新たなる支配者
ファンリルの死
その知らせは厄災の洞穴全体を震撼させた。
三百年以上に渡ってダンジョンを率いてきた主であり、数え切れない危機を乗り越えてきた英雄。そんな存在がいなくなったのだ。
葬儀の日。
厄災の洞穴の中央広場には大量の魔物達が集まっていた。
ミノタウロス。
ゴーレム。
リザードマン。
スケルトン。
さらには上層に住む低級の魔物達まで皆が沈痛な面持ちだった。
「信じられねぇ……」
ミノタウロス隊長が呟く。
「あのお方が死ぬなんてよ……」
隣では岩石ゴーレム達も黙り込んでいた。
いつもなら騒がしい広場だが今日だけは違い誰も口を開くことはなかった。
ライムもまた祭壇の前に立っていた。
豪華な棺の中には穏やかな顔で眠るファンリルはまるで今にも目を覚ましそうだった。
「……」
言葉が出ない。
出会ったのは百年ほど前でありまだ幼かったライムを拾い上げてくれたのもファンリルだった。
失敗しても怒鳴らなかった。
成果を出せば褒めてくれた。
誰よりもライムを信じてくれた。
そんな存在だった。
ぷるぅ……
足元ではぷる吉もしょんぼりしていた。
ライムは静かに抱き上げる。
「そうだな・・・寂しいよな」
ぷるぅ……
その小さな体はぷるぷると震えていた。
やがて葬儀が終わり棺が最下層へ運ばれていく。
魔物達は一斉に頭を下げた。
そして厄災の洞穴の新たな歴史が始まる。
「これより新ダンジョンマスター就任式を行う!」
司会役のスケルトンが声を張り上げた。
ざわめきが広がるがまたすぐに静かさが場を支配する。
やがて壇上へ一人の魔族が歩み出る。
長い黒髪に鋭い瞳、そして見るからに高価な礼服に身を包んでいる。
ファンリルの息子”ルルーガ・アムステル”だった。
まだ50歳にも満たない若い魔族で少し自信家ではある。だが根は真面目だ。きっと偉大なダンジョンマスターである父の跡を継いでくれる。
そう思っていた。
ルルーガは祭壇の前に立ち、そして深く頭を下げた。
「まずは父上のために集まってくれた皆に感謝する」
会場が静まり返る。
「父上は偉大だった。私もそう思う。だが――」
そこで言葉を切る。
そして真っ直ぐ前を見た。
「父上の時代は終わった」
ざわり。
空気が揺れた。
ライムも思わず顔を上げる。
ルルーガは続けた。
「厄災の洞穴は変わらなければならない。我々はこれまで冒険者を殺し続けてきたがそれだけでは限界だ。三十あるS級ダンジョンの中で我々は所詮中堅に過ぎない」
その言葉は事実だった。
会場がざわめく。
「だから私は変える!人類との共存を目指すのだ!観光施設を作り、温泉街を作る。さらに資源を採取することだけが目的の者のために安全な探索ルートも整備する!商業都市ベルディアとも提携する予定だ」
再びざわめきが起こる。
しかし次第に歓声へ変わっていく。
「おおっ!」
「面白そうじゃねぇか!」
「観光だって!?」
魔物達も盛り上がり始める。
ライムも少し驚いていた。
だが悪い案ではない。むしろ面白いのではないか?もし実現できるのであれば素晴らしい案だと思う。
(まあ・・・理想としてはな……)
そう思った時、ルルーガがこちらを見ながら笑みを浮かべる。
「そして改革にはたくさんの資金が必要だ!まずはコスト削減から始める」
ライムの胸に嫌な予感が走る。
ルルーガは続けた。
「不要な部署・利益を生まない部門・時代遅れの施設。そういったものは整理しこのダンジョンから除去しなければならない」
ざわつく会場に合わせてルルーガの視線が遠くに向いた。
その先にあるのは――広大なスライム牧場だった。
「例えば……ああいう場所だな」
ライムの表情が固まる。
「え?」
その言葉が後に厄災の洞穴を揺るがす大事件の始まりになることをこの時のライムはまだ知らなかった。
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