冒険者の性
「正直に言うぞ」
カイルは、焚き火の向こうに座る仲間達を見回した。
「俺は、テポって少年が自分から村を出た可能性が高いと思っている」
夜
開拓村の外れで冒険者パーティー「若葉の盾」の四人は、借り受けた空き小屋の前で今後の方針を話し合っていた。
火の上では、村で分けてもらった豆と干し肉のスープが入った小さな鍋が音を立てている。
「私も同意見ね」
セシルは木の器を手にしたまま頷いた。
「騎士に憧れていたんでしょう?」
「ああ」
カイルはレオから聞いた話を思い出す。
テポは騎士を目指していて、いずれ村を出て中立学術都市パレミルの冒険者育成学院へ行きたいと考えていたらしい。
「家族に黙って消えるような奴じゃないって、レオは言ってたぞ」
と顔に似合わず子ども好きのダリオが難しい顔をする。
「子供の言葉を疑うわけじゃない・・・だが、村を出る直前に怖くなって、誰にも言えなくなった可能性もある」
「珍しい話じゃありませんね」
ノエルが眼鏡の位置を直した。
「日常茶飯事とは言いませんが、開拓村の少年が都市へ憧れて出奔する例は、過去にもあります」
開拓村での生活は厳しい。
朝から晩まで畑を耕し森を切り開き冬に備えて食料を蓄え、生まれた村で親と同じ仕事をして同じように年老いていく。
それを幸せだと思う者ももちろんいる。
だが外の世界を知ってしまえば狭い村での生活に耐えられなくなる者もいた。
「それに」
ノエルは周辺の地図を指差す。
「ここは人類圏の奥地です・・・大きな魔物の群れが確認された記録もありません」
「盗賊の目撃情報もない」
指が地図上の開拓村を軽く叩く。
「ましてやダンジョンなど、突然生まれるはずがありません」
「そうなのか?」
ダリオが尋ねた。
「ダンジョンは魔神軍の軍事拠点ですよ」
ノエルは呆れたように答える。
「こんな場所に作れば、発見された時点でパレミルと周辺諸国から即包囲されますよ・・・いかに魔神が邪悪でも」
少し考え言い直した。
「いかに魔神が理解不能でも、そこまで無意味なことはしないでしょう」
「言い直しても失礼なのは変わらないわよ」
セシルが笑う。
ノエルは肩を竦めた。
「まさか本人の前で言うつもりはありませんよ」
セシルはカイルへ視線を戻した。
「それでどうするの?」
「約束した以上、形だけでも探すしかないだろ・・・」
カイルは迷わず答えた。
「テポがよく使っていた道を中心に調べる。村から大きく離れる必要はないだろう。二日か三日探して何もなければ、レオへ伝える」
ダリオが眉をひそめる。
「何て言うんだ?」
カイルは少し考えた。
「テポは恐らく、本当に村を出たんだ。いつかお前もパレミルへ行けばいいその時に再会できるかもしれないぞってな。」
セシルが小さく息を吐く。
「希望を持たせるの?それは・・・事実を知ったら・・・」
「嘘ではないさ!本当に出奔したなら、パレミルへ向かった可能性はある」
カイルは鍋を見つめた。
もちろん道中で何かあった可能性もある。
森で迷った。崖から落ちた。このあたりにもごく少数いるはぐれの小型の魔物に襲われた。理由を考えるだけなら他にもたくさん思いつく。
だが証拠がないのだ。何も見つからないまま最悪の可能性だけを少年へ伝える必要もないだろう。
「決まりですね」
ノエルが手帳へ予定を書き込む。
「明日から周辺探索。通常の警備任務に支障が出ない範囲で実施して三日を上限とする」
「異議は?」
カイルが聞く。
三人は首を横に振った。
こうして若葉の盾はテポの捜索を始めることになった。
その時点では誰一人として本当に何かが見つかるとは思っていなかった。
◇◇◇
一日目
四人は、レオから聞いた道をたどった。
テポが朝の鍛錬で使っていた空き地。
