかけてきた。
「それにしても人間の動きを真似するなんて…」
どうやら、真似をしてくる事は今までに無く、記録にも残っていなかったようで、他の大人たちも私の行動を真似する仕草を見て驚いていたらしい。
「ドラゴンの事、調べたりしているの?」
「え?」
少し緊張が走った。
実のところ、ラズリについては母を含めてまだ誰にも話していない。イリアンも同様にだ。
「さ、さぁ…たまたまだと思う…」
「でも気をつけるのよ。ドラゴンは賢いけどそれだけ恐ろしい面もある。本来、人なんて簡単に…」
「分かってるよ。」
そう、ドラゴンは他の獣とは違う。母は口を酸っぱくして毎日話してくる。これに関しては少しウンザリしているところもある。
だって…
「おーい!おはよー!」
朝一番、大木に着くと私を見つけたラズリが一目散に駆け寄ってきた。
嬉しそうにその長い尻尾を振って撫でてほしそうにしている。
ラズリを見ていると、母の言っている事はまるで信じられなかった。
「今日は仕事休みだから、一日一緒だよ。」
背負っていたカバンを降ろし、中から革で作ったボールを取り出すと、投げろと言わんばかりにラズリが構えた。
「それっ!!」
少し離れた場所へ投げると、その目で追いながら身体を翻してボールを取りに行った。
「見ろよ、今日も大漁だぞ」
背後からついてきていたイリアンが、大木の穴に視線を向けていた。
「ほんとだ」
穴の中にはラズリが獲ってきた魚で埋め尽くされていた。
ここ一ヶ月、どうやら会いに来る私達の為に魚を獲ってきているようで、昼食は基本、焼き魚になる。
まぁ、ほとんどラズリが食べてしまうけど。
ボールを咥えたラズリが駆け寄ってくるのが見える。
「そういえば、じいちゃんが言ってたんだけどよ、最近この辺りでダイアウルフの群れがうろついているって」
「それお母さんも言ってた…」
普段は人気のない雪山の奥深くに生息しているはずなのだが、最近村の近くでの目撃情報が相次いでいるようで、家畜の放牧を中止したりと影響が及んでいた。
今日もそのせいで仕事が無くなったのだ。
「大丈夫だよ、この辺りはまだ目撃情報も無いし。」
ここは人が寄らない僻地ということもあり、そういった情報も少ない。それもあってラズリが見つからずにいる事ができていた。
「それ取ってこーい!」
ボールをもう一度投げて走っていく姿をただ眺めている。
今はただ、ラズリといるこの時間がとても幸せだった。
焚き火を囲い、ラズリの獲った魚を焼いていると、近くの茂みに小さな白いうさぎが数羽、顔を覗かせているのが見えた。
「そういや、ラズリってドラゴンのくせに肉食べないんだな」
うさぎを見ながらそう言うイリアンに少し嫌悪感を覚えたが、まぁいつものこと。
「うん、魚しか食べてないね。」
この一ヶ月、ラズリが魚以外を食べているところは見ていない。多分これも私達が知らなかったドラゴンの習性なのだろうか。
「焚き火もラズリが弱い火を吐いてくれるから楽で助かるぜ」
火の魔法を使えない私達にとってはとてもありがたいラズリの火の息吹〈ブレス〉。
一ヶ月ほど前に見た大木の穴にあった焦げた跡も、ラズリの吐いた炎によるものだった。毎夜、寝床を作るためにその息吹で暖め整えているようだ。
『でもドラゴンならこう、もっとすげぇ炎を吐くものだと思ってたわ』
これもドラゴンへの偏見だったのだろう。今の所ラズリはイリアンの言うすげぇ炎を吐いている姿は見ていない。
ラズリと過ごす時間は、いつも新しい発見だらけだった。
だから、あの氷檻のドラゴンへもどのように接していけばいいかがわかって来た気がする。
今日も一日ラズリと過ごし、日が沈み始めていた事に気がついた。
「そろそろ帰らないと。」
名残惜しそうに見つめてくるラズリの額を撫で、また会おうと約束を交わす。
そうすれば、ラズリの表情が穏やかになり、まるで信じているかのような顔をする。
本当に人間と会話しているかのようだった。
明日は仕事だし、夜からラズリと何をしようかなと考えながら帰路についているときだった。
いつもとは少し空気が違うように感じる。山の天気は変わりやすいとはいうが、先程まで穏やかだった雪が吹雪へと変わり、吹き荒れ始めていた。
そこまで気にしてはいなかったが、それが後悔への入口になるとはこの時は思いもしていなかった。
「吹雪が強くなってきてる…気を付けろフェリス…」
「うん…わかってる…」
吹雪で視界が遮られないよう、手で顔を守りつつ村へと向かう。
ウオォォオォォォンッ…!!!
遠くから不気味な咆哮が聞こえた。
その刹那、背後から獣が走る足音がどんどん近づいてくることに気がついた。
「フェリス!!危ない!!」
足音の方へ振り返ったその瞬間、真っ白だった視界が一面、真っ赤に染まった。




