はじめの一歩
若葉の盾との戦いが終わり、ダンジョンには静寂が戻っていた。
ライムはダンジョンコアの前に立ち、大きく息を吐く。
「……勝った、か。」
ただの村人ではない初めての本格的な冒険者との戦い。
三人を討ち取り、一人を逃がした。
決して小さな戦果ではないがライムの表情は晴れなかった。
「マスター?」
エリシアが首を傾げる。
その隣では、ぷる吉がぴょんぴょんと跳ね、ミレイアも静かに集まってきた。
「反省会をしよう。」
三人は顔を見合わせる。
「今回は勝てた。でも、次も同じように勝てる保証はない。」
ライムはダンジョン全体を映し出す地図を見つめた。
「まず、一番の反省点は……一人逃がしたことだ。」
誰も反論しなかった。
あの弓使いの少女は命からがら脱出した。
これで2階層までのダンジョンの情報も、罠も、魔物もすべて人類側へ伝わる。
「焦って戦闘を浅い階層で行ったことが原因ですわね。」
ミレイアが地図を見ながら口を開くとライムは頷いた。
「入口から近すぎる場所で迎撃すると危険だと思えば、すぐ外へ逃げられる。」
「つまり!」
エリシアが元気よく手を挙げる。
「もっと奥まで来てもらえばいいんですね!」
「その通り。」
ライムは笑った。
「入口付近は特に警戒されやすい。だから油断させながら奥へ誘導する仕組みが必要だ。」
ぷる吉も「ぷるっ!」と鳴き、賛成するように身体を揺らした。
「扉と罠の配置……考えることはまだまだあるな。」
ライムは次に、自動人形の残骸へ視線を向けた。
「あとは、スライム魔方陣だ。」
あの爆発は絶大だった。
しかし
「考えとしては面白かったですが一回しか使えませんでしたわ。」
ミレイアの言葉にライムは頷く。
「ああ。威力は十分だった。今回のように最後の自爆特攻に使えば鹵獲されにくいというメリットはあるが・・・でも、まだ活かし切れていない。」
魔方陣へスライムを流し込むことで、本来以上の力を発揮させる技術には可能性は感じた。
しかし・・・
「問題は、魔方陣そのものの種類が少なすぎることだ。」
ライムは苦笑した。
「魔族は基本的にスキルと腕力で解決する種族だからね。」
「あぁ……。」
エリシアも納得したように頷く。
「魔法は使えても、研究する人は少ないですもんね。ミレイアが上手く就活できなかったのもそれのせいもあるでしょうしね!」
「大型の強力な破壊の効果を発動する儀式魔法なら魔人の十八番なんだが、小型化された応用の利く魔法に関しては資料がない・・・とはいわないが極端に少ない。」
ライムは顎へ手を当てた。
「爆発、加速、拘束、防御・・・児童人形に応用できる魔方陣はもっとあるはずなんだ。」
ミレイアも静かに目を輝かせる。
「研究開発するしかないですわね。」
ライムは即座に決断した。
「今後は研究費を増やそう。新しい魔方陣を作れるようになれば、ダンジョンそのものが強くなる。」
それは目先の利益より未来への設備投資。ダンジョン経営者として当然の判断だった。
「では!」
エリシアが身を乗り出す。
「今回の戦果です!」
ライムはダンジョンコアを操作し、青白い文字が宙へ浮かぶ。
『獲得魔素』
『六万』
「おぉぉぉ!」
エリシアが飛び跳ねる。
ぷる吉も一緒になって跳ね回る。
「六万……。」
ライム自身も驚いていた。
今までとは比べものにならない額だ。本格的な冒険者を倒した恩恵は大きい。
「今回、一番の功労者はミレイアだ。」
ライムは振り返った。
「あの自動人形を創ったのは君だからね。」
ミレイアは慌てて首を振る。
「そんな! 皆さんのお力があってこそですわ!」
「それでも成果は成果だ。」
ライムは笑う。
「取り分は三割。一万八千魔素分を支給する。」
その瞬間ミレイアは固まった。
「…………え?そんなに……いただけるんですの?」
「当然だよ。」
ライムが頷くと。
ミレイアの瞳が潤み始める。
「実家へ……。まず実家へ仕送りをしますわ!それで余ったお金で、新しい資格の勉強を始めます!もっと皆さんのお役に立てるようになりますわ!」
その笑顔は、今までで一番輝いていた。
「エリシアにも特別ボーナス。」
「え?」
「同じ額を渡すよ。」
「…………。」
一瞬止まったあと。
「いっぱい食べられますよーーー!!」
エリシアは両手を上げて飛び跳ねた。
ぷる吉も嬉しそうに跳ね回る。
「ぷるるー!」
「でも備品は食べないこと。マジで本当にね!」
ライムは笑いながら釘を刺す。
「うっ……。」
エリシアは肩を落とした。
「気を付けます……。」
そんな様子を見て、ミレイアが思わず吹き出す。
張り詰めていた空気が、一気に和らいだ。
「さて」
ライムは冒険者達が残した荷物へ目を向けた。
剣。
盾。
弓。
矢。
薬品。
保存食。
ロープ。
魔石。
どれも人類が作り上げた道具だ。
「これも全部財産だ。」
使えるものは再利用、売れるものは売却、分解できるものは研究材料となり無駄になる物は一つもない。
そしてライムは一冊の本を拾い上げた。
「これは……。」
革表紙の古い本。
魔法使いの青年が最後まで大事そうに持っていた魔導書だった。ゆっくりとページを開くとそこには見慣れない魔方陣が、幾重にも描かれていた。
「なるほど……。」
ライムの目が輝く。
「人類は、こんな研究をしていたのか・・・」
魔族にはない生活を豊かにするだけの発想。
魔族にはない日々の暮らしを安定させるだけの理論。
それらは今まさに欲しかった知識だった。
「これなら。」
ライムは本を胸に抱く。
「スライム魔方陣をもっと発展させられる。」
人間は強くなる。時が経てば立つほど対策を練り、勝つための技術を開発し、戦略を組んでくる。
しかしダンジョンも勝つたびに強くなる。自分達も立ち止まれない。
ライムはダンジョンコアを見上げ、小さく笑った。
「まだ世界一までは遠い。でも一歩ずつ確実に近づいている!」
その確かな手応えを胸に、ライムは新たな研究とダンジョンの発展へ向けて歩き出した。
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