木剣を振っていた場所。
森へ走り込む時に目印としていた岩。
川沿いの獣道。
一つずつ丁寧に確認していく。
「足跡は?」
カイルが尋ねるとセシルはしゃがみ込み土を指先でなぞった。
「古すぎるわね」
「村の人間も使う道だし、誰のものか分からない・・・」
「血痕や争った跡は?」
「ないわ」
ノエルも周辺へ探知魔法を使った。
「魔力反応もありません」
「角兎が二匹と小型の森鼠が数匹」
「人間に危害を加えられる魔物はいませんね」
「やっぱり村を出たのかねえ」
ダリオが呟く。
「まだ初日だ」
カイルは希望がまだあるように答えたが自身もその可能性が高いと考えていた。
夕方まで探索したものの何も見つからなかった。
◇◇◇
二日目
捜索範囲を少し広げテポが日常的に通るには遠すぎる場所に足を向けた。
村人が薪を拾う森。
小さな沢。
古い猟師小屋。
崩れかけた崖の下。
危険そうな場所を重点的に確認した。
しかしやはり何もなかった。
「冒険者は便利屋じゃないんですよ」
ノエルが歩きながら愚痴をこぼす。
「警備契約で来ているのに、なぜ行方不明者の捜索まで」
「なら断ればよかっただろ」
ダリオが言う。
「子供の前で断れますか?」
「断れないなら文句を言うなよ」
「文句を言いながら働く自由はありますよ~!」
「難しい奴だな」
「ダリオが単純すぎるんです」
「何だと?」
「静かに」
セシルが二人を睨む。
「魔物より先に、私が撃つわよ」
カイルは苦笑しながら3人をなだめる。
これがいつもの若葉の盾だった。真剣な任務でも緊張感が続きすぎれば、誰かがくだらないことを言い始める。
三年間そうやって四人で生き残ってきた。
日が沈む頃に村への帰路につく。
「明日で最後にしよう」
カイルは歩きながら告げた。
「明日も何も見つからなければ、そのことをレオへ伝える」
「賛成」
セシルが答える。
「これ以上探すなら、正式な捜索依頼に切り替えてもらわないとね」
「少年には何て言うんです?」
ノエルが尋ねた。
「最初に話したとおりだ」
カイルは言う。
「テポは自分の意思で村を出た可能性が高い。いつかレオがパレミルへ行けば、会えるかもしれない、とそう伝える」
ダリオは少しだけ寂しそうな顔をしたが反対はしなかった。
◇◇◇
三日目
空は曇っていた。
森の中は昼前だというのに薄暗い。
「今日は北側を見る」
カイルは地図を確認した。
「昨日調べた沢のさらに先だ」
「テポが普段使っていた道から外れますけど?」
ノエルが尋ねる。
「最後だから念のためだ」
一行は木々の間を進んでいく。
森は奥へ行くほど静かになった。
鳥の声が減り、代わりに足元の枯れ枝を踏む音が大きく聞こえる。
セシルが先頭へ出て少し離れた位置から地面や木々を確認しながら進んでいた。
「止まって」
小さく声が飛ぶと三人は即座に足を止めた。
セシルは木の根元へしゃがみ込んでいる。
「何かあったか?」
カイルが近づく。
「土に比較的新しい足跡がある。」
セシルは指差した。
確かに落ち葉の下の黒い土が僅かに盛り上がっている。
「誰かが掘ったのか?」
「違う」
彼女は周辺へ視線を走らせる。
「多分・・・なにかしらの足跡・・・けどこんな森の奥で?」
「魔物ですかね」
ノエルが杖を構え、短杖の先が淡く光り魔力の波が周囲へ広がった。
一秒。
二秒。
ノエルの表情が変わる。
「……この奥です」
「何がある?」
「分かりません」
ノエルは眉をひそめる。
「微弱ですが…自然では考えられない魔力の流れがあります」
四人は顔を見合わせた。
カイルが片手剣を抜く。
「警戒しろ…まだ敵がいるとは限らないが…」
一行が魔力反応を追って進み木々を抜けたその先には小さな岩山があった。
