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開拓村にて

「開拓村が見えてきたよ。」


そう御者に言われた時にアマリは自分の耳を疑った。


「……あれが開拓村?」


馬車の進む街道の先には、いくつもの建物が並んでいた。


木材を担いだ職人が走り回り、道端には露店が連なっている。


村の入口では、荷馬車が列を作っていた。


武器を背負った冒険者も多い。鎧を着た傭兵に荷物を抱えた商人、そして白衣を着た治療師まで歩いている。


「ずいぶん発展しているな」


アマリが呟くと、御者が笑った。


「俺も一月前に来た時は驚きましたよ」


「一月前から、こんな状態だったのか?」


御者は手綱を引きながら、首を横に振った。


「その頃は宿屋が一軒しかない、本当に小さな開拓村でした」


「なら、この建物は?」


「ほとんどが新築らしいですよ」


アマリは再び村を見ると建設途中の建物だけでも十軒以上ある。


その奥には、ひときわ大きな二階建ての建物が見えた。


入口の上には、真新しい看板が掲げられている。


セリゴア公国冒険者ギルド第三開拓村支部。


「もう冒険者ギルドまでできていたのか・・・」


「ええ。高名な魔法使い様に頼んで作ってもらったみたいですよ。」


御者が頷く。


「今じゃ、開拓村ではなく前線村と呼ぶ人もいますよ」


”前線村”その呼び名を聞き、アマリは少しだけ目を細めた。


良い言葉の響きではない。


戦争や大規模討伐の前に、一時的に作られる拠点・・・それが前線村だ。


「例のダンジョンの影響か・・・」


「それ以外にありませんよ。なにせセリゴア公国の建国史上初めてのダンジョンですからね」


御者は苦笑した。


「ここ一週間で何十人も冒険者がやって来てますよ」


馬車が村の中へ入ると道の両側では、商人達が大声を上げていた。


「採掘用のつるはしだ! 予備を持っていけ!」


「傷薬三本で銀貨二枚!」


「魔結晶、高く買い取るよ!」


「防水靴もあるぞ!ダンジョンの魔力水にも負けない特注品だ!」


どこを見ても活気に満ちていてアマリが知っている開拓村とは、まるで別の場所だった。


馬車を降りたアマリは、荷物を肩に担いだ。


銀色の認識票が胸元で揺れる。


冒険者として活動を始めて18年。ちなみに歳は18だ。銀級まで上がった彼女は、歳に疑問の声をあげるバカを叩きのめし続け、いつしか中堅とよばれるようになり、今回もギルドからの強い要望で派遣されてきた。


