少年の夢
騎士とは、剣を持つ者ではない。
弱き者の前に立ち恐怖に震えながらも、一歩を踏み出す者。
たとえその名が歴史に残らずとも。
守った命があるのなら。
その者こそが、真の騎士である。
――母さんが、よく聞かせてくれた詩だ。
俺がまだ小さかった頃。
夜になると、母さんはいつも枕元に座って、その詩を聞かせてくれた。
だから俺は騎士になりたい。
「九十七!」
「九十八!」
「九十九!」
「ひゃくっ!」
最後の一振りを終えて、俺はその場に倒れ込んだ。
「つっかれたぁ……」
朝日が眩しい。
まだ村の大人達も起き始めたばかりの時間だ。けれど、俺は毎朝こうして木剣を振っている。
雨の日以外は欠かしたことがない。
「……まあ」
仰向けになったまま、自分の腕を見る。
「全然、強くなった気はしないけど」
剣を教えてくれる先生はいない。
俺がやっているのは、村にたまに立ち寄る騎士や冒険者を見て、真似しているだけだ。
構えが正しいのかも分からない。
それでもやらないよりはマシだと思っている。
「テポー!」
村の方から声がした。
顔を上げる。
幼馴染の少年レオが、こちらへ走ってきていた。
「またやってたのか?毎日よく飽きないな」
「ああ!俺は騎士になるからな」
俺が答えると、幼馴染は呆れたように笑った。
「まだ言ってるのかよ」
幼馴染は俺の隣に座った。
「悪くはないけど…そんなの無理だろ」
あっさりと言われた。
「……なんでだよ」
「なんでって」
幼馴染は村の向こうを見る。
遠い山の上には、小さな城が見える。
この辺りを治める領主の城だ。
「俺達、開拓民だぞ?」
分かっている。そんなこと言われなくても。
俺達が住んでいるのは、セリゴア公国の端にある小さな開拓村だ。
この国では、生まれた時から人生が決まっている。
貴族の子供は貴族。
騎士の子供は騎士。
農民の子供は農民。
俺の父さんは農民だ。
だから俺も農民になる。それが、この国では当たり前だった。
「騎士になるには、貴族様の推薦がいるんだろ?だったら無理じゃん」
「ああ・・・この国ではな」
俺は起き上がった。
幼馴染が首を傾げる。
「この国では?」
「俺はパレミルに行くんだ!」
「ああ……」
幼馴染が納得したような声を出した。
中立学術都市パレミル。
世界中から身分を問わずに学生や研究者が集まる巨大な街。
そこには冒険者育成学院という場所があるらしい。
剣術
斥候術
盾術
冒険者になるために必要な技術を学べる学校だ。
そして・・・
「パレミルなら、平民でも関係ない」
俺は木剣を握った。
「試験に受かれば学院に入れる」
「受かれば、だろ?」
「うるさいな」
「お前、勉強できないじゃん」
「剣で受かる!」
「剣も誰にも習ってないじゃん」
「……」
痛いところを突かれた。
「うるさい!」
「ははは!」
幼馴染が笑いながら逃げた。
「待て!」
俺も木剣を持って追いかける。
「騎士様が怒ったぞ!」
「絶対ぶん殴る!」
「弱き者を守るんじゃなかったのかよ!」
「お前は弱くないからいいんだ!」
「なんだそれ~!」
二人で村の中を走り回る。
途中で母さんに見つかって二人とも怒られた。
◇◇◇
昼を過ぎた頃。
俺は一人で村の外に出ていた。
朝の鍛錬だけでは足りない。
だから、時間がある日は村の近くにある森を走ることにしている。
体力作り。
足腰の鍛錬。
それから少しだけ冒険者気分を味わうためだ。
「はっ、はっ、はっ……!」
森の中を走る。
木の根を飛び越え。
低い枝を避ける。
この辺りには強い魔物はほとんどいない。
たまに角兎が出るくらいだ。
それでも、村から離れすぎないように言われている。
特に最近は母さんがうるさい。
パレミルから来た魔法使いが、村の大人達に何かを聞いて回っていたからだ。
大きな音を聞かなかったか、見たことのない魔物を見なかったか、変わった場所はなかったか。
村長は何もないと答えていた。
実際俺も何も見ていない。
「パレミルの魔法使いかぁ……」
格好よかった。
長い杖を持って綺麗なローブを着て胸には、学院の紋章らしきものがあった。
「俺もいつか……」
その時だった。
「あれ?」
足を止めると
いつもの道。
いつもの森。
毎日のように走っている場所だが・・・
だからこそすぐに気付いた。
「こんなの、あったか?」
木々の向こうの岩山の麓に大きな穴が開いていた。
「……洞窟・・・か?」
近づくが見間違いではない。
確かに洞窟がある。
入口の周りには、まだ新しい土が積まれていた。
地面には人間のものではない小さな足跡がいくつもある。
「魔物……?」
背中に冷たいものが走った。
母さんの言葉を思い出す。
知らない場所には近づくな。
魔物を見つけたら逃げろ。
すぐに大人を呼べ。
分かっている。
俺はまだ子供だ。
木剣しか持っていないし、そもそも本格的に戦ったこともない。
だから村に戻るべきだ。
「……」
洞窟を見る。
暗い。
奥は見えない。
怖い。
けれど同時に胸が高鳴っていた。
冒険者ならどうするだろう。
騎士ならどうするだろう。
「見るだけだ」
俺は自分に言い聞かせた。
「入口から、ちょっと見るだけ」
木剣を握る。
一歩。
洞窟へ近づく。
そして入口の前まで来た時だった。
ぴょん。
「……え?」
青い何かが洞窟の奥から跳ねてきた。
丸く小さいぷるぷるしているナニカ。
村の近くにも、たまに現れる。
最弱の魔物”スライム”
「なんだ」
身体から力が抜けた。
「スライムかよ」
そのスライムは俺の前で止まった。
ぷる。
「……」
ぷる。
俺を見ても逃げないし襲ってもこない。
「なんだ、お前」
しゃがみ込む。
「この洞窟に住んでるのか?」
ぷる。
スライムが跳ねた。
そして洞窟の奥へ戻っていく。
途中で止まりこちらを見る。
「……ついてこいってことか?」
ぷる。
もう一度跳ねた。
俺は洞窟の暗闇を見た。
母さんの言葉が頭をよぎる。
知らない場所には入るな。
危険なことはするな。
すぐに村へ戻れ。
「……見るだけだからな」
俺は木剣を握り直した。
俺はまだ知らなかった。
この小さな洞窟との出会いが俺の人生を大きく変えることになるなんて。
この時の俺はまだ、何も知らなかった。
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