そして岩山の根元にぽっかりと暗い穴が開いていた。
「洞窟……?」
ダリオが呟く。
カイルは答えない。見覚えがない。村の周辺地図にも載っていなかった。
入口の周囲には削り取られたばかりの岩、積み上げられた土には何かを運び込んだような車輪の跡が残されている。
自然にできた洞窟ではないことは間違いなかった。
ノエルが一歩前へ出る。短杖を握る手が震えていた。
「こ、これは……」
眼鏡の奥の目が大きく見開かれた。
「だ、ダンジョン!?」
誰もすぐには返事をできなかった。
あり得ない・・・そう思っていたものが目の前にある。
人類圏の奥深くのパレミルと小国群の境界にある平和な開拓村の近く。
そんな場所にダンジョンが存在している。
「間違いないのか?」
カイルが尋ねる。
「はい」
ノエルは入口付近の岩壁へ触れた。
「岩の内部に魔力が通っています。それに、洞窟の奥へ向けて一定の魔力循環がある・・・自然洞窟ではあり得ません。」
「おいおい……」
ダリオが洞窟を見つめる。
「テポって少年は本当に、この中にいるってのか?」
セシルが入口の前へしゃがみ込み地面を調べる。
「人間?の足跡があるわ」
「新しいのか?」
「数日前ぐらい…かしら?子供くらいの大きさね」
奥へ続く足跡以外の外へ戻った痕跡は見つからない。
セシルは立ち上がった。
「間違いないでしょうね。こんな平和な村じゃ」
洞窟へ冷たい視線を向ける。
「それ以外に失踪する原因がないわ」
三人がカイルを見る。
判断を求めている。
曲がりなりにもパーティーを束ねる者としてはすぐに村へ戻るように言うべきだ。
”ダンジョンの発見”それだけで冒険者ギルドへ報告する理由としては十分だった。応援を呼び正式な調査隊を編成する。
それが最も安全な判断だろう。
だがテポが中にいる。
まだ生きている可能性がある。
もし村へ戻っている間に死んだら。
そう考えると足が止まった。
「カイル」
セシルが呼ぶ。
「どうする?」
カイルは洞窟の暗闇を見つめた。
内部から微かな水音が聞こえてくる。
危険。
未知。
そして新発見のダンジョン。
心臓が少しだけ速くなった。
「一時間だ・・・時間を決めて探索する」
ノエルの目が僅かに輝く。
ダリオは大盾を背中から下ろした。
セシルは反対しなかった。
「一時間でテポが見つからなければ即撤退だ」
カイルは続ける。
「万が一、命の危険があるようならその時点で村へ戻るしギルドにも報告する」
「了解」
ダリオが頷く。
「妥当ですね・・・入口付近の構造だけでも確認しておきたいです」
ノエルも短杖を握り直す。
「私は先行する」
セシルが短弓を構えた。
「罠と足跡を探すわ」
全員があっさりと納得した。
「帰って報告をするべきだ」とは誰も口にしなかった。
”テポを助けるため”
”危険を確認するため”
”報告に必要な情報をもっと集めるため”
いくらでももっともらしい理由は並べられた。だがそれ以上に四人とも冒険者だった。
未知の洞窟
新たなダンジョン
誰も攻略したことのない場所。
その入口を前にして引き返せるほど彼らは冒険者という生き方から離れてはいなかった。
「行くぞ」
カイルが最初の一歩を踏み出し三人が続く。
彼らは”万が一命の危険があれば撤退する”と決めた。
だが失念していた。”このダンジョンが既に一人の少年の命を奪っている可能性がある”という事実を・・・
そして彼らの目はテポを救うという大義名分に覆われた冒険者として決して逆らうことのできない欲望。
――冒険欲によって僅かに濁り始めていた。
もし少しでも
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それではまた次回!




