Part.2
デパートの中は、冷房が効いていて涼しかった。
けれど、綾の背中を流れる汗は止まらなかった。
「葵~、エレベーターで行こう~」
綾はわざと甘ったれた声を出す。
「え? エスカレーターすぐそこじゃん」
「エレベーターの方がもっと近い~」
甘ったれた声と裏腹に、綾は真剣だった。
エスカレーターはダメだ――あいつが絶対背後に来る。
段差のないエレベーターの方が、葵を守れる。
少なくとも、私の目の届く範囲にいられる。
葵が商品に目をとめて立ち止まるたび、綾はさりげなく後ろに回った。
スマホを向けられる『スキ』を作らせたくなかった。
葵の後ろに立つ、その一瞬一瞬が、まるで地雷の上に立っているようだった。
でも――それでも、あいつは諦めない。
数メートル後ろ、商品棚の影。視界の端に、あいつの腕の動きが見える。
(……なんで……なんでこんな奴が……)
苛立ちが、喉の奥を焼いた。
怒りが、声になりかける。
けれど、それを飲み込むたび、内臓が痛くなる。
歩き回った末、たどり着いたフロア。
そこには、上階へ行く手段が狭いエスカレーターしかなかった。
(エスカレーターしかない……か……)
葵には気づかれないよう、綾は笑顔を作る。
「先、行って」
「うん」
葵がエスカレーターに乗る。
綾も続いて乗り、直後に自然を装って振り返る。
(……いない?)
一瞬、安堵が体を通り過ぎる。
(やっと諦めたか……)
綾はふっと息をついて、上階のフロアに目をやった。
――そのとき、エスカレーターの振動を感じた。
(……え?)
背後に、気配。
(まさか……)
咄嗟に後ろを見る。
男が、エスカレーターを歩いて上ってくる。
右手にはスマホ。
そして左手が、綾のスカートに掴みかかるように伸びてきていた。
(うそ……うそでしょ……!?)
喉の奥が詰まる。
言葉が出ない。
綾は必死に両手でスカートを手繰り寄せ、自分の脚に巻きつけた。
けれど、冷たい『機械の目』が、下から自分を貫こうと這いまわる。
(やだ……やだっ!! やめてっ! やめてっ!!!)
声にならない悲鳴が、頭の中でこだまする。
なのに、男の手は止まらない。
体をよじって避けようとする。
でも、エスカレーターという狭い檻の中では逃げ場がない。
葵は気づかない。
無邪気に前を見て、上階のディスプレイを眺めている。
(葵……お願い……振り返らないで……お願い……)
本当は、助けてって言いたい。
でも、言えなかった。
(こんな地獄……見せたくない……)
肩が震えた。
呼吸がうまくできなかった。
喉が絞まり、唇がかすかに震える。
男の手がスカートを掴もうと伸びてくる。
そして、スマホが隙を突こうと這いまわる。
(どうして……!? 何でこんなことするの……!?)
そして――終点が、近づいた。
葵が先に降り、綾も続く。
その瞬間、男の手が引っ込められた。
地獄から一瞬、解き放たれたような感覚に、綾は一瞬ふらつく。
綾は葵の手を握った。
「……!? 綾……?」
葵は突然握られた手に……その手の震えと、綾のただならぬ表情に動揺する。
「綾? どうしたの!?」
言葉が出なかった。
手が震え、顔の全神経がヒリついている。
綾は黙って、葵の手を引いて走り出す。
「えっ!? 綾!? ちょっと……!!」
エスカレーターを駆け下りて、二人はデパートを飛び出した。
(つづく)




