25 焼き入れの血と憎しみ
「あいつらは、この手で壊さなければならないんだ、そうだろうか。」
【御堂瑾の日誌より 3122年12月12日、小雪】
十九歳になった。
あの手術から一年。両親と鈴奈の命日でもある。外にはもう雪が舞い始めていた。一年前のあの日と、まったく同じように。
組織の誰も、この日が私にとって何を意味するか知らない。知らせるつもりもなかった。夕刻、渡鴉が『ケーキ』を寄越した。粗悪なココアとコーヒーの粉をかき混ぜただけの代物だ。小隊の正式な分隊長就任を祝うのだと言う。受け取って一口だけ無理に頬張ったが、どうしても喉を通らなかった。こんな形の、こんな祝いを受ける資格など、私にはない。
悼むことだけが、本物の気持ちだ。
十九歳。かつてこの数字は無限の可能性を約束していた。けれど今となってはただの数値に過ぎない。この世に延命されているだけの年月を示す、むなしい印だ。私の人生はあの冬の夜に止まったまま、血の色の刻に永遠に閉じ込められている。
痛みは一度も止んだことがない。
鎮痛剤の量は常識では考えられないところまで増えた。時には組織の未認可の実験的な処方に頼って、ようやくつかの間の平穏を得ることもある。
薬は痙攣と幻覚をもたらすが、長く続けば慣れるものだ。ほとんど毎夜、悪夢にうなされて目を覚ます。母の幽霊が枕元に立って私を見下ろすこともある。その目はいつも咎めるようだった。鈴奈のこともある、血にまみれた顔で、それでも私に笑いかけてくるのだ。呪いのようにいつまでも私に絡みつく。だがこれがなければ、自分がとっくに完全に麻痺してしまったのかどうかさえ、わからなくなる。
時間は想像よりずっと速く流れた。この一年、私が自らの手で『回収』し解体した機械造物は、指折り数えるほどだった最初の数台から、いまや数十にのぼる。ユニット01とユニット03もすでに誅した。念入りに処理するなかで、どちらもユニット02と同様の痛覚反応を示した。センサーとアルゴリズムが模倣する「苦痛」は、本物と見紛うばかりだった。こいつらは本気で痛んでいるのか。幾度となく自問した。
これらの構造は疑いなく、父の畢生の才が結晶したものだ。誰の目にも、ひとつひとつが芸術品に映るだろう。だが私にとって、造物そのものへの技術的な観察は束の間に過ぎず、すぐに憎悪に覆い隠される。憎んでいる。精巧に作られていればいるほど、人間に近づけば近づくほど、あの「新生」の不条理を証明しているようなものだ。どれも最終的には極度の「苦痛」のうちに、罪にまみれた生涯を終えた。
だが薄気味悪いことに、そいつらの中核記憶は、より高い権限をもつ何者かによって選択的に抹消、あるいは改竄されているらしい。あらゆる手法でデータ抽出を試みたが、結果は似たり寄ったりだった。「プロジェクト・ペインキラー」の深層情報、そしてユニット06、私を模したあの贋作の真の目的と居場所は、いまだに掴めない。それでも、断片的な記憶のなかからひとつの名を拾い上げた。
「琪 / Ki」
これがユニット06の名前なのか。口にすれば私の本名とあまりに似ていて、聞くだけで無意識の嫌悪が湧く。
ユニット01を処理した際、そいつは私をその『琪』という個体と誤認したらしく、戸惑いの反応を見せた。なかなか興味深かった。ユニット03も同じだ。記憶は同じくひどく損なわれていたが、完全に破壊する直前まで嗄れ声で「妹」という言葉を繰り返していた。電撃でようやく黙らせた。
こいつら、コードの積み重ねでしかない偽りの存在にも、「感情」があるのだろうか。いわゆる「姉妹」のあいだには、いまの私の理解を超えた何らかの結びつきが存在するのかもしれない。
それから気づいたのだ。単なる物理的な破壊だけでは到底足りない。あの快感はあまりに短く、代わりに訪れるのはさらなる虚無感だ。
苦痛を、もっと徹底的に与えなければ。
ここまでにしておく。痛くて、仕方がない。
