撤収
「それじゃあ、世話になったな!」
ゴブリン商会の親方が、大きな荷馬車へ最後の工具箱を積み込んだ。
その後ろでは何十人ものゴブリン職人達が、残った資材や測量器具を片付けている。
十階層分の基礎工事により数日前まで一階層しかなかったダンジョンは広さだけなら十階層まで広がっていた。
「本当に助かったよ」
ライムは親方へ頭を下げた。
「急な依頼だったのに、ここまで早く仕上げてくれるとは思わなかった」
親方は鼻を鳴らし後ろに広がる洞窟を見た。
「面白え設計だった」
今回ゴブリン商会が担当したのはあくまで基礎工事だけ細かな仕掛け、罠や魔力回路、階層ごとの特徴、それらはミレイアが設計する予定になっている。
「俺たちは穴を掘っただけだ」
親方は言った。
「ここからどう化けるかは、あんたら次第だな」
「ああ」
ライムは頷く。
「期待しててくれ」
「なあに次に来た時、面白くなってりゃ十分だ」
「素直じゃないですね!」
エリシアが声を上げる。
「絶対期待していますよ!」
「うるせえ嬢ちゃんだな」
親方とエリシアが睨み合う。その横でミレイアは、ゴブリン職人達へ深く頭を下げていた。
「本当にありがとうございました!皆様に教えていただいたことは、決して忘れませんわ」
若いゴブリンが照れくさそうに頭を掻く。
「俺達は聞かれたことに答えただけだよ」
ミレイアは胸元に手帳を抱える。
その手帳は最初に見学を始めた時よりも、随分と分厚くなっていた。書き込む場所が足りなくなり何枚もの紙が追加されている。
地盤の見分け方、水路の傾斜補強材の組み方、換気孔の配置、点検口の必要性など職人達から教わった知識が細かな文字でびっしりと記録されていた。
「おい、嬢ちゃん・・・もし行き場に困ったら、俺らのところに来いよ」
ミレイアが目を瞬かせる。
ライムも驚いた顔で親方を見た。
「おいおい勘弁してくれよ」
ライムは苦笑した。
「うちの大事な技師を引き抜こうとするな」
「引き抜きじゃねえよ」
親方は腕を組む。
「もしもの話だ・・・こいつは現場を見て覚えようとする。筋も悪くねえ。職人の手元もよく見てる」
ミレイアの顔が少しずつ赤くなる。
「うちに来れば・・・数年で一人前にはしてやれる」
「親方……」
「技師として食えなくなった時は、覚えときな」
ミレイアは少しだけ俯いた。以前の彼女ならその言葉へ飛びついていたかもしれない。攻撃力がゼロ。雇ってくれる場所がない。
役立たず
そう言われ続けていた頃なら居場所を与えてくれるというだけで何も考えず頷いていたかもしれない。
けれど今は違う
「お気持ちは、とても嬉しいですわ」
そして迷いなく答える。
「ですが、私の居場所はこのダンジョンですの!」
ライムが目を見開く。
エリシアは自分が褒められたかのように胸を張った。
ぷる吉も嬉しそうに跳ねる。
ぷるっ!
