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居場所

”採用”その二文字を聞いた瞬間に私は泣いてしまいましたわ。


恥ずかしいと思いました。


せっかく丁寧に面接を受けていたのに…


最後の最後で子供のように泣いてしまったのですもの。けれど、涙は止まりませんでした。


「す、すみません……」


私は慌てて目元を拭います。


「採用していただいたばかりなのに、みっともないところを……」


「気にしなくていい」


ライム様は穏やかに笑いました。


「それだけ苦労してきたってことだろ?」


「ですが……」


「泣くほど喜んでもらえるなら、採用した側としても悪い気はしないさ」


そう言われてまた涙が出そうになりました。


本当に不思議な方ですわ。


私の攻撃力がゼロだと知っても一度も嫌そうな顔をしませんでした。


「役に立たないごみ」とも「帰れ」とも。


言いませんでした。


それどころか私にしかできないことがあると・・・そう言ってくださったのです。


「それじゃあ」


ライム様は席へ戻りました。


「君の待遇について詰めていこうか!時間は大丈夫か?」


「全然大丈夫ですわ」


私は急いで姿勢を整えます。


「むしろ、今から住み込ませていただきたいぐらいですの」


「い、今から?」


私は小さく頷きました。


住み込みと衣食住保障・・・それも、この求人へ応募した大きな理由でした。魔大学を卒業してからは安い宿を転々としていました。就職活動が長引けば宿代も食事代も少しずつ減っていきます。


