未来
「許せません!」
エリシアの怒声が洞窟に響いた。
「これは明らかな不正です!」
ぷるう?
「そうですよ!明らかに私たちのじゃまをしようとしています!だれかが!」
エリシアはダンジョンコアの前で拳を握り締めた。
「魔裁判所に訴えてやりましょう!見る目のない魔人どもを根絶やしにするのです!」
「いや、何の罪で訴えるんだよ」
ライムは頭を掻いた。
しかしその表情は真剣だった。
何度見ても応募者はゼロで問い合わせすら一件もない。
「おかしいな……」
ライムは昨日作った求魔人票を見直した。
「衣食住がついているのに……」
「ですよね!」
「やっぱり今時の子って、スライムを食べるの苦手なのかな?」
ライムは腕を組む。
厄災の洞穴では、ほとんどの魔物がスライムを食べていた。
それが当たり前だった。しかし、時代は変わったのかもしれない。
「最近の若い魔物の好みも勉強しないと駄目だな」
「マスターは悪くありません!」
エリシアは力強く断言した。
「マスターの素晴らしさが分からない世間が悪いのです!」
「そうかな?」
「じゃあ、やっぱり魔裁判所に訴えますか!」
その横ではぷる吉が何やら動いていた。
ぷる。
カタカタ。
ぷるぷる。
カタカタカタ。
小さな身体を器用に動かし、ダンジョンコアを操作している。
「ぷる吉?」
ぷるっ!
呼ばれたぷる吉が身体を震わせた。
そして何事もなかったかのようにコアから離れる。
「何してたんだ?」
ぷるぅ。
「腹減ったのか?」
ぷるっ!
「仕方ないな」
ライムが魔力水を入れた器を置く。
ぷる吉は喜んで飛びついた。
ごくごくごく。
「さて」
ライムは立ち上がった。
「応募者が来ないなら仕方ない」
「どうするんですか?」
「自分達でできることを進める」
ライムは洞窟の奥を見る。
水場が一つとスライムが数十匹、そしてダンジョンコア。
現在の戦力は、それだけだった。
「まずはこの洞窟をダンジョンらしくしないとな」
「はい!」
エリシアが元気よく手を挙げる。
「私、何でもやります!」
そんな二人の会話を聞きながらぷる吉は水を飲んでいた。
ぷるぷる。
どこか満足そうに揺れながら。
◇◇◇
同じ頃。
人類圏最大の学術都市であり、どの国家にも属さない中立学術都市パレミル
その中心には、天を突くほどの塔が存在していた。
大賢塔パルテノア。
魔法。
錬金術。
魔導工学。
魔物学。
世界中から集まった研究者達が日夜研究を続ける、パレミルの象徴である。
その最上階では、一人の老人が窓の外を見ていた。
腰まで届くほどの長い白髭をたくわえ、その顔には深い皺が刻まれている。その痩せ細った身体を一見すれば、どこにでもいる老人にしか見えない。
だがその眼の鋭さはどこか畏怖を感じさせる威圧感があった。
コンコン。
扉が叩かれると老人は窓の外を見たまま口を開いた。
「入れ」
重苦しい声だった。
「失礼します」
扉が開くと一人の青年が入ってきた。
黒色の魔術師の外套を身につけ、その手には大量の資料が抱えられている。
「報告します」
「うむ」
「例の巨大な魔力反応を検知した件ですが……」
青年は資料を開く。
「やはり都市内に怪しい箇所はありませんでした」
老人の眉が僅かに動いた。
「そうか」
青年は頷く。
「地下水路、研究区画、旧市街、学生街。それに都市外縁部まで調査しました。ですが、特に異常はありません」
資料を一枚めくる。
「…ましてやダンジョンなんて……影も形も」
「……そうか」
老人は短く答えた。
しかし窓の外を見る目は先ほどより険しくなっていた。
青年は小さく息を吐く。
「あの…もう十分ではありませんか?」
老人が振り返る。
「どういう意味だ」
「警戒態勢の件です」
青年は言った。
「ここ数日、警備隊だけでなく教員や研究者まで調査に駆り出されています・・・このままでは授業や研究にも影響が出ますよ?」
「……」
「それに」
青年は窓の外を見る。
そこには巨大な街が広がっていた。
いくつもの学院。
研究施設。
図書館。
そして道を歩く大勢の学生達。
「ここは人類の誇る中立学術都市パレミルですよ?いかに邪悪な魔神といえど、ここに新たなダンジョンを作るなんて……そんな馬鹿げたことをするでしょうか?」
老人は答えない。その様子を見た青年は続ける。
「対長距離儀式魔法の魔力検知器の検知率は九十六パーセント。確かに高水準です。しかし、百パーセントではありません」
青年は資料を閉じた。
「何かの間違いだった可能性もあります」
「もちろんその可能性はある」
老人はあっさりと検知器の非確実性を認め、青年の表情が明るくなる。
「では!」
「だが、警戒は続ける。間違いならばそれでいい」
老人は再び窓の外へ目を向けた。
広場では若い魔法使い達が笑っていた。
本を抱えて走る者や友人と話す者、魔法の練習に打ち込む者もいる。
老人はその姿を静かに見つめる。
「子どもは人類の希望だ」
青年は黙る。
「未来そのものだ」
老人の声には迷いがなかった。
「それを守ることに、やりすぎということはない」
「……」
「調査範囲を都市外へ広げろ。私も開拓村にも人を送るように隣国に書状を書く。魔力反応が本物だった場合、必ず何かがある」
青年は頭を掻いた。
「はあ……」
そして諦めたように笑った。
「分かりましたよ・・・あなたの勘はよく当たりますしね・・・リリー・パルテノア学長」
リリー・パルテノアは答えない。
青年は苦笑すると、そのまま部屋を出ていった。
静寂が戻る。
リリーは窓の外を見る。
その視線は遥か遠くに広がる山々よりも先を見据えている。
「……魔神アスタロト・・・貴様、何を考えている?」
当然答えは返ってこない。
ただ遥か遠くの小さな洞窟では。
「マスター! この岩食べてもいいですか!」
「駄目に決まってるだろ!洞窟が崩れたらどうするんだ!?」
「ぷるっ!」
人類の未来を守ろうとする老人の心配をよそに世界一を目指す新米ダンジョンマスター達が今日も元気にダンジョンを作っていた。
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それではまた次回!