だからこそ景気の良い話だけを信じる気はなかった。


「まずは情報だな」


アマリは冒険者ギルドへ向かった。


扉を開けた瞬間熱気と酒の匂いが押し寄せてきた。


「乾杯!」


「明日こそ大物を掘り当てるぞ!」


「おい、また傷薬が値上がりしたらしいぞ!」


一階の半分は依頼の受付で残りの半分は酒場になっていた。


昼を少し過ぎたばかりだというのに、ほとんどの席が埋まっている。


酒を飲んでいる者。

地図を広げている者。

泥だらけの魔結晶を数えている者。


依頼掲示板の前にも、多くの冒険者が集まっていた。


アマリは受付を済ませた後、酒場を見回した。


こういう場所では、飲んでいる人間に聞くのが一番早い。


特に儲かった直後の冒険者は口が軽い。


「相席してもいいか?」


アマリが声をかけると、髭を生やした男が顔を上げた。


胸元には銀色の認識票が揺れている。アマリと同じ銀級だ。


「ああ、いいぜ」


男は空いていた椅子を足で引いた。


「今日来たばかりか?」


「・・・?見ただけで分かるのか?そこまでおかしな格好ではないと思うが・・・」


「その装備を見ればな」


男はアマリの革鎧を指差した。


「まだ泥がついてねえ」


周囲の冒険者達を見ると確かに全員の足元が灰色がかった泥で汚れていた。


「ダンジョンの中は水浸しになっているってことか?」


「ああ。といっても深くても指先ぐらいの浅い流れだがな。」


男が酒の入った木杯を掲げた。


「俺はバルト。銀級下位だ」


「アマリ。銀級中位」


「先輩じゃねえか!」


バルトは大げさに姿勢を正したが、すぐに笑う。


「まあ、飲めよ。今日は俺のおごりだ」


「初対面の相手にか?」


「フフフ・・・これを見ろよ」


バルトは腰に下げていた革袋を持ち上げた。


じゃらりと中から、何枚もの銀貨がぶつかる音がした。


「今日だけで銀貨三十六枚だ」


「銀貨三十六枚?」


アマリは思わず聞き返した。


銀級冒険者が長期の護衛依頼を一つ終えたとしても、報酬は銀貨十枚前後。


そこから食費や宿代を引けば、大した金額は残らない。


それが一日で銀貨三十六枚。


簡単に信じられる話ではなかった。


「何を倒した?」


「スライムだよ」


「……スライム?からかっているのか?」


「まあ落ち着けよ!正確には、ほとんど採掘だな」


バルトの隣に座っていた女戦士が会話に加わった。


「一階層の壁から魔結晶が採れるんだよ」


「ここは新生ダンジョンだったはずだ。しかも魔石ではなく魔結晶なんて稼ぎにならんだろう?」


アマリは眉を寄せる。魔力を後から何度でも補充できる魔石と違い使い捨て前提の魔結晶なんて魔導具としては使いにくい。


「ましてや一階層でできる魔結晶なんて純度が低くほとんど使い物にならないはずだ」


生まれたばかりのダンジョンは、内部の魔力が安定しておらず採掘できる魔結晶も小さく、濁っていることが多い。


「普通ならな」


女戦士は懐から、小さな結晶を取り出した。


親指ほどの大きさで透き通った青色の結晶だった。そして内部には、ほとんど濁りがない。


「これは……」


「純度八十七だ」


「八十七?」


アマリは結晶を光へかざした。


高純度と呼ばれる厄災の洞穴産の魔結晶でも、純度は平均六十前後。


純度八十を超える品など、滅多に採掘できない。


「鑑定士が間違えたんじゃないのか?」


「俺達もそう思ったさ」


バルトが笑う。


「けどよ。誰が掘っても、純度七十以上の魔結晶が出るんだ!」


「原因は分かっているのか?」


「一階層に流れている水だろうって話だ」


「水?」


「基本的にただの水ではあるんだがものすごく濃い魔力が混じっているらしい」


バルトは木杯を傾けた。


「その水が壁や地面に染み込んで、魔結晶を育てているんじゃねえかってよ」


アマリは黙り込んだ。


それほどの高純度の魔結晶は新生ダンジョンにおいて簡単に発生するものではない。


「厄災の洞穴でも、高純度の魔結晶が採れると聞いたことがある」


「俺も聞いたことはある」


バルトが頷く。


「だが、あっちはS級ダンジョンの深層だろ?こっちは一階層でスライムの相手をしてS級以上の純度なんだ!」


男は声を上げて笑った。


「だから儲かるんだよ!」


周囲の冒険者達も笑い出す。


彼らの机には肉料理が並んでいた。


安酒だけでなく普段なら銀級冒険者でも注文をためらう、大きな骨付き肉まで置かれている。


誰もが羽振りよく金を使っていた。


「魔物は?」


アマリは結晶を女戦士へ返した。


「採掘している間に襲われるだろう」


「出てくるのはスライムだけだ」


「種類は?」


「ほんとうに普通のスライムだよ」


女戦士が答える。


「ちょっと濃い青色の奴が何匹もいるけど、動きは遅いし攻撃も体当たりだけ」


「数は多いが、弱い・・・」


バルトが指を一本立てた。


「倒しても、すぐに復活するけどな」


「復活?」


「魔力水に入ると、すぐ元に戻るんだ」


アマリは一瞬、言葉を失った。


倒してもすぐに復活する魔物とは通常なら、異常事態だ。


「なら、危険なのでは?」


「大丈夫だ」


バルトは気楽に笑う。


「水から引き離せばいい。殺す必要もねえ。まあそれでも30分ぐらいで復活はするが・・・採掘の邪魔になる奴だけ押し退ける。それで十分だ!」


女戦士も続ける。


「魔結晶を掘って、スライムが集まってきたら場所を変える。本当にそれだけだ」


バルトが肉をかじった。


「銅級どころか、鉄級の連中まで稼いでいるぜ」


アマリが酒場を見回すと確かに、銀級だけではなく銅色や鉄色の認識票を下げた冒険者もいる。


