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Part.6

 非常口の前に立ち尽くした綾。

 肩を小さく震わせながら、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。


 誰かに見られている気がして、スカートがとても頼りなく感じて――足が、一歩も前に進まなかった。


「綾っ!」


 数分後、葵の声が響いた。

 息を切らして駆け寄る葵の手には、なぜか薄手のセーターが握られていた。


「綾! 大丈夫!? ごめん、遅くなって……!!」


 その姿を見た瞬間、綾の中で張りつめていたものが崩れた。


「ごめん……葵……なんか……下から……ずっと……ごめん……ごめん……」


 言葉にならない言葉があふれ出す。

 涙と一緒に、感情がこぼれ落ちていった。


 葵はそっと綾の肩に手を添えて、優しく言った。


「……綾、座ろ? 座った方が安心するよ?」


 綾を近くのベンチに座らせると、葵は持ってきたセーターを綾のひざにかけた。


「ほら、これならどこからも覗かれないし、鉄壁のガードだから!」


 その布のぬくもりに触れ、葵の言葉を聞いた瞬間、綾の涙が止まらなくなった。


「……おかしいよね、私」

「……誰も見てないって……わかってるのに……なんなんだろ」

「……ごめんね……葵……」


 葵は何も言わず、そっと綾を抱き寄せた。


「……違うよ、綾。おかしくなんかない」

「怖かったんだよ。すっごく、怖かったんだよね……?」


 葵の声にも震えが混ざっていた。


「……泣いていいんだよ。叫んでいいんだよ。ダメだよ、一人で抱えちゃ……」

「綾が強いのは知ってる。でも……一人で危ないとこ行っちゃ……やだよ」


 葵は綾の髪をそっと撫でながら、涙をにじませて笑った。

 そして、綾の背中をぽんぽんと軽く叩いた。


「……そういうとこだぞ、綾……聞いてるか……?」


 綾は顔を伏せたまま、もう一度ぐしゃっと泣いた。



 しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いてきた。


「……帰ろっか」


 綾は、ゆっくりと立ち上がる。


「あっ、ちょっと待って!」


 葵はそう言うと、セーターを広げ、綾の腰にぐるりと巻いた。

 綾の腰元に、ふわりと温かい感触が広がる。

 最後に、セーターの両袖をきゅっと縛って、葵は小さく頷く。


「これ、巻いて帰りなよ。名付けて、『葵ガード』!」


 綾はちょっと呆れたような顔で、でも微かに笑う。


「……何それ」


 少し間を置いて、ぽつりと呟く。


「……ねぇ、これ、しばらく借りてもいい?」

「なんか、葵がそばにいてくれる気がして……落ち着く」


 葵は一瞬目を見開くと、やさしく微笑んだ。


「もちろん。返さなくてもいいよ」

「ちゃんと綾のこと、守るから」


 綾は照れくさそうに笑い、目を伏せた。

 葵はそんな綾にふっと微笑む。


「そういえばさ……」


 葵の声に、綾は顔を上げる。

 葵は急に綾の横に立ち、巻き付けたセーターを見ながら、顎に手を当てる。


「……綾のお尻に顔を埋めたことって、一回もないよね」


 フロアの空調の音だけが聞こえる。


「……!? ばっっっか!! 変態っ!!」


 綾は腰に巻いたセーターを思い切りペシッと叩いた。


「あ~~~っ! あたしの分身ぶったぁ~~~っ!!」

「うるさいっ!!」


 二人はそのまま笑いながら、スーパーをあとにした。



 帰り道。

 葵は綾の歩幅に合わせて、ゆっくりと隣を歩いていた。


「ありがと……今日はほんとに……」


 恥ずかしそうに目を伏せて言う綾に、葵は静かに答えた。


「……正直、嬉しかったよ。綾が頼ってくれたこと」


 綾は、腰に巻かれたセーターの端を指でつまみながら、小さく呟いた。


「……いつになったら、スカートだけで平気になるかな……」


 葵はちょっとだけ考え込むふりをしてから、にっこり笑った。


「うーん、あたしが死ぬまでにはお願いしたいかな」


 葵の言葉に、綾は呆れたようにふっと笑った。


「……じゃあ、それまで付き合ってよ。ずっと『スカートとセーター』で」


 綾は顔を背けながら、少しだけ声を震わせた。


 ——全然平気じゃない。

 でも、隣に葵がいれば、大丈夫。


 葵は照れくさそうに笑って、こくんっと頷いた。



(おわり)

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