人間の魔法
「成功ですわー!」
爆発音の直後ミレイアの嬉しそうな声が、通路に響き渡った。
「何が成功だ!?」
俺は慌てて研究区画へ飛び込むとその後ろから、エリシアとぷる吉もついてくる。
「ミレイア! 無事か!」
「はいですわ!」
「だったら、その煙はなんだ!」
研究室の半分が真っ黒だった。壁には焦げ跡がつき天井からは煙まで上がっている。
その中心でミレイアだけが、満面の笑みを浮かべていた。
「見てくださいまし!」
「嫌な予感しかしないんだが」
ミレイアが指差した先を見ると床に円形の溝が掘られていた。
その中を青い小型のスライム達が、みっちりと埋めて細長く身体を伸ばし、複雑な模様を作っている。
ミレイアは胸を張った。
「ついに人間の使っている生活魔法の兵器化転用の実用段階まで来ましたの!」
俺は床へしゃがみ込み細い溝とその中を埋めるスライムを眺める。よく見ると、文字のようなものがいくつも組み合わされていた。
「随分と複雑だな」
「魔方陣は、そういうものですから!そもそも魔方陣というものは、力ある文字へ魔力を通すことで現象を発生させる技術ですの」
「文字そのものに意味があるんですよね?」
エリシアも覗き込んできた。
「火を意味する文字なら火が出るとか?」
「簡単に言えば、そうですわね」
ミレイアが頷く。
「ただし、文字を書くだけでは駄目ですの」
床を指で叩いた。
「魔力が通らなければ、ただの模様ですわ」
だから本来魔方陣を作るには、魔力を通しやすい素材が必要になる。
「それが結構高いんだよな」
「そうなんですの」
魔力を通しやすい素材を大量に使えば、それだけ費用がかかる。
小さな魔道具ならともかく通路全体に巨大な魔方陣を刻もうとすれば、とんでもない金額になる。
うちには、そんな余裕はない。そこで使っているのが
「この子達ですわ」
ぷるん。
溝の中のスライムが震えた。
「スライムは身体そのものに魔力を含んでいますの」
「しかも形を変えられる」
「その通りですわ!」
つまり床に魔方陣と同じ形の溝を掘り、そこへスライム達に入ってもらい魔力を流せば
「安価な巨大魔方陣の完成ですわ!」
故障すれば、自分で回復するという点もかなり便利だ。
「ただ」
ミレイアが人差し指を立てる。
「普通のダンジョンではできませんわよ?こんなこと・・・」
「なんでです?」
エリシアが首を傾げた。
「普通こんなにスライムが言うことを聞いてくれませんもの。最悪こちらの意志とは関係なく魔法を発動して大変な事になりますわ!」
そう普通、スライムは知能が低く複雑な魔方陣の形を維持しろと言っても、まず理解できない。途中で勝手に動く上、それどころか勝手に魔力を放出して魔法を無秩序に発動してしまうのだ。
「ぷる吉。そこから動くなよ」
ぷる。
「右に五センチ」
ぷるぷる。
「止まれ」
ぴたっ。
ぷる吉が動きを止める。
「……こういうことですわ」
ミレイアが呆れたように俺を見る。
「ライム様がおかしいんですの・・・普通、スライムへそんな細かい指示は出せませんわ」
ユニークスキル”スライムマスター”昔から当たり前に使っていたから、あまり考えたことはなかったが・・・
するとミレイアが立ち上がった。
「それより!今回お見せしたいのはこちらですの!」
見覚えのある机の上から一冊の本を持ってくる。
「それは・・・人間の魔導書か?」
「はいですわ」
一番最初に倒した冒険者の荷物から回収した人間の魔法について書かれた魔導書だった。
「面白いものがたくさん載っていますの」
ミレイアが嬉しそうにページを開く。
「まずはこちら!」
実験用の机には、小さな魔方陣が作られており、やはり溝の中にはスライムが入っている。そこにミレイアが魔力を流すと次の瞬間・・・
ボッ
小さな炎が上がった。
「おお」
エリシアが手を叩く。
「火ですよ!」
確かに火だ。
しかし・・・
「……弱くないか?」
「そうですの」
炎は小さくせいぜい焚き火程度、戦闘で使ったところで、大した威力にはならないだろう。
「こちらは、人間が暖炉へ火をつけるために使っている魔法らしいですわ!」
「暖炉?」
ミレイアが次のページを開いた。
「それから、こちら」
そして別の魔方陣へ魔力を流す。
バチッ
小さな雷が走り、ぷる吉が驚いて跳ねる。
「ぷるっ!?」
「大丈夫ですよ!」
エリシアがぷる吉を抱き上げた。
「今のは害獣避けですの。畑へ置いて、近づいた小動物へ軽い電撃を与えるものらしいですわ」
「……なるほど」
だから弱いのか・・・殺す必要がなく追い払えれば十分なのだ。
「でも、妙なんですのよね」
ミレイアが魔導書をめくり指が文字の一つをなぞる。
「これらの魔方陣・・・ものすごく精度が高いんですの」
「威力が弱いのに?」
「威力とは別問題ですわ」
