開拓村改めジョンダ
「レオ! 悪いが三番の卓を頼む!」
「・・・・・・今行く!」
レオは焼いた肉と黒パンを盆に載せ、狭い店内を縫うように歩き、酒を飲んでいる冒険者達の前へ料理を置く。
「おお、来た来た!」
「坊主! 酒も追加だ!」
「・・・分かったよ」
レオは空になった木杯を受け取った。
振り返れば、宿屋の食堂は冒険者で埋まっている。
まだ朝だが酒を飲んでいる者までいた。
彼らはこれから、一階層で魔結晶を掘るために森の中にできたダンジョンへ向かうらしい。
「レオ! こっちの料理もできたぞ!」
厨房から父の声が飛んでくる。
「今度は五番の卓だ!」
「・・・はいはい!」
レオは酒場の中を走った。
一か月前までここには、何もなかった。
正確には、小さな農家があった。
壁の隙間から風が入り、雨の日には屋根から水が落ちてくる。
レオの生まれ育った家だった。
父と二人で畑を耕し、作物を育てていた。
豊かではなかったがそれでも毎日、同じ景色が続いていた。
ところが親友のテポがいなくなり森でダンジョンが発見されると、すべてが変わった。
冒険者が来て商人が来て職人や治療師まで来た。
泊まる場所も、食事をする場所も足りなくなった。
そこで父は二人では耕し切れていなかった畑の一部を売った。
さらに商人から金を借り、古い家を建て替えた。
一階は酒場で二階は宿屋となっている村で二軒目となる宿泊施設だった。
最初は無謀だと笑われたが開業した初日から、部屋は満室になった。
酒場にも毎日、大勢の客が押し寄せた。
今では借金を返しながらでも、農民だった頃の何倍もの金が残っている。
「レオ!」
厨房から父が顔を出す。
「突っ立ってないで、皿を洗ってくれ!」
レオは食べ終わった皿を集めた。
卓の上には、食べ残された肉がある。
農民だった頃なら、祝いの日にしか食べられなかった量だ。
今では、それを客が平然と残していく。
「今日も儲かりそうだな!」
父は嬉しそうに笑っていた。
「昼には新しい酒樽も届く。今夜も満席だぞ!」
「・・・そう」
「なんだ。元気がないな」
「・・・別に」
レオは皿を水桶へ放り込むと水面が揺れ、脂が浮かぶ。
テポがいなくなってから、もう一か月が過ぎた。
あの日テポは木剣を持って、村から姿を消した。
レオは誰よりも先に異変へ気づき村長に捜索してほしいと頼んだが子どもの戯れ言と相手にされなかった。だから村の警備に来ていた冒険者達へ頼んだ。
若葉の盾
四人は、テポを探すため森へ入った。
しかし帰ってきたのは一人だけだった。
テポも、残りの三人も、ダンジョンの中で死んだ。
「おい、坊主!」
冒険者の一人が手を上げた。
「悪いが、もう一杯頼む!」
「……分かった」
レオは酒樽へ向かった。
卓では冒険者達が笑っている。
「今日こそ純度九十を掘り当てるぞ!」
「無理だって! お前のつるはしじゃ先に折れちまうよ!」
「だったら新しいのを買うさ!」
「景気がいいねえ!」
彼らが笑うたびに胸の奥がざらつくのだ・・・その金は、あのダンジョンから出たものだ。
テポを殺した場所で若葉の盾の三人を殺した場所だ。
そのダンジョンのおかげで、村は豊かになっている。
父も笑っている。
村人達も笑っている。
誰もが、ダンジョンが見つかったことを喜んでいた。
レオには、それが耐えられなかった。
「レオ」
父が隣へ立った。
「そろそろ交代していいぞ」
「・・・まだ働ける」
「いいから休め。今日は村長から話があるそうだ」
「村長から?」
「村の全員を広場へ集めるらしい」
父は前掛けを外した。
「きっと、良い話だぞ」
その言い方に、レオは嫌な予感を覚えた。
◇
昼過ぎ
村の中央広場には、大勢の人間が集まっていた。
昔から住んでいる村人だけではない。
冒険者や商人に大工。そして見たことのない者まで並んでいる。
一か月前なら、村人全員が集まっても広場の半分も埋まらなかった。
今は立つ場所を探すのも難しい。
「皆、集まったか!」
