職人の現場
「あー」
ゴブリン商会の親方は、目の前に表示された契約書を眺め呆れたように頭を掻く。
「また頼ってくれるのは嬉しいんだが……」
親方はライムへ目を向けた。
「拡張工事をしたのは、ついこの間じゃねえか?」
「ああ」
ライムは素直に頷いた。
「ゴブリン職人達が作ってくれた一階層のおかげで、侵入者を撃退できてね」
「ほう?」
親方の眉が上がる。
「人間をか?」
「まだ素人だったけどな。それでも撃退は撃退だ」
ライムは笑った。
「せっかく上手くいったんだ。この勢いのまま、ダンジョンをある程度形にしたいと思ってる」
親方は腕を組む。
先ほどまで浮かべていた呆れ顔は消え、代わりに口元が少しずつ上がっていく。
「そうかい…俺達が作った階層で、人間を一人仕留めたか」
「正確には、スライム達と罠が仕留めたんだけどな」
「そのスライムと罠を活かせる形にしたのは俺達だろうが!」
親方は満足そうに鼻を鳴らした。
その後ろでは何人ものゴブリン職人達が顔を見合わせている。
「聞いたか?」
「俺達の水路が役に立ったらしいぞ」
「やっぱり傾斜は大事なんだよ」
「排水口の位置も良かったんじゃねえか?」
「いや、小型通路だろ!」
どこか誇らしげだった。
ライムはその様子を見て笑う。
「それで?」
親方は改めて契約書へ視線を戻した。
「今回の依頼は……」
指で内容を追っていく。
「ダンジョン十階層分の拡張工事のみ・・・かい」
「ああ」
「通路と部屋の基礎・水路・換気孔・資材搬入口・将来の増築を見越した基礎補強」
親方の指が止まる。
「罠の設置はなし、特殊設備の組み込みもなし、装飾もなし」
親方がライムを見る。
「あんたのことだ。いい技師でも雇ったってことかい?」
「流石だな!」
ライムはあっさり答えた。
「実はそうなんだ!」
親方は得意げに鼻を鳴らす。
「ある程度成長のめどが立ってきた新人ダンジョンなら、俺達に全部丸投げするからな」
「それは悪いことではないんじゃないか?」
「まあ、金があるなら悪くはねえし、見るからに素人が中途半端に口をだすよりかはマシだ。」
親方は肩を竦めた。
「だが、自分達でできる仕事まで外へ投げてたら、いつまで経っても技術が残らねえじゃねえか」
ライムは頷いた。それは自分も同じ考えだった。
親方は契約書を閉じる。
「ダンジョンの仕掛けの部分は、自分達で作るってことだな」
「ああ・・・任せる相手も決まってる」
ライムが隣へ目を向けるとそこにはミレイアが立っていた。背筋を伸ばし少し緊張した様子で親方達を見つめている。
「こちらが新しく入ったミレイアだ。魔大学の魔工学科を卒業している。これから一階層から十階層までの設計と設備を任せる予定だ」
「ミレイアと申しますわ」
ミレイアは丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
「魔大学出か」
親方はミレイアを上から下まで見る。
「随分とお上品な技師を雇ったもんだな」
「腕は確かだぞ」
「相変わらず、人を見る目だけはあるみてえだな」
親方はため息をついた。
「まあいい」
そして契約書を丸めて腰袋へ入れる。
「俺達は土台を作る。そっちが仕掛けを作る。役割が分かれてる方が、仕事も早え・・・それと」
親方は振り返り、外には大量の木材、鉄骨、石材、魔力を通しやすい鉱石、水路用の管、天井を支える補強材、魔結晶に魔石などの建築資材を積んだ馬車を指さした。
「俺達は建築用の資材も扱ってる。質ならどこにも負けねえ」
親方は胸を張った。
「必要なら、うちから買ってきな!安くしとくぜ」
親方は豪快に笑う。
「初仕事が成功した記念だ!それにこのダンジョンが大きくなれば、俺達の仕事も増えるからな」
話はまとまった。
ゴブリン商会は十階層分の基礎工事を担当する。罠や魔導設備はミレイアを中心に、ライム達が自力で設置する。必要な資材についてはゴブリン商会から割引価格で購入できることになった。
親方が作業開始を告げようとした時だった。
「あの……」
ミレイアが小さく手を挙げた。
親方の視線が向く。
「なんだ?」
「一つ、お願いがございますの」
ミレイアは少し迷った後、意を決したように口を開いた。
