表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

Part.1

 その日は、朝から風がやけに強かった。


 葵は、いつも以上にスカートの裾を押さえながら歩いていた。

 前髪が目にかかっても、彼女の手はずっと、スカートに固定されている。


「……最悪。なんで今日に限って……黒パン忘れるのよ……」


 黒パン――見せパンを、今日に限って忘れてしまった。

 小さくぼやいたその声は、誰にも聞こえていないつもりだった。

 けれど、綾には聞こえていた。

 ……というより、もうとっくに気づいていた。


 葵が不自然にスカートをたぐり寄せてることも、階段でやたら慎重に動いていることも。


 だから綾は、さりげなく葵の前に出て、風の少ない道へと導いた。


「葵、こっち行こう。風弱いから」

「……うん。ありがと」

「てかさ、黒パン忘れたでしょ」

「え……ばれてたか……」


 葵が力なく笑うその顔を、綾はちらりと見た。


 葵は今、きっとすごく不安なんだ。

 なんでこの子が、こんなにビクビクしなきゃいけないんだろう。

 ちゃんとしてるのに、毎日気をつけてるのに、たった一度のミスで、こんなに不安になるなんて。

 『見られてるかも』とビクッとする感じ――小学生の頃から、変わってない。



 大きな交差点の前で立ち止まったときだった。


 風のタイミングを読んでいる葵を横目に、綾の背中に、何かが走った。

 ビリッと、肌をなぞるような気配。


(……ん?)


 反射的に振り返ると、数メートル後ろの男がスマホを持っていた。

 だが――画面を見るにしては、妙に上向きに見える角度。


(……は?)


 一気に、血の気が引いた。

 じわじわ、胃の奥が冷たくなる感覚。

(やっぱり……)


 綾は何も言わず、葵の腕を軽く引いた。


「ちょっとデパート寄っていい?」

「え? うん、別に」


 葵が答えるのを待たずに、綾はデパートの中に入った。

 わざと立ち止まって振り返る。

 案の定、男は自然を装ってついてきていた。


(ふざけんな……!)


 怒りと、恐怖と、焦りがぐちゃぐちゃに混ざって、吐きそうになる。


 そして、男の仕草から、綾の中に1つの疑念がわく。


(まさか……葵を狙ってたりしないよね?)


 今日の葵は黒パンを穿いていない。

 普段から警戒心の強い葵の、ほんの僅かなほころび。


「ちょっと見たいものがあるから、先にお店行ってて」

「え? あたしも行こうか?」

「すぐ追いつくから」


 何食わぬ顔でそう言って、綾はわざと葵を先に行かせる。

 葵はちょっと不安そうにしながらも頷いて、先に進む。

 その背中が、どれだけ無防備か……綾だけが、気づいている。


 商品を見るフリをして、綾は後ろをチラ見する。

 男はスマホをいじるふりをしながら、綾を素通りして、葵の後を追っていく。


(……!!)


 思わず血の気が引いた。


(葵はダメ、絶対にっ!!!)


 綾はすぐに男を追い越して、葵のもとへ駆け寄った。


「買いたいやつ、売ってなかったわ~」


 葵は驚いたように振り返った。


「え……早くない?」

「見たら別に欲しくなかったっていうかさ」


 葵は疑問を抱きつつも、それ以上は聞かなかった。


 そして、綾の意識は再び背後の男に向く。

 葵が何も知らずに笑っていられるように。

 そして――あいつの手が葵に伸びたとき、絶対に、止めてやるために。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