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最弱の魔物

「見るだけだからな」


俺は、もう一度そう呟いた。


誰に言い訳をしているのかは分からない。


母さんか、それとも自分自身か。


木剣を握り締め、ゆっくりと洞窟の中へ足を踏み入れる。


先ほどのスライムは、少し先で俺を待っていた。


「お前、本当についてきてほしいのか?」


ぷるん。


答えるように身体を揺らすと、スライムは再び奥へ進んでいった。


俺も、その後を追う。


一歩。


二歩。


洞窟の奥へ進んでいく。


「……水?」


足元を見ると洞窟の床には、薄く水が張っていた。


深さは指一本分もなく歩くたびに小さな波紋が広がり、淡い光が揺れている。


「綺麗だな……」


水そのものが、薄く輝いているように見えた。


俺はしゃがみ込み、触ろうとして。


やめた


「知らない水を飲むなって言われてるからな」


村の猟師から何度も聞かされている。


森や洞窟には、毒を含んだ水もあるらしい。


綺麗だからといって安全とは限らない。


少しだけ残念に思いながら立ち上がると、先を進んでいたスライムが曲がり角の向こうへ消えた。


「待てよ」


俺は慌てて追いかける。


洞窟は思っていたよりも広かった。


天井も高く壁は不自然なほど滑らかで、床にも大きな石は落ちていない。


自然にできた洞窟とは、少し違う気がする。


けれど俺には、それ以上のことは分からなかった。


しばらく進むと、小さな部屋が現れた。


「……」


足を止めると先ほどまでとは違い、左右に壁が広がっている。


奥は暗くて見えないが俺は木剣を両手で構えた。


「誰かいるのか?」


返事はない。


一歩ずつ進む。


足元の水が揺れる。


ぴちゃん。

ぴちゃん。


自分の足音だけが響いていた。


そして部屋の中央まで来た時だった。


ぷるん。


「うわっ!」


思わず木剣を構える。


暗がりから現れたのは、スライムだった。


全部で四匹。


「……なんだよ…驚かせるなよ」


スライムとは危険な魔物ではない。


それでも俺は木剣を握り直した。


「いや」


これはもしかしたら初めての実戦かもしれない。


騎士を目指す俺の最初の戦い・・・


「よし」


深く息を吸うとスライムの一匹が跳ねた。


ぷるん。


俺に向かってくる。


「はあっ!」


木剣を振り抜いた。


ばしゃっ!


スライムの身体が弾け飛ぶ。


青い身体が水の中を転がり、そのまま動かなくなった。


「……倒した?」


自分の手を見ると木剣を握る手が震えていた。


「俺が……」


自分の力で初めて魔物を倒した。


胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。


「俺にもできるんだ」


今まで毎朝、木剣を振ってきた。


誰かに教えてもらったわけじゃない。


意味があるのかも分からなかった。


それでも。


「ちゃんと、強くなってたんだ」


嬉しかった。


少しだけ騎士に近づけたような気がした。


「よし!」


残りは三匹。


俺は木剣を構える。


「来い!」


スライムが跳ねる。


横へ避ける。


「はっ!」


木剣を振る。


二匹目が弾け飛んだ。


続けて三匹目。


四匹目。


すべて倒した。


「やった……」


俺は荒い息を吐く。


「やったぞ!」


誰もいないのに叫んだ。


初めての勝利・・・初めての実戦・・・母さんに話したら怒られるだろう。


父さんにも怒られる。


それでもきっと最後には褒めてくれる。


そんなことを考えたその時だった。


どんっ!