「ダンジョン拡張の工事を、見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
親方の目が細くなり、周囲にいたゴブリン職人達もミレイアへ視線を向けた。
「見学?」
ミレイアは頷く。
「建築に関しても、理論や基礎については学んでおります。ですが……」
少し悔しそうに目を伏せる。
「実際の現場を見たことはございませんの」
魔大学では、設計図の引き方、素材の強度計算、魔力回路の配置、構造物の安全基準等多くのことを学んだ。
しかし本物の地下工事現場へ入る機会はなかった。
「ですから」
ミレイアは再び顔を上げた。
「ぜひ、この機会に見学させていただきたいのですわ」
親方は何も言わずにただギロリとミレイアを睨む。
ミレイアの肩が僅かに震える。
「好きにしな。見たいなら見ればいい」
親方はぶっきらぼうに答えた。
「ただし」
太い指をミレイアへ向ける。
「邪魔したら、ただじゃおかねえからな」
「は、はい!」
ミレイアは深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
親方はそれ以上答えずゴブリン達へ向かって声を張り上げる。
「お前ら!資材を運び込め!測量班は先に二階層予定地へ入れ!地盤確認が終わるまで、一本も掘るんじゃねえぞ!」
「おう!」
ゴブリン達が一斉に動き出す。親方も資材を確認するため、洞窟の外へ歩いていった。その背中を見送りながらミレイアは不安そうに呟く。
「怒らせてしまったのでしょうか……」
ライムは首を横に振った。
「そんなことはないさ」
「ですが、ものすごく睨まれましたわ」
「元々ああいう顔なんだろ」
「それを本人の前では言わない方がよろしいですわね」
ライムは苦笑した。
「本当に嫌だったら、断って魔都に帰ってるさ。あの親方は、嫌なことは嫌ってはっきり言うからな」
「では!」
「まあ、ほんとうに見学しても構わないと思ってくれたんだろ」
ミレイアの表情が明るくなる。
「よかったですわ」
「ただし」
ライムの声が少しだけ変わった。
怒ってはいない。けれど先ほどよりも真面目な口調だった。
「次から、こういうことは先に俺へ相談してくれ」
「……申し訳ございません」
ミレイアはすぐに頭を下げた。
「別に謝らなくてもいい」
ライムは笑う。
「勉強したい気持ちは悪くない。むしろ、俺も応援したいと思ってる」
「なら、なぜですの?」
「契約相手との交渉は、ダンジョンマスターである俺の仕事だからだ」
ライムは外で働き始めたゴブリン達を見る。
「向こうにも予定がある。見学者が入れば、安全管理も変わるかもしれないし何かあった時の責任も増える。だから俺が先に親方へ相談して、条件を確認しておくべきだった。」
ミレイアは目を瞬かせた。叱られたのではない、守られたのだと少し遅れて気づく。
「次から気をつけますわ」
「でも、今回は許可が出たんだ」
ライムは笑った。
「しっかり見て学んでこい」
「はい!」
◇◇◇
工事が始まり、まず行われたのは測量だった。
数人のゴブリンが長い棒と魔導器具を持って、洞窟の奥へ進んでいく。そして、地面へ棒を突き刺し魔導器具へ浮かぶ数字を記録する。
ミレイアは少し離れた場所からその様子を見ていた。
しかし数分もしないうちに我慢できなくなる。
「あの!」
近くにいたゴブリンへ声をかける。
「その道具は、地盤の魔力密度を測っておりますの?」
「あん?」
若いゴブリンが振り返る。
「それも測ってるが魔力だけじゃねえ、土の硬さ、水脈、空洞、そしてこんな所にはいねえと思うが地中にいる大型魔物の反応も確認してる」
「大型魔物までですの?」
「万が一掘ってる途中で巣にぶち当たったら、工事どころじゃねえからな」
「なるほどですわ!」
ミレイアは急いで手帳へ書き込んだ。
次に天井を確認していた別のゴブリンへ近づく。
「なぜ、まだ掘っていないのに補強材の位置を決められますの?」
「むしろ掘る前に決めるんだよ。掘った後に支えようとしても遅えだろ?」
ゴブリンは天井予定線を指差した。
「しかもこの辺りは岩盤が弱い。だから通路を真っ直ぐにはできねえから少し曲げて、硬い岩盤へ荷重を逃がすんだ」