「ライム様は・・・誰にも必要とされなかった私を、必要だと言ってくださいました。それに…」
完成したばかりの階層へ目を向ける。
「私は、ここで作りたいものがたくさんありますの!まだ、何一つ完成しておりませんわ」
ミレイアは笑う。
「ですから行き場に困ることはありませんの」
親方はしばらく何も言わずに大きなため息を吐く。
「まったく」
それからライムへ顔を向けた。
「本当にいい目をしてやがる」
「そうだろ?自慢の技師だ!」
「ラ、ライム様……」
今度こそミレイアの顔が真っ赤になった。
「私も自慢の部下ですよね!」
エリシアが割って入る。
「ああ・・・もちろんだよ」
ぷるっ。
「あっっっ!ぷる吉!笑わないでください!」
賑やかな三人を見て親方は小さく笑った。
「そんじゃ」
荷馬車へ乗り込む。
「また何かあったら呼んでくれ!今度は、もう少し間を空けろよ」
「努力するよ」
「その返事は信用できねえな」
ゴブリン職人達が次々と荷馬車へ乗る。
巨大なトカゲがゆっくりと歩き始めた。
「皆様!」
ミレイアが大きく手を振る。
「本当に、ありがとうございました!」
「頑張れよ、嬢ちゃん!」
「またな!」
「次はお前の作った仕掛けも見せろよ!」
「はい!」
ミレイアは荷馬車が見えなくなるまで。
ずっと手を振り続けていた。
◇◇◇
同じ頃ダンジョンに最も近い開拓村では村長の住む小屋から少年の怒声が響いていた。
「どうして、すぐにテポを探しに行かないんですか!?」
レオは机を強く叩いた。年齢はテポと同じ十四歳。
小麦色の短い髪に細い身体。
普段なら大人へ怒鳴りつけるような少年ではない。
けれど今は違った。
テポが村から姿を消して既に数日が経っている。
「落ち着かんか」
村長は面倒そうに眉をひそめた。
「これが落ち着いていられますか!テポが帰ってきてないんですよ!」
「そんなこと村の者は皆知っておる」
「だったら!」
「だからといって」
村長はレオの言葉を遮った。
「秋の収穫を控えるこの時期に、捜索に人手を割くことなどできるわけがないじゃろう?」
レオは言葉を失う。確かに村にとって秋の収穫は一年で最も重要な仕事だ。
冬を越すための食料を今の時期に集めなければならない。収穫が遅れれば雨や霜で作物が駄目になるのだ。一人の少年を探すために大勢の大人を何日も動かす余裕がない。その事情はレオにも分かっていた。
分かっているからこそ悔しかった。
「それに」
村長は続ける。
「念のため、冒険者を雇って村の警備に当てておるじゃろう?」
「けど……」
レオは拳を握り締める。
「テポはどうなるんだよ……」
「どうなるも何も」
村長はため息を吐いた。
「テポは騎士に憧れておったじゃろう?」
「それが何ですか?」
「この村での生活に飽きて、出奔しただけではないのか?」
「違う!」
レオは即座に否定した。
「テポはそんなことしない!」
「パレミルへ行くにしても、ちゃんと母ちゃん達に話すって言ってた!」
「子供の言葉など、その時の気分で変わるじゃろう」
村長は呆れたように両手を広げた。
「それともなんじゃ?森で魔物に襲われたとでも言うのか?」
鼻で笑う。
「まさかこの人類圏の奥深くに、魔神軍が攻め込んできたとでも?」
「……」
「ここは国境の戦場ではない!近隣どころか公国で確認されているダンジョンもない。それはこの前来た魔法使いの方々も言っていたじゃろう。お前は考えすぎなのじゃ」
「でも!」
「話は終わりだ」
村長は椅子から立ち上がった。
「私達は収穫で忙しい!お前も家へ戻り、両親の手伝いをしなさい!」
レオはその場から動かなかった。
何か言いたいけれど言葉が出ない。
村長へ殴りかかっても何も変わらないしテポが帰ってくるわけでもない。
「……分かりました」
掠れた声で答えて踵を返した。
「レオ」
村長が呼び止める。
「お前まで勝手に村を出るでないぞ」
レオは振り返ることなく小屋の扉を強く開きそのまま外へ走り出した。
◇◇◇
村の外れには一本の大きな木が立っている。
レオとテポが幼い頃から何度も遊んだ場所だった。
二人で木剣を振り将来の夢を話した。くだらないことで喧嘩をした。テポが騎士になると言うたびにレオは無理だと笑った。
本当に無理だと思っていたわけではない。
ただ夢を真っ直ぐ語るテポが少しだけ眩しかったのだ。
「馬鹿野郎……」
レオは木の幹へ拳を当てた。
「どこ行ったんだよ」
返事はない。
風が木の葉を揺らす。
「勝手に行くなよ……」
目から涙が溢れた。慌てて腕で拭う。それでも次々と思いが溢れてくる。