ミレイアは別の紙を持ってきた。
そこには、魔導書から書き写した魔方陣が描かれている。
「魔力の流れに、ほとんど無駄がありませんの」
「へえ・・・」
「これだけ綺麗に魔力を制御できるのなら」
ミレイアは考え込む。
「どうして人間は、これを兵器にしないんですの?」
俺も魔導書を見ると言われてみれば不思議な話だった。
人間の魔法はかなり便利だが
「戦闘用になると、急に微妙なんだよな」
「そうなんですの!」
ミレイアが机を叩いた。
「火魔法もありますし、雷魔法もあります・・・風も氷もありますの!」
様々な種類の魔法が揃っている。なのにどれも威力が極端に低い。もちろん人間にも戦闘魔法は存在するし冒険者の魔法使いも、実際に使っていた。
だが魔族の魔法と比べれば
「ずいぶん控えめだな」
ミレイアが魔導書を掲げた。
「人間の魔法は、生活を豊かにする方向へ発達していますの!」
火を起こし、食べ物を保存する。洗濯物を乾かしたり水を綺麗にしたりする。作物を育て、育てたものを運ぶ。そういう魔法が非常に多い。
「魔族は生活を豊かにするのに、ほとんど魔法を使いませんものね。」
魔族にも当然、冷却機、調理器具、送風機、照明など様々な便利な道具がある。
だが
「俺たちにはカガクがあるしなあ」
俺達魔族は生活を科学で豊かにしてきた。
一方で魔法は
「……戦うことばっかりですね!」
人間は生活に魔法を使い、魔族は戦争に魔法を使う。その代わり魔族は科学によって生活を便利にしている。
そしてしばらく魔導書を眺めていたが突然目を輝かせた。
「だから!」
嫌な予感がした。ミレイアが何か思いついた時の顔だ。
「人間の便利な魔法を魔族式に改造すればいいんですわ!威力が足りないなら上げます!魔力量が足りないなら、複数のスライムを並列接続しますの!発動速度が遅いなら補助魔方陣を追加!自動人形へ取り付ければ、移動式魔法砲台にもできますわ!面白くなってきましたわー!」
「まあ」
危険な気もするが・・・
「ミレイアが楽しそうならいいか」
「ライム様!」
ミレイアが振り返った。
「予算をくださいませ!」
「そういうことか・・・」
◇
結局研究費を出すことになった。
ただし無制限ではない。
「必要な物だけ買うんだぞ」
「もちろんですわ!技師を信用してくださいまし!」
妙に自信満々だが心配になってきた。
「最初は何を作るんだ?」
「これですの」
ミレイアが魔導書を開くとそこに書かれていたのは氷魔法だった。
「食料保存用?」
箱の中を冷やす魔法で人間の家庭や商店で使われているらしい。
「そして、こちら」
風と火の二つの属性を組み合わせた複合魔法だった。
「温風?」
「髪を乾かすための魔法ですわ!それ専用に威力を極限にまで抑え暴発のリスクを・・・・・・」
「これを兵器にできるのか?」
「してみせますわ!」
即答だった。
「どうやって?」
「それを考えるのが楽しいんですの!」
そこからミレイアの研究生活が始まった。
◇
一週間後ダンジョンコアの前で俺は画面を見ていた。
そこに新しい通知が並んでいる。
【侵入者討伐】
【侵入者討伐】
【侵入者討伐】
【侵入者討伐】
その下にもまだ続いていた。
「……ミレイア」
「はいですわ?」
「今日、2階層以降に何人来た?」
「冒険者二チームですわね」
「それは知ってる」
俺は画面を見る。
「一人も帰ってないんだが?」
「新型罠が上手く働きましたの!食料保存魔法で床の魔力水を一気に凍結し!冒険者達の足を止め、そこへ温風魔法を改造した高圧熱風を照射!」
狭い通路へ逃げ場のない熱風を叩き込む。
「最後に氷を解除すれば――魔力水が戻って、次の侵入者にも使える?」
「さすがライム様ですわ!」
再利用までできるらしい。
俺は画面を見る。
また通知が増えた・・・
「……人間」
俺は呟いた。
「本当は・・・便利な魔法を作ってたんだな」
「本当に優秀ですわ!」
ミレイアは目を輝かせている。
「まだまだありますのよ!」
嫌な予感しかしない。
「次は何だ?」
「洗濯物を乾かす風魔法ですわ!」
「さっきのと何が違うんだ?」
「今までの魔法では考えられないほど広範囲なんですの!」
嬉しそうに設計図を広げた。
俺は少しだけ人間達へ同情した。
生活を便利にするために作った魔法がまさか魔族のダンジョンで兵器に改造されるとは人間達も夢にも思っていないだろう。
「ライム様!」
ミレイアが笑う。
「次はもっと凄いものを作りますわよ!」
こうして俺達のダンジョンに新しい武器が加わった。
人間の生活魔法改めミレイア式――ダンジョン兵器である。
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それではまた次回!




