第8話 アウローラ
まるで異世界であった。
人間の形をした獣、機械を嵌め込んだ人間、そして派手な服装を着た人々。質素な村にいた頃は、全く想像すらしていなかった空間だ。
「いらっしゃーい!新しいモン仕入れてますぜー!」
「それ一本くれ!」
まだ城壁に近いが、すでに喧騒と人々の熱気が溢れている。店が並んでいるが、そこには村では見たことがないものがたくさん売られていた。
(王都ってこんなスゲェ場所なのか…)
「皆さん、そろそろ着きますよお」
御者がそう告げた。終点まであと少しのようだ。
*
「じゃあ、レン、リリア。またね」
終点に着き、馬車を降りるとカリナはそう言って、どこかへ歩いて行った。
(うーん、で、こっからどうすっか…)
「レンさん、『アウローラ』に今まで来たことはありますか?」
隣からリリアが聞いてきた。
「いや、無いよ。初めてここ…アウローラに来た」
「じゃあ、私が案内できますよ!行ってみたい場所はありますか?」
行ってみたい場所、というよりも今は銀貨が欲しい。もし『貰ってみたいもの』を聞かれていたのなら、「金」と答えるだろう。
「えっとー……着いてすぐで悪いんだけどよ…。たのむ、金貸してくれ!!」
恥をかなぐり捨て、堂々とせびる。果たして、本当にこんな人間に金を貸してくれるのだろうか。
「ふふ、いいですよ!ちゃんと返してくださいね、レンさん」
なんと優しいお方だ…もしや彼女が神なのでは?
(神様…女神様…)
「一旦、うちに来てみませんか?そこで銀貨を貸しますよ」
「わかった。お前についていく」
ということで、リリアの家まで一緒に行く事になった。家は何をやってるか聞いてみたところ、魔法薬の売店を営んでいて、お金はいっぱいあるらしい。
「ところで、レンさんっておいくつですか?」
「15だ」
「えっ!?15歳!?」
リリアが驚いた顔でこちらを見つめる。なぜだか、心にヒビが入った気がした。
「筋肉ムキムキで背が高いから、もっと年上かと思ってました!私は、16歳ですよ。…あれ?私の方が年上か…。じゃあタメ口でいいじゃん!」
(老けて見えてたのか…)
「もー、レン君大人かと思ってかしこまっちゃったよー」
リリアはとても礼儀正しい女神様なのだろう。
「ま、これからよろしくねレン君。あたしが先輩として色々アウローラについて教えてあげるから。どうせ冒険者志望でしょ?実はあたし、もう辞めたけど『銀級』の冒険者だったんだよね。金貸した後、一緒に冒険者ギルドにいこっか。で、あなたは初めてアウローラに来たんだから、まずアウローラの歴史を知った方がいいよね。ソラリアの建国は808年前で、初代国王がソラリアの勇者にのみ与えられるスキル【太陽の魔力】でその地に蔓延る魔獣たちを薙ぎ倒し、闇を支配する魔王を倒してアウローラを建設したって伝説があるのよ。で、2代目国王は………」
(ずっと話してるな…やばい、耳から反対側の耳に流れてる…早口すぎて何言ってるかわからん)
そんな感じで、彼女の家まで二人でトコトコと歩いていった。
*
「着いた!ここがあたしの家だよ!」
確かに、家だ。
だが、普通の家ではなく、とても豪華な家である。巨大な屋敷に、庭に、重そうな敷地の門。
「うお…でっか」
近づくと、中からお手伝いさんらしき人間が門を開いてくれた。
「さ、入って」
リリアに言われるがまま、敷地に足を踏み入れる。
「家デカくね?魔法薬ってそんな高く売れるのか?」
「そうだよ。魔法薬は、錬金術をどれだけマスターしてるかによって効果が結構違うの。あたしのお父さんは、錬金術を【スキル】に加えて、【職業】として持っているから、他の錬金術師よりも作成する魔法薬のクオリティが高いのよ」
「へぇ〜…」
「まあ、あたしの家は土地もたくさん持ってるし、魔法薬以外にも色々な事業をしてるのもあるから、他の錬金術師よりは結構稼いでるんだよね」
リリアの話を聞いていると、気になることが思い浮かんだ。
錬金術の腕の差で、作られる魔法薬のクオリティが違う。腕の良さは、調合する材料と魔力の配分をどう調整できるか、そして、【スキル】と【職業】による天職パワーで決まる。
ならば、魔力を濃縮するだけの魔導薬はどうなるのだろうか。
魔力を極度に詰め込み、効率の良い燃料として利用するというのは、魔法薬とは根本的に違う物だ。
「なあ、お前ん家って、魔導薬も作ってるのか?」
「魔導薬?少しだけだけど、もちろん作ってるよ。あ、そうそう、あれも錬金術を使って作成するのよ。魔法薬と同じで、術師の腕の良さでどれだけ濃縮出来てるかが決まるわ。国家資格を取得するのが、必須らしいけどね」
「てことは、お前ん家が売ってる魔導薬は結構ギュッと詰まってるってことか」
そう言うと、リリアが苦笑いした。
「いや…魔導薬はそんなに作ってないよ。あれは売れる相手が限られてるの…それに、魔法薬と違ってあたしのお父さんより良いの作ってる人は普通にいる…魔導薬を作成してる人は、研究者に多いよ。国家機関とかが主に魔導薬を作成してるね」