【御堂瑾の日誌より 3123年4月18日、曇りのち雨】
今日もまた、我が家の名義で残る廃棄された外部研究施設に潜り込んだ。断片的な情報によれば、ここは「プロジェクト・ペインキラー」の中後期の開発拠点のひとつだったらしい。警備システムはあってないようなものだった。本家の邸宅とは比べものにならない。おそらく、誰からも忘れ去られたのだろう。
内部の構造を把握したあとは、さほど苦労せず奥へ進めた。ほとんどの機器は撤去済みで、誰かが先に訪れたのは明らかだった。重要な資料は例外なく持ち去られるか破棄された後だ。だが、長く埃をかぶった地下の資料室の奥で、「プロジェクト・ペインキラー」に関する数点の試験覚書を見つけ出した。
そのなかの一通に目を奪われた。やや乱暴ながらも気品を失わない筆跡は、ひと目で父のものとわかった。記された日付は、すべてを変えたあの手術の三か月前。紙面のなかで父は、激痛がいかに人の精神に滲み入り、希望をひとつずつ押し潰していくかを詳細に綴っている。行間からは、私への深くも無力な愛が途切れ途切れに滲んでいた。
「……瑾の痛覚失調はもはや難治の域にあり、従来の医療手段では制御不可能である。薬物の効用はきわめて限定的であり、神経遮断手術を施せばすべての知覚を失う危険がある。プロジェクト・ペインキラーが、我々に残された唯一の希望だ。ユニット06の各種生体指標はすでに瑾本人と完全に同期し、浅層人格記憶モジュールの導入も順調に進行、中核稼働モジュールは最終段階の最適化に入っている……」
「……三か月後は、瑾の十八歳の誕生日だ。その日に初の完全な意識データ化および移行を試みる。成功すれば、彼女はユニット06の身体のなかで新生を得て、肉体の責め苦から解放される……」
さらに他の資料をめくると、父の堕ちていく軌跡が克明に記されていた。私があの自動車事故に遭ってからの三年間、父は一歩ずつ常軌を逸していった。その「救済」を成し遂げるために、父は当時では考えられないような極端な技術の数々に手を染め、人間と機械のあいだにあるはずの明確な一線を、次第に踏み越えていったのだ。
父はいつしか、私の記憶のなかにある冷酷な悠也おじさまに似てきた。目的のためなら手段を選ばない、あの男に。そして父もまた思い至ったのだろう。脆い人間の肉体が完全な生命を支えきれないのなら、新たな「容れ物」を作り出すしかない。生理的な病変の制約をいっさい受けず、根本から「痛みを止める」ことのできる、究極の存在を。
「魂の境界」や「意識の本質」を論じたくだりに至っては、もはや完全に乱れていた。筆跡は見る影もなく震えている。父もまた、眠れぬ深夜に自問したのだろうか。機械が本気で魂を持つこと、あるいはそれを宿すことなど、あり得るのかと。自らの狂おしい執念に、ほんの少しでも恐怖や不安を覚え、自らが演じようとしている創造主の役割に戦慄したことはなかったのか。
父はユニット06を自らの手で創り、そこに私の姿を、私のすべてを、この最終試作機へと刻み込んだ。それこそが私への唯一の救済であり、心を込めて用意した成人の贈り物だと、父は固く信じていた。だが、そのことについて父は私に一度だって相談したことはなかった。たった一度の、簡単な確認でさえも。ましてや、そんな異様なかたちで「生き続ける」ことを私が本気で望んでいるかどうか、これっぽっちも尋ねはしなかった。父がそんなふうに訊ねることは決してなかったのだ、私がこの狂った科学実験の、もうひとつの輝かしくも哀れな成果でしかないことを、本当に甘んじて受け入れたのかどうか。
二人はただ決めただけだ。父も、母も、あなたたちはいつもそうだった。自分たちが一番良いと信じるやり方で、習慣のように私の人生をすべて決めてきた。幼い頃の学業計画から、思春期の交友関係、そしていまの私の生死に至るまで。