中には、まだ少年と呼べるほど若い者までいた。


「この村が発展した理由は分かった」


アマリは酒を一口飲んだ。


「武器屋、道具屋、治療所、鑑定所。それに宿屋も三軒増えた」


「酒場もここが三軒目だ」


「一月で?」


「これでも足りねえらしい」


バルトは上機嫌だった。


「明日から、また新しい宿屋を建てるそうだ」


ダンジョンが一つ見つかっただけで何もなかった開拓村が、急速に姿を変えている。それだけ、採掘できる魔結晶の価値が高いということだ。


「ところで」


アマリは机に肘をついた。


「二階層より下は、どうなっているんだ?」


バルトの動きが止まり女戦士も口を閉じる。


先ほどまで笑っていた周囲の冒険者達が、わずかに視線を逸らした。


「いやあ」


バルトは頭を掻いた。


「知らねえな?」


「まだ調査されていないのか?」


「まあ、そういうことだ」


歯切れが悪い。


アマリは木杯を置いた。


「何かあるのか?」


「……お前、鋭いな」


「十二年も冒険者を続けているからな」


バルトは周囲を見回しそれから身体を机の上へ寄せる。


「あんまり大きな声で言えねえんだけどよ……」


声が小さくのに合わせてアマリも自然と顔を近づける。


「二階層に下りた奴は、誰も戻ってきてねえんだ」


酒場の喧騒が遠く感じられた。


「誰も?何組が下りた?」


「分かっているだけで、三組。」


「三組とも全滅したというのか?」


「いや、一人だけ生き残ってる。もう引退しちまったらしいけどな・・・」


バルトが肩をすくめる。


アマリの背中に、冷たいものが走った。


一階層では、鉄級冒険者でも稼げるが二階層へ下りた者は、例外を除いて一人も帰らないというのはあまりにも差が大きすぎる。


「ギルドは何をしている?」


「二階層への立ち入りを止めているよ」


女戦士が答えた。


「一階層だけで採掘するように、毎日注意している」


「それで皆、納得しているのか?」


「一階層は本当に安全だからな!」


バルトが先ほどまでの小声を忘れ、大声を上げた。


周囲の者達がこちらを見る。


「わざわざ危ない二階層へ行く必要なんてねえ!」


「一階層だけで十分稼げるしね」


女戦士も笑う。


「欲張らなければ大丈夫だよ」


その言葉は間違っていない。冒険者は危険を避けるべきだ。


安全な場所で十分な利益が得られるなら、それ以上を求める必要はない。


だが何かがおかしい。


一階層だけが、都合よく安全すぎる。


「それに、稼げるのも今だけかもしれねえぞ」


バルトが新しい酒を注文した。


「どういう意味だ?」


「軍隊が来るって噂だ」


アマリは眉を上げた。


「軍隊?」


「ここが発展する前に二階層で四人組の冒険者がやられたらしい」


バルトの表情が少しだけ曇る。


「一人だけ生き残って、かなり危険なダンジョンだと報告したそうだ」


「詳しい情報は?」


「ギルドでも伏せられているが、なんでもゴーレムの変異種が出たらしい。」


女戦士が声を落とす。


「知性を持った魔物がいるとか。十階層以上あるとか。いろんな噂があるよ」


十階層以上・・・生まれたばかりのダンジョンとしては、明らかに異常だ。


「パレミルが調査に動いているらしい」


バルトが言う。


「公国も軍隊を出すかもしれねえ・・・軍隊が来れば、ダンジョンは封鎖されるだろ?」


「そうなれば魔結晶も国の管理になるだろうな」


自由に採掘できるのは今だけと考えれば、冒険者達が殺到する理由も分かる。


危険だと分かっているが一階層には、金が落ちている。


バルトが木杯を持ち上げた。


「稼げるうちに稼いでおいた方がいいぜ!命を失わない程度にな!俺は二階層には絶対に下りねえ。一階層で魔結晶を掘るだけだ」


そして酒場の店員へ手を振る。


「ミリーちゃん! こいつにも一番いい酒を持ってきてくれ!」


「私はまだ頼むとは言っていないぞ」


「いいじゃねえか!」


バルトは革袋を机へ置いた。


再び、銀貨の音が鳴る。


「儲からせてもらってるからな! 今日は俺のおごりだ!」


「太っ腹だな」


「お前も明日から頑張れよ!」


運ばれてきた酒を、バルトがアマリの前へ置いた。


周囲では、冒険者達が明日の稼ぎについて話している。


新しいつるはしを買う者。

荷物持ちを雇う者。

採掘場所を相談する者。


誰もが明日に期待していた。


アマリは酒を一口飲んだ。


美味い。


安酒ではない。


銀級冒険者が普段飲む物より、明らかに上等だった。


同じ銀級のバルトが、ためらいなく注文できるほど稼いでいる。


二階層への不安は残っている。


それでも


「一階層だけなら、問題ない・・・のか」


アマリは呟いた。


明日は自分もダンジョンへ向かう。


欲を出さずに魔結晶を採掘するだけ。


それならば危険はないはずだ。


酒場の窓から、夕暮れの開拓村が見えた。


新しい宿屋。

新しい店。

新しい冒険者ギルド。


すべては、一つのダンジョンを中心に作られている。


その入口へ向かう冒険者達の列は、日が沈むまで途切れなかった。


このダンジョンは安全だ・・・誰もが、そう信じていた。

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― 新着の感想 ―
もしダンジョンが基本的には人間の感情で成長し、たまに欲張りが命を落とせば十分なら、ダンジョンを安全に運用する意味も有ります。もし生命でのみ成長するダンジョンだったならば……
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