「ぐっ!?」


背中に衝撃が走った。


身体が前へ投げ出される。


「な、なんだ!?」


水の上を転がり、慌てて立ち上がる。


振り返った。


「……え?」


スライムがいた。


一匹。


俺を攻撃したスライムが、その場で身体を揺らしている。


「なんで……?」


見覚えがあった。


さっき俺が最初に倒したスライムだ。


間違いない。


「倒したはずだろ……?」


その後ろで水が動いた。


弾け飛んでいた青い身体が集まっていく。


ぷる。


二匹目が起き上がった。


「は?」


三匹目。


四匹目。


すべてのスライムが。


何事もなかったように動き始めた。


「なんでだよ……」


俺には知るはずもなかった。


足元を流れている水。


それがただの水ではないことを。


高濃度の魔力を含んだ魔力水・・・本来ならば時間をかけて傷を治すスライム達は、その魔力水を常に身体へ取り込み続けている。


傷つけられても潰されても魔力水さえあれば、すぐに身体を再生する。


そんなことを俺は知らなかった。


「くそっ!」


スライムが跳んだ。


「はあっ!」


木剣を振る。


一匹を弾き飛ばす。


「今のうちに!」


部屋を出ようと振り返る。


しかし。


「……っ!」


入口に。


先ほど俺を案内したスライムがいた。


その横にも二匹とさらに増えている。


「嘘だろ……」


入口を塞がれていた。


前にはスライム。


後ろにもスライム。


どうする

考えろ


俺は冒険者になるんだ。


こんなところで慌てるな。


「……奥だ」


部屋の奥にはまだ道が続いている。


「こっちだ!」


俺は走ってスライム達の間を抜ける。


背後から水音が聞こえた。


ぴちゃん。

ぴちゃん。

ぴちゃん。


追ってきている。


「くそっ!」


走る。


ただ走る。


曲がり角を抜けると、また小部屋があった。


その中にもスライム。


「邪魔だ!」


木剣を振る。


ばしゃっ!


一匹を吹き飛ばす。


後ろを見ると。


「もう!?」


今倒したスライムが起き上がっていた。


「なんなんだよ、こいつら!」


一撃で倒せるほど弱い。


なのに何度倒しても起き上がってくる。


倒しても。

倒しても。

倒しても。


すぐに追ってくる。


「はあっ!」


ばしゃっ!


「くそ!」


ばしゃっ!


「来るな!」


ばしゃっ!


倒す。


走る。


気がつけば俺は、自分がどこにいるのか分からなくなっていた。


「はっ……はっ……!」


息が苦しい

腕が痛い

もう何匹倒したのかも分からない。


十匹か二十匹かそれ以上か。


それなのに後ろから。


ぴちゃん。

ぴちゃん。

ぴちゃん。


水音が聞こえる。


「なんなんだよ……」


最弱の魔物とそう聞いていた。


確かに弱いし一撃で倒せる。


だけど。


「こんなの……どうやって勝つんだよ……!」


倒しても死なない。


何度でも起き上がる。


戦っても意味がない。


逃げるしかない。


俺は再び走り出した。


やがて。


「……広い」


今までとは違う部屋に出た。


少しだけ広い。


十人以上が入れそうな部屋だった。


そして。


「なんだ、これ?」


床を見る。


そこには巨大な魔法陣が描かれていた。


部屋の床いっぱいに広がるほどの魔法陣。


俺でも分かる。


魔法を発動するためのものだ。


「……」


思わず身構えるが何も起こらない。


「なんだよ」


少しだけ安心した。


俺は魔法を使えないけれど知識くらいはある。


村へ来た魔法使いが話していた。


魔法陣とはあくまで魔法の発動を補助するためのものであり術者がいなければ、ただの絵と変わらない。


「驚かせるなよ……」


肩から力が抜けた。


「こんなところに魔法使いなんて――」


その瞬間、魔法陣が光った。


「え?」


部屋いっぱいに白い光が広がる。


「なんで――」


次の瞬間轟音が響いた。


◇◇◇


俺は騎士になりたかった。


母さんが聞かせてくれた詩のような。


誰かを守れる。


そんな騎士に。


なりたかった。


だけど。


最後まで。


俺には。


何が起こったのか。


分からなかった。

もし少しでも

「続きが気になる!」

「面白かった!」

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それではまた次回!

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