あなたたちは、これが愛だとでも思っていたのか。それともこれは、最愛の娘が肉体の苦痛のなかで日々衰えていくのに、正面から向き合えなかった逃避に過ぎないのか。
愛という名の監禁、痛み止めという名の呪い。
長いあいだ心の底に溜め込んでいた父への恨みと疑念が、ついに溢れ出した。父はある種の「私」を、魂なき殺戮機械に宿らせた。そして本物の私は、この苦痛に満ちた現実の世界に閉じ込められ、父が二度と理解することのない絶望を、独りで抱え続けるしかなかった。
偏執と、いわゆる「愛」にまつわる紙の束を、私はすべて引き裂き、火を点けた。指先が見慣れた筆跡に触れる。かすかに残るインクの匂いが、遠い昔を呼び覚ます。父が私の解いた問題を覗き込み、微笑む光景。「さすが私の小さな姫君だ」といつもの口癖のあとで、彼は私の髪をくしゃくしゃに撫でまわした。
そのかすかな温もりも、すぐに消えた。炎が記憶をずたずたに焼き尽くしていく。現実の私と同じだ。
私はあなたたちを憎んでいる。
同時に、どうしようもなく、あなたたちを想っている。
【御堂瑾の日誌より 3123年11月1日、晴れ、突風】
あれから二年が経とうとしている。日記を書くこともずいぶん減った。ときどき、自分が誰なのか忘れてしまいそうになる。
両親の遺した資産で、私は「無歯輪者」に資金を提供し続けている。金と力は、乱世にあっては気まぐれな代物だが、もっとも実用的でもある。組織の装備は格段に良くなり、人員も情報網も厚みを増した。連中の私への態度も変わった。最初は疑いと警戒だけだったのが、いまでは畏怖と打算の入り混じった「敬意」に取って代わられた。彼らの目を見ればわかる。恐れられ、疎まれながらも、必要とされている。奇妙な感覚だが、嫌いじゃない。
私自身の話をすれば、どうやら近々「主教」になれるらしい。より大きな権力と、より広い行動の自由が手に入る。
私の手で鹵獲し破壊してきた「プロジェクト・ペインキラー」の人型機械、ユニット01から04まで、あの老人たちに私の価値を認めさせるには十分だった。御堂家の剣術は、実戦の研鑽を経て、ようやくおじさまがかつて望んだ水準に達した。たしかに私はより鋭く、この生により相応しい刃になっている。
次の標的はユニット05だ。情報では最近ルナ河の流域で頻繁に目撃されている、何かを探している節がある。準備は整っている。
渡鴉から、新しいメンバーが加わると報せがあった。帝国科学院の若い大学院生で、年は私とさほど変わらず、専門は機械行動の予測と人工知能の抑制だという。あの高名な白石教授とも縁が深く、少し前に歌劇場で起きた騒擾で間接的に老教授の命を救ったらしい。「新秩序」の追っ手が彼を探し回っているのは間違いなく、老教授が我々のような法の埒外に彼を送り込もうと考えるのも、理に適っている。
あの襲撃で一時的に姿を晒したユニット06、なるほどおまえは私に似ているだけでなく、私と同様、どうやら厄介ごとを引き寄せる性質らしい。
星野亮。いかにも学院派の名前だ。聞くだけで眼鏡をかけ、本を抱え、物腰の柔らかな話し方をする若者が目に浮かぶ。象牙の塔からやってくる彼は、まだ書物の匂いを纏っているだろう。この場に溢れる硝煙まみれの無法者たちとは、あまりにかけ離れている。ここに馴染めるのだろうか。それとも、これまでの幾人かの学者連中のように、一週間も経たずに姿を消すのか。
彼の研究は、私が長らく探し求めてきた「弱点」とどこかで通じ合うかもしれない。それに、私がこれまで理解できずにいた「プロジェクト・ペインキラー」の人型機械の異常な行動についても、何か説明を与えてくれるかもしれない。
とはいえ、この「理論家」に非現実的な期待を寄せるつもりもない。おそらく現実の前に、せっかくの理想も打ち砕かれるのが落ちだ。だが少なくとも、空疎な熱血を振り回すだけの愚か者ではないだろう。彼が来ることで、この暴力に満ちた場所に少しは違う声が生まれ、より理性的な思考がもたらされる。それも大いに必要としているものだ。あるいは彼から、ユニット06について何か新たな手がかりが得られるかもしれない。なにしろ、あの影は私にあまりに似ていて、運命は互いに絡み合い、振りほどくことなど誰にもできないのだから。