「騎士になるんだろ……パレミルに行くんだろ……俺が無理だって言うたびに絶対なるって……」
言っていたのに。
「帰ってこいよ……」
その時だった。
「おい」
背後から聞き慣れない声がした。
「大丈夫か?」
レオは慌てて振り返るとそこには四人の冒険者が立っていた。
村の警備のために雇われた一行だ。
まだ若い一番年上でも二十代前半ほどに見える。先頭にいるのは剣を腰へ下げた青年。その後ろには弓を持つ女性。短い杖を持つ魔法使い。大きな盾を背負った男性がいる。
「泣いてたのか?」
剣士の青年が尋ねた。
「泣いてない」
レオは乱暴に目元を拭った。
「そうか」
青年はそれ以上追及しなかった。
「村長さんの家から飛び出してきただろ?何かあったのか?」
「……」
レオは迷う。村長にさえまともに話を聞いてもらえなかったのだ。知らない冒険者へ話しても笑われるだけかもしれない。
それでも誰かに聞いてほしかった。
「友達が」
レオは俯いた。
「テポっていう友達が、帰ってこないんだ」
冒険者達の表情が変わる。
「いつからだ?」
「数日前・・・森へ鍛錬に行くって」
「一人でか?」
レオは頷く。
剣士の青年は他の仲間達と顔を見合わせた。
「それで、捜索を頼みに行ったのか・・・」
「でも村長は」
レオは歯を食いしばる。
「収穫があるから、人を出せないって…テポは勝手に村を出たんだろうって。でも、あいつはそんなことしない!確かにパレミルへ行くのが夢だったけど絶対、家族に黙っていなくなったりしない!」
一気に話すと息が苦しくなる。
それでも止まれなかった。
「森で何かあったんだ!俺には分かる!だから探しに行かないと」
レオが走り出そうとする。
しかし剣士の青年が肩を掴んだ。
「待て」
「離せよ!」
「お前が行くのだけはやめとけ!二次遭難になったら大変だ」
青年の声は先ほどまでよりも厳しかった。
「友達が心配なのは分かる。だが、森で何が起きたか分からないんだろ?盗賊かもしれない。崖から落ちたのかもしれない。洞窟に迷い込んだかもしれない。もちろん魔物にやられた可能性もある。」
「だから俺が!」
「お前には、その全部へ対処できるのか?」
「……」
答えられない。
レオは剣を習ったこともない。魔物と戦ったこともない。森の奥へ入った経験もない。ただテポを助けたい。
その気持ちしかなかった。
「気持ちだけで助けられるなら」
盾を背負った男が言った。
「俺達みたいな冒険者はいらない。今、お前が森へ入れば捜索する相手が二人になるだけだ。」
「……っっ」
正しいことは分かっている。それでも何もしないで待つことが耐えられなかった。
弓を持つ女性がレオの前へしゃがむ。
「その子がよく行っていた場所は分かる?いつも走ってた道とか使ってた目印とか」
「分かる」
レオは顔を上げる。
「俺、全部知ってる」
「なら教えて」
「え?」
女性は立ち上がった。
そして仲間達を見る。
「警備の巡回範囲を、少し森側へ広げればいいでしょ?」
魔法使いの青年が少し困った顔をする。
「契約外になるぞ?」
「少しくらいいいじゃない・・・万が一何かあれば後から報告すればいいでしょ」
剣士の青年は頭を掻いた。
「あー」
それからレオを見る。
「事情は分かった・・・同情もできる」
レオの表情が強張る。
”同情”それだけで終わるのか。
そして青年は続けた。
「だからといって、お前が探しに行くのはやめろ」
「……」
「その代わり」
青年は腰の剣へ手を置いた。
「時間がある時に、俺達で簡単な捜索はしておいてやる」
「本当か?」
「ああ、警備の仕事もあるから、大規模には動けないけどな」
「テポを見つけてくれるのか?」
「約束はできない」
青年は正直に答えた。
「もう死体かもしれないし、そもそも見つかるとも言えない・・・・・でも」
少しだけ笑う。
「探すくらいはやってやる」
レオの目からまた涙が溢れた。
「ありがとう……」
「まだ礼を言うな」
青年はレオの頭へ手を置く。
「見つけてからだ・・・それまでは勝手に森へ入るなよ」
青年はようやく頷いた。
「よし!なら、案内図を作るぞ!木の枝でも何でもいいからテポって子が走ってた道を、できるだけ詳しく教えてくれ」
「うん!」
レオは地面へしゃがみ込み木の枝を拾い土の上へ村と森の形を描き始める。
畑。
川。
大きな岩。
二人で鍛錬していた空き地。
テポがよく走っていた道。
そしてまだ誰も知らない。
その道の先には十階層まで拡張された一つのダンジョンが存在していた。
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