両親に心配をかけたくなくて詳しいことは伝えていません。


けれど手元のお金にはもう、それほど余裕がありませんでした。


「分かった」


ライム様は頷きます。


「部屋はまだ余ってる。今日から使ってくれて構わないぞ」


「ほ、本当ですの?ありがとうございます!」


思わず深く頭を下げました。まだ契約も終わっていないのに住む場所まで与えてくださる。それだけでも胸がいっぱいになりました。


「まず」


ライム様はダンジョンの地図を机へ広げました。


「ミレイアには、一階層から十階層までのダンジョンボスを任せようと思う」


「……え?」


私は顔を上げました。


聞き間違いでしょうか。


今一階層から十階層までのボスと・・・そう聞こえましたわ。


「まだ一階層しかないけどな」


ライム様は頭を掻きます。


「今回の防衛で実は一万魔素を得たんだ。その魔素を使って、ダンジョンを拡張していこうと思ってる」


地図には現在完成している第一階層だけが描かれていました。


水路と小部屋そして来るときに見かけた魔法陣の罠、それ以外はまだ何もありません。


「それで」


ライム様は私を見ます。


「二階層以降の設計を、ぜひミレイアに任せたい」


「私に……ですの?」


「ああ、魔大学で魔工学を学んでたんだろ?罠や設備だけじゃなく、魔力伝導構造や建築も専門だったはずだ」


「それは、そうですが……」


「なら適任じゃないか?」


迷いのない言葉でした。


私は地図へ視線を落とします。


何もない空間にこれから作られるであろう人類を絶望と恐怖に陥れる階層。


そこを私が設計する。魔大学で何度も夢見た仕事でした。完成した設備を点検するだけではなく、誰かの命令どおりに部品を作るだけでもない。


一から自分の知識でダンジョンそのものを作る。


「任せてもいいか?」


再度の問いかけに私は両手を握り締めました。


「望むところですわ!」


思っていたより大きな声が出ました。少し恥ずかしくなりましたがライム様は笑ってくれました。


「頼もしいな」


「必ず、皆様のお役に立てる階層を設計してみせますわ!」


「そこまで気負わなくてもいいぞ」


「いいえ!」


私は首を横に振ります。


「初めて任せていただいた大仕事ですもの!全力を尽くしますわ!」


その瞬間横でエリシア様が勢いよく立ち上がりました。


「私も手伝います!壁ならいくらでも食べられますよ!」


「食べてはいけませんわ」


エリシア様がしょんぼりしました。ライム様は慣れた様子でため息をつきます。


「まずは設計からお願いしよう。食べるのは完成してからにしてくれ。」


「完成したら食べていいんですか!?」


この方々とこれから一緒に働く・・・そう思うと少しだけ可笑しくなりました。


「それから」


ライム様が話を戻します。


「あと通常業務として、魔道人形の作成をお願いしたい」


「魔道人形ですの?」


「ああ」


ライム様は洞窟の外へ目を向けました。


そこでは何匹ものスライムが跳ねています。


「流石にスライムだけのダンジョンだと限界があるからな。今回の侵入者は倒せたが次も同じような相手とは限らないだろ?できれば戦力を増やしてほしいんだ。」


「問題ありませんわ!」


私は即答しました。


魔道人形とは魔石を核に魔力回路と人工骨格を組み合わせて作る殺戮兵器。魔工学科では必修科目の一つでした。


「何か必要なものはあるのか?」


「はい」


私は指を一本立てます。


「安いものでも構いませんが、核となる魔石が必要ですわ」


「魔石か」


ライム様は少し考えました。


「樽売りされてるやつでもいいのか?」


「樽売り?」


思わず聞き返しました。

魔石は品質ごとに分けられます。高品質な魔石ほど充填することで内包できる魔力が多い。


高性能の魔道人形を作るなら当然高品質な魔石が必要になります。


しかし樽売りの魔石とは採掘時に欠けてしまい充填できる魔力が少ないため品質が安定しない安物をまとめた商品です。いわば、採掘時にできたゴミとも言えますわ。


「もちろん構いませんわ」


けれど私は頷きましたわ。


「ただ、安物ですと、それなりの性能にしかなりませんが……」


そう答えながら私の胸は高鳴っていました。


むしろ望むところですわ!私が研究していたのは高品質な魔石を使った高性能設備ではありません。低品質で低出力・・・誰も見向きもしない素材。


それらを知恵と技術で補う研究です。高価な魔石を使えば強い魔道人形ができるのは当然ですわ。安い魔石でどこまで性能を引き上げられるのか・・・


それこそが私の研究でした。


「安物でも、できるだけ性能を引き出してみせますわ」


「頼めるか?」


「はい!」


「樽一つ分をすべて自動人形に使っても構いませんの?」


「必要なら構わない」


「壊してしまう可能性もございますわ!」


「研究に失敗はつきものだろ」


ライム様は当たり前のように答えました。


「原因を確認して、次に活かせばいい」


「……」


言葉を失いました。


「失敗してもいい」そんなことを就職先の責任者から言われる日が来るなんて。


魔大学では失敗は学びだと教えられました。


ですが就職面接では違いました。失敗経験を話せば能力が足りないと判断されました。

慎重に研究していると言えば決断力がないと言われました。


けれどこの方は違います。


失敗したことではなく失敗した後にどうするのかを見てくださる。


「必ず」


私は胸へ手を当てました。


「期待に応えてみせますわ」


「期待しすぎないで待ってるよ」


ライム様は笑いました。


「最初から完璧じゃなくていい」


また胸の奥が熱くなりました。


「それで」


ライム様は一枚の契約書を表示しました。


「肝心の給料についてだが」


私は背筋を伸ばします。


生活のため家族のためにも重要な話です。


「基本給に加えて」


ライム様が条件を読み上げます。


「一階層から十階層の間で、侵入者を撃退した際に得た魔素の三割を、撃破報酬として支給する」


「……三割?」


聞き間違えたのだと思いました。


私は契約書を覗き込みます。


しかし間違いではありません。


確かに三割と書かれています。


「えっと……」


「少ないか?」


「逆ですわ!」


思わず立ち上がりました。


「多すぎますわ!」


ライム様が驚いた顔をします。ダンジョンボスを含めた幹部クラスに撃破時の報酬が支給されること自体は珍しくありません。


しかし多くは数パーセントであり高くても一割程度です。


三割でしかも一階層から十階層までのすべての撃破報酬が対象。


破格という言葉でも足りません。


「基本給が極端に低いわけでもありませんし……」


私は契約書を何度も確認します。


「本当に、この条件でよろしいんですの?」


「ああ」


「しかし、まだ私は何もしておりませんわ・・・自分で言うのもなんですが実戦経験はおろか一度も侵入者を倒したこともございませんわ」


「これから倒せる仕組みを作るんだろ?」


「私の攻撃力はゼロですわ」


ライム様は苦笑します。


「そのうえで、採用したんだ」


「……」


私は何も言えなくなりました。