ユニット06、おまえがじりじりと近づいているのを感じる。本物の傑作には、いつだって待つことが必要だ。
これからの日々、退屈はしなさそうだ。
備考:精神状態は悪くなる一方だ。瑾、必ず持ち堪えろ。
【御堂瑾の日誌より 3123年12月12日、晴れ】
あの一滴は、決して落ちるべきではなかった。ただの珈琲一杯、ただの誕生日のために、私は泣いてしまった。なんたる失態だ。とことん取り乱した。痛みで、憎しみで、来る日も来る日の薬と殺戮で、過去はとうに殺し尽くしたと思っていた。だが違った。星野亮が「ステラ・ノクティス」を差し出したとき、墓石がこじ開けられる音を確かに聞いた。
彼を甘く見ていたと認める。その鋭さも、その愚直さも、そしてあの場違いな優しさも。よくもこんな方法で近づいてきたものだ。鍵のつもりだったのだろう──そして彼は成功した。あの瞬間、自分を制御できなくなりかけた。叫びたかった。あの珈琲を床に叩きつけたかった。屋根から彼を突き落としたかった。そして問い詰めたかった、いったい何様のつもりだ、と。私がとっくに捨て去ったものを持ち出して、かつて何を手にしていたか、いまのこの躯がいかに無残に壊れているかを、なぜそんなふうに思い知らせるのか、と。
だができなかった。彼の目に宿る気遣いが、あまりに純粋で、一片の濁りもない善意だったからだ。彼の焼いたあの堅い焼き菓子のように。味はわからなくとも、たっぷりの砂糖が使われていることだけはわかった。
私は彼に何を話しただろう。琥珀時光のこと、ユニット06のこと、そして「プロジェクト・ペインキラー」のこと。
味がわからないと告げた。それが私に許された、せめてもの体裁だった。彼の贈り物のなかで一番美しい部分を、私は台無しにした。
ユニット06と私の関係を認めた。あいつのことを「琪」と呼んだのは、他人の前ではこれが初めてだ。ぼんやりとした憎しみの集合体としてではなく。その名を口にするのは、想像していたよりずっと穏やかな気分だった。ユニット06はさまよう夢だと言った。それは真実にもっとも近い嘘だった。少なくとも完全な嘘ではない。あれは夢なんかじゃない。すべてを奪い去った、あってはならない元凶だ。
なぜあんなことをしたのか、自分でもわからない。薬がまだ十分に効いていなくて、痛みの残滓が私の防壁に穴を開けたのかもしれない。あるいはこの果てしない闇に長く浸かりすぎて、ほんのかすかな灯りにさえ、本能的にすがりたくなったのか。
私は、すべての善意を裏切るだろう。今夜、私が語ったなかで百分の百の真実は、このひとことだけだ。あなたの善良さを、今夜あなたが私のために灯してくれたつかの間の星空を、私は必ず裏切る。
それでも……ありがとう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。著者の臺灣出身の雨時です。
とりわけ本章で焦点を当てたのは、彼女のなかで膨らみ続ける「矛盾」です。父を憎み、それでもなお愛しているという矛盾。機械の「痛み」を確かめれば確かめるほど、満たされぬ虚無が増していくという矛盾。そして、あの「ステラ・ノクティス」の夜に、自分が抑え込んできた感情のすべてが音を立てて崩れていく瞬間。瑾という人物のなかで、最も脆く、最も人間らしい瞬間を描けたのではないかと思います。
次章からはいよいよ現在の時間軸へと戻り、物語は佳境へと向かっていきます。引き続きお付き合いいただければ幸いです。
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次章でまたお会いできますように。