普段より上等な服を着て、胸には公国の紋章が入った布が飾られている村長が木箱の上へ立った。
「今日は、皆に重大な発表がある!」
ざわめきが止まり村長は満面の笑みを浮かべた。
「この一か月!我々の村は、公国とパレミルの協力もありダンジョン攻略の拠点として大きく発展した!」
あちこちから歓声が上がり、村長は両腕を広げた。
「その働きが公王様に認められたのだ!」
「おお!」
「本当か!」
村人達が沸き立つがレオだけは黙っていた。
「我らの村は、公国の発展に貢献する重要な拠点となった!」
村長は一枚の羊皮紙を掲げた。
「その功績をたたえ、公王様から特別にこの村に名を授かることになった!」
村に、名前が与えられるということは大きな意味を持つ。
名もない開拓村から、公国が正式に認めた集落になるということだ。
将来は、町へ発展する可能性もある。
「これからは皆も、この村をジョンダと呼ぶように!」
一瞬の静寂。
そして広場が歓声に包まれた。
「ジョンダ!」
「俺達の村に名前がついたぞ!」
「公王様に認められたんだ!」
「祝宴だ!」
誰かが酒樽を運んでくる。
村長も、村人達も笑っていた。
父はレオの肩を抱いた。
「聞いたか、レオ!」
その顔は、今まで見たことがないほど嬉しそうだった。
「とうとう、俺達の村に名前がついたんだ!」
「……うん」
「ダンジョン様々だな!」
父は悪意なく笑った。
「レオ、お前もあくせく畑を耕すより、今の生活の方がよっぽどいいだろう?」
その言葉を聞いた瞬間レオの中で、何かが切れた。
「ダンジョン様々?」
父が不思議そうにレオを見る。
「あのダンジョンは……」
声が震えたがそれでも止められなかった。
「あのダンジョンは、テポを殺したんだぞ!」
周囲の笑い声が小さくなる。
近くにいた村人達が、レオを見た。
「他にも冒険者が何人も死んでるって……」
レオが捜索を頼んだ四人のうち、三人は帰ってこなかった。
「あの人達は、俺が頼んだから森へ行ったんだ!」
「レオ・・・」
父の笑顔が消える。
「今は、その話をする時じゃない」
レオは父の手を振り払った。
「人が死んでるんだぞ!だれも分かってない!」
声を張り上げる。
「分かってたら、ダンジョン様々なんて言えるわけないだろ!」
広場が静まり返った。
父は何も言わなかった。
周囲にいた村人達も、気まずそうに目を逸らしている。
「そもそも、ダンジョンは魔神が人間を殺して、侵略するための場所なんだろ!」
魔神が作り魔物が暮らし侵入した人間を殺す。
子どもの頃から、そう教えられてきた。
「なんでみんな、呑気に喜んでんだよ!」
「レオ、落ち着け」
父が手を伸ばす。
「父さん達だって、死んだ人達を忘れたわけじゃない」
「嘘だ!」
忘れていないのなら・・・どうして笑えるのか、どうして酒を飲めるのか、どうしてダンジョンから掘り出した結晶で、豊かになれるのか。
「レオ!」
父が腕をつかもうとした。
レオは身をひねって避けた。
「触るな!」
父の顔を見ることもできなかった。
そのまま人の間を走り抜ける。
後ろから父が呼んでいた。
だが、振り返らなかった。
◇
宿屋の二階
レオは狭い自分の部屋へ閉じこもっていた。
下の酒場から笑い声が聞こえる。
村に名前がついた祝いで今日は酒を安く出しているらしい。
床板の隙間から、酔った冒険者の歌声まで響いてくる。
「何がジョンダだ」
レオは寝台の上で膝を抱えた。
「何が、ダンジョン様々だ」
窓の外には、見慣れない新しい村が見える。
建てられたばかりの冒険者ギルドに増築中の宿屋・・・夕方になっても列が途切れない道具屋。
どれもダンジョンができた後に生まれたものだ。
昔の村は、もうどこにもない。
テポと走り回った畑も、一部は潰され、商人用の倉庫が建っている。
「テポ……」
テポは騎士になるためにパレミルへ行きたがっていた。
冒険者育成学院で学び、自分の力で未来を変えるために。
そんな眩しいテポは、もういない。
自分は何をしている?