「ミレイアは未来の幹部候補だからな」


ライム様は続けます。


「設計・ダンジョンの維持・魔道人形の作成それに第一階層から十階層までの防衛をそれだけ任せるんだ!相応の報酬は必要だろ」


”相応”私の仕事にそれだけの価値があるとこの方は本気で考えているのです。


「しっかり働いて」


ライム様は真っ直ぐ私を見ました。


「このダンジョンに貢献してくれ」


「あ……」


声が震えます。


これまで誰も認めてくれませんでした。

魔大学の成績。

卒業研究。

作り上げた設備。

重ねてきた努力。


すべて”最後には攻撃力ゼロ”その一言で切り捨てられました。


けれど今必要とされています。


私の力が、私の知識が、私自身が。


「あ、ありがとうございます!」


私は深く頭を下げました。


「必ず!必ず、このダンジョンのお役に立ってみせますわ!」


「頼むよ。それと、各種手当については、自分で確認と申請ができるか?」


「はい!」


契約書には複数の手当が用意されていました。


設備開発手当。

危険業務手当。

夜間防衛手当。

階層管理手当。

家族扶養手当。


「……家族扶養手当?」


思わずその項目を見つめます。


「家族がいるって言ってただろ?」


「はい」


「条件に当てはまるなら申請してくれ。遠慮はするなよ」


ライム様は少しだけ厳しい声で言いました。


「受け取る権利があるものは、ちゃんと受け取れ。働く側が遠慮する必要はない」


「……はい」


また泣きそうになりました。


「それじゃあ」


ライム様が契約書を私の前へ移動させます。


「内容に問題がなければ、魔力を流してくれ。そしたら契約成立だ」


私は一つずつ契約内容を確認しました。


労働時間。

休日。

報酬。

手当。

住居。

食事。

業務内容。

契約解除の条件。


どこを見ても不自然な部分はありません。隠された不利な条件も小さな文字で書かれた罠もない。


「問題ございませんわ」


私は契約書へ手を置きました。


魔力を流します。


淡い光が広がり契約書の最下部へ私の名前が刻まれました。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


雇用契約成立


雇用主:ライム


被雇用者:ミレイア


役職:階層管理者・魔工技師


担当階層:第一階層から第十階層


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「これで正式に仲間だな」


「はい!」


”仲間”その言葉がとても温かく感じました。


「よろしくお願いします!」


エリシア様が私の手を握ります。


「一緒に世界一を目指しましょう!」


「はい。よろしくお願いいたしますわ」


ぷる吉様も机から私の肩へ飛び乗りました。


ぷるっ。


「ぷる吉様も、よろしくお願いいたします」


ぷるるっ。


ライム様が笑います。


「それじゃあ、部屋を案内するよ」


◇◇◇


案内されたのは面接室から少し離れた小部屋でした。まだ石壁が剥き出しです。


家具も簡素な寝台、机、椅子、小さな棚のそれだけだけど・・・


「ここを使ってくれ」


私は部屋の中へ一歩入りました。


「私の……部屋?」


「ああ・・・狭いか?」


私は首を横に振ります。


「十分ですわ」


自分だけの部屋…宿ではない期限付きの学生寮でもない。仕事をしている限りここに住んでいい。


そう言われた場所。


「生活に必要なものがあれば言ってくれ。できる範囲で用意するし、自分の給料を使うのであれば基本的に好きにしてもらって構わない。」


「このままで十分ですわ」


私は部屋を見渡しました。


本当にこれで十分なのです。


寝る場所があり荷物を置ける。そして雨風を心配しなくていい。明日追い出されるかもしれないと怯えなくていい。


「それじゃあ、荷物を置いたら食事にしよう」


「食事も?」


「衣食住保障だからな」


ライム様は当然のように答えました。


「今日はスライムゼリーだ」


「美味しいですよ!」


エリシア様が笑います。


「私のおすすめです!」


「共食い・・・じゃないんですの?」


「細かいことは気にしません!」


私は思わず笑ってしまいました。


「楽しみにしておりますわ」


「じゃあ、後でな」


ライム様達が部屋を出ていきます。


扉が閉まり、静かになります。


私はしばらく動けませんでした。


採用され、仕事がある。部屋があり、食事がある。


明日もここにいていい。


「……本当に」


小さく呟きます。


「本当に、採用されたんですのね」


私はゆっくりと机へ向かい、鞄の中から便箋を取り出しました。家族へ送るため大切に残していたものです。


ペンを握ります。


けれど何を書けばいいのかすぐには思いつきませんでした。

伝えたいことがあまりにも多すぎたのです。


何度も不採用になったこと。

お金が減っていること。

宿を追い出されそうだったこと。


それらは今まで書けませんでした。


心配をかけたくなかったから。


けれど今日は良い知らせを書けます。


私はゆっくりとペンを動かしました。


――親愛なるパパ、ママへ。


――お元気ですか。


――私は今日、就職先が決まりました。


そこまで書いたところで。


文字が滲みました。


涙が便箋へ落ちそうになりますが慌てて拭います。


――新しく作られたダンジョンです。

――まだ小さな場所ですが、皆様とても優しい方々です。

――私の攻撃力がゼロだと知っても、必要だと言ってくださいました。

――魔工学の知識を活かし、階層設計と魔道人形の作成を任せていただけるそうです。

――住む部屋も用意していただきました。

――食事もいただけます。

――ですから、もう心配しないでください。


また涙が溢れました。


けれど今度は拭いませんでした。嬉しい涙なら少しくらい便箋に残ってもいいような気がしたのです。


――まだ最初のお給料はいただいておりません。

――ですので、仕送りはもう少し待ってください。

――必ず働いて、借金も返します。

――弟と妹にも、私は元気だと伝えてください。


最後に少し迷って一文を書き加えます。


――私にも、居場所ができました。


ペンを置き便箋を封筒へ入れ胸元へ抱き締めました。


「パパ」


「ママ」


「私、頑張りますわ」


部屋の外から楽しそうな声が聞こえます。


「マスター! スライムゼリーが足りません!今すぐ増やして下さい!」


「お前が食べすぎたんだろ!」


「ぷるっ!」


「ぷる吉まで食べたのか!?」


そのようなやり取りを聞きながら手紙を大切に鞄へしまいます。


明日魔ロウワークの配送機能で送ろう。


ここから私の新しい生活が始まる。


初めて誰かに必要とされた場所で、私は……私にしかできない仕事をするのです!

もし少しでも

「続きが気になる!」

「面白かった!」

と思っていただけたら、

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それではまた次回!

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