「通路を曲げるのは、侵入者を迷わせるためだけではありませんのね!」
「そんなもんは、ついでだ」
ミレイアの手が止まらない。
「親方!」
今度は岩盤を叩いていた親方へ声をかける。
「なんだ?」
「階層と階層の間に、これほど空間を残す理由は何ですの?大学ではもっと薄くても耐久性を保障できると学びましたわ!」
親方は持っていた金槌で天井を叩く。
ごんっ
低い音が響いた。
「理由は三つある。一つはここの土地の地盤が緩いから補強をするためだ。ここらには大きな人間の街はねえだろ?人間だってバカじゃねえ。地盤の緩い土地に建造物を建てるには相応のリスクヘッジをしなきゃならねえ・・・ただ、それにしても壁が分厚すぎるってことを質問してえんだよな?」
「ええ…そうですの」
「肝心なのが二つ目の理由。このダンジョンには必要な配管、水路、換気、魔力回路の量が多いからだ。現状スライムがメインの魔物であるこのダンジョンは将来、設備を増やすことで人間と戦っていくことになるだろ?だから裏に設備を通す場所が必要になるかもしれねえからその分壁は分厚くしてるんだ。」
「では、三つ目は?」
「逃げ道を作るためだ」
親方は即答した。
「工事中に壁や天井が崩れた時、そして完成後も侵入者が予定外の場所まで来た時に職人や職員、戦闘スタッフが逃げられる道を残しておく。」
ミレイアはその言葉を大きく囲んで書いた。
「安全のためですのね」
親方は鼻を鳴らす。
「良いダンジョンってのはな。綺麗な外見で、派手な罠えを使い人間を殺しまくるダンジョンってわけでもねえと俺は思ってる。一番大事なことは中で働く魔物が死なねえダンジョンじゃねえのか?」
ミレイアの目が輝く。
「素晴らしい考えですわ!」
しかしすぐに別の質問が飛ぶ。
「水路の幅は、階層ごとに変えるのですか?」
「ああ・・・流す水の量と魔物の大きさで変える」
「では、スライムが移動する場合は?」
「身体の幅じゃなく、変形した時の最小幅で考える」
「換気孔へ小型通路を併設することは可能でしょうか?」
「可能だが、侵入者にも使われるからな・・・」
「逆流防止の仕掛けを付ければ?」
「面白えな」
「床下へ魔力回路を通す場合、浸水対策はどうしていますの?」
「防水石材で囲う」
「ですが修理が難しくなりませんの?」
「だから一定間隔で点検口を作るんだ」
「ああ!なるほど!」
質問は途切れなかった。
資材を運ぶゴブリンにも石を切るゴブリンにも補強材を組むゴブリンにも片端から声をかけていく。
「その石材を選んだ理由は?」
「鉄骨ではなく木材を使う場所があるのはなぜですの?」
「曲がり角の内側だけ壁が厚いのは?」
「資材搬入口は、完成後どうするのです?」
「壁の表面を粗く残している理由は?」
最初は面倒そうに答えていたゴブリン達も少しずつ変わっていった。
「そこは振動を逃がすためだぜ」
「木材は交換しやすいからな。」
「曲がり角には力が集まるんだ。」
「搬入口は隠し通路に転用するぞい」
「壁が滑らかすぎると湿気が溜まるんだよ」
「なるほどですわ!」
ミレイアは。
一つ答えを聞くたび。
嬉しそうに手帳へ書き込む。質問した内容を忘れず同じことは二度聞かない。分からない言葉があれば意味を確認する。
危険な場所へは入らない。
職人の手を止める時は必ず一言断る。
親方はそんなミレイアの様子を黙って見ていた。
やがて昼休憩になりゴブリン達がその場へ座り込む。
ミレイアも手帳を抱えたまま、近くの石へ腰掛けた。
「嬢ちゃん」
「はい?」
親方が水筒を投げて寄越した。
ミレイアは慌てて受け取る。
「ありがとうございます」
「飲んどけ・・・午後も見るんだろ?」
「はい!」
ミレイアは水筒を胸元へ抱える。
「とっても勉強になりますわ!」
「そうかい」
親方はぶっきらぼうに答えたが口元は少しだけ笑っていた。
その日の午後ゴブリン達へ投げかけられた質問は午前中の倍に増えた。
もし少しでも
「続きが気になる!」
「面白かった!」
と思っていただけたら、
【★★★★★】や【ブックマーク】を押していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
それではまた次回!