ダンジョンで稼いだ客へ酒を運び、テポが死んだ場所のおかげで、豊かになった家に住んでいる。
「このままじゃ駄目だ・・・駄目なんだ・・・」
レオは顔を上げた。
悔しい
何も知らない自分が、何もできなかった自分が、村長に相手にされず、冒険者に頼ることしかできなかった自分が・・・
「パレミルに行く」
声に出すとその言葉が、急に現実になった。
「テポが行きたかった場所に・・・」
レオは立ち上がった。
寝台の下から古い布袋を取り出す。
着替え
干し肉
水筒
火打ち石
父からもらった小さな短剣
必要そうなものを詰めていく。
金は、ほとんど持っていなかった。
自分の小遣いでは、パレミルまでたどり着けるかも分からない。
それでも、ここに残る気はなかった。
「俺が行く」
テポの代わりにいくわけじゃないはない。テポと同じ騎士になりたいわけでもない。
自分は自分のために行く。
「ダンジョンを壊せるくらい、強くなる」
二度と何もできないまま、誰かが死ぬのを待つだけにはなりたくなかった。
◇
まだ夜も更けていなかった。
一階の酒場では、宴会が続いている。
裏口から出れば、父に見つかる可能性は低い。
レオは足音を立てずに階段を下りた。
酒場と受付を隔てる扉を開けると受付には誰もいない。
父も従業員も、酒場の客を相手にしているらしい。
「今なら……」
レオは出口へ向かいかけた。
その時受付台の上に置かれた物が目に入った。
布袋だった。
口が開いたままになっている。
中には銀貨と銅貨が詰まっていた。
今日の売り上げだ。
父が数えた後、金庫へ片付けるのを忘れたのだろう。
「……すごい額だ」
農民だった頃一年間働いても、これほどの現金を見ることはなかった。
今では一日で、これだけの金を稼いでいる。
あのダンジョンのおかげで・・・
レオは布袋から目を逸らした。
分かっている、これは宿屋の金だ。
明日の食材を仕入れる金。新しい酒代を払う金。
そして借金を返す金だ
持っていけば、父が困る。
「でも……」
パレミルまで行くには金がいる。
宿代も食事代も学院に入るための費用も必要になる。
レオは布袋へ手を伸ばすと広場で嬉しそうに笑っていた父の顔が浮かんだ。
「ダンジョン様々だな。」
その言葉が耳に残っていた。
「あんな親父なんて……」
指が布袋をつかんだ。
重い
ただの村人が持ち歩くには、不自然なほどの金額だった。
胸が苦しくなる。
悪いことをしている。
そんなことは、分かっていた。
「俺の話なんて、聞かなかったくせに」
自分へ言い聞かせるように呟いた。
「テポが死んでも、笑ってたくせに」
布袋を荷物の奥へ押し込む。
硬貨同士がぶつかり、小さな音を立てた。
レオが息を止めると酒場からは、まだ笑い声が聞こえている。
誰も来ない・・・
レオは裏口を開けた。
外には、夜の冷たい空気が広がっていた。
一歩外へ出るともう一度、宿屋を振り返った。
自分の家であったあのあばら屋はもうなかった。
「……さよなら」
声は、誰にも届かなかったがレオは村の外へ向かって歩き出した。
道の脇には、新しく立てられた木の標識がある。
ダンジョンの村「ジョンダ」
昼まで何もなかった場所に、新しい村の名が刻まれていた。
レオは、その文字を睨み、そして荷物を背負い直す。
腰には短剣を差し懐には、盗んだ金。
行き先は一つだった。
「パレミルに行く」
テポがたどり着けなかった場所へ・・・
何も持たなかった少年は怒りと罪を抱え、名を得たばかりの故郷を後にした。
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