村で飲み干してしまった魔導薬には、『ルーン 魔導薬』と書かれたラベルが貼られていた。
それについても、たずねてみた。
「なあ、『ルーン 魔導薬』って知ってるか?』
「その『ルーン』っていうのは、魔法陣に使う魔法文字のことだから、なんかの転送陣とか防衛結界に使う魔導薬なんじゃないかな?」
「ふぅん…」
(まあ、確かにあのとき研究員は巨大転送陣に使う魔導薬と言っていたな…別に珍しいもんじゃないのか…)
*
屋敷の中、リリアの部屋らしき場所にお邪魔させてもらった。屋敷の大きさの割に小さく、この部屋だけを見れば、大金持ちとは到底思えないだろう。
さて、これからお金を貸してもらうことになるが、どれぐらい貸してくれるかはまだわからない。
少なくとも生活できるぐらいは貸して欲しいと思いながら、リリアが屋敷のどこかから銀貨箱を取ってくるのを待つ。
(…頼む…ちゃんと返すからよ…)
ガチャ。
部屋のドアが開き、彼女が入ってきた。
手には小箱を抱えており、それが銀貨箱だと一目で分かった。
「じゃ、この箱ごと渡すね。あ…持ちにくいかな…。なんか袋とか要る?」
「ああ、頼む」
「オッケー」
彼女は部屋にいくつか置いてあった布袋に銀貨をジャラジャラと流し込み始める。
こんなに俺に尽くしてくれる理由が気になった。さっき出会ったばかりでこんな厚意を受けられるのは、変だろう。
「なあ、なんでそんな俺に優しくしてくれてるんだ?さっき出会ったばっかだぞ。いや、俺はめっちゃ感謝してるけどな」
そう言うと、彼女は顔をニッコリさせて、こちらを振り返った。
「じゃあ、レン君はなんで会ったばかりのあたしのために、あのオークから逃げずに、必死に助けようとしたの?」
確かに、と思った。まあ、人が死ぬのはみたくないだろう。
「それもそうか。別にあんときはなんも考えてなかったけどな」
幾つかの袋を抱えながら近づいてきた。どうやら、銀貨を詰め終わったようだ。
「じゃ、これ全部貸すから。冒険者活動に必要な分は余裕でカバーしてあると思う。依頼を達成するなりして、返してね。あ、利子はないから、安心してね」
「わかった。絶対返す」
「じゃ、冒険者ギルドにいこっか!」
「よっしゃ、行こう!」
屋敷を出て、冒険者ギルドまで向かうリリアについていく。
*
冒険者ギルドの周りはものすごい人盛りであった。
冒険者向けの施設や、売り物が沢山並んでおり、冒険者というものが、今、どれほどアツい存在かを再確認した。
しかし、人が多すぎる。
道は広いはずだが、まるで祭りがあるかのように人がギュウギュウに詰まっているせいで、冒険者ギルドまで辿り着くのは至難の業であった。
特に、魔導機械を体に付けている人は要注意だ。間を通り抜けようと無理やり入り込んだら、彼らに押し込まれて骨がゴリゴリと逝くだろう。
幸いにも、リリアが俺の腕を掴んで引っ張ってくれたから、なんとか無傷で冒険者ギルドまで辿り着くことができた。
ギルドに入り、受付の前に立つ。
「どうも。俺はレンっていう」
「じゃ、ステータスボードを出して受付の方に見せてあげて」
「……」
「レンさん、どうかしましたか?」
受付が尋ねてくるが、ステータスボードを見せるのは無理だ。
「あー…ステータスボードを見せずに登録することってできないのか?」
「できますが、その場合はギルドによって行われる試験で実力を証明する必要があります。手間がかかりますが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、大丈夫だ!それでいこう」
「試験は明日の昼に、他の方と同時に行われます。その時にお越しください」
「分かった。ありがとう」
受付から離れ、ギルドの壁にリリアと2人で寄りかかった。座る場所がないため、そうするしかない。
「なんとかなって、よかったね」
「ステータスは隠すのが俺のやり方なんだよ。ほら…プライバシーがね、守らないと」
「イヒヒ!レン君って意外と恥ずかしがり屋なんだね!」
「ま、まあ、まあさ、明日には冒険者なれるんだし、見せなくても変わらないし。別に恥ずかしいわけではなかったっていうかね」
こんな苦し紛れにしか聞こえない弁明をニヤニヤと聞きながら、リリアがこれからのプランを伝えてくれた。
「とりあえず家に戻ろ。今日はうちに泊まって良いよ。冒険者ライセンスを貰えたら、冒険者ギルドが運営してる宿に安い値段で泊まれるから、明日からそっちに行ってね」
「わかった。じゃあ今日はもう戻ろうか———」
そう言いかけた時。
「おい!『黄金星』が来たぞ!」
ギルドの外からそう叫ぶ声が聞こえた。どうやら、すごい人が入ってくるようだ。
だが、入ってきた人物を見た時、思わず飛び跳ねそうになった。
ドアを開きながら入ってきたのは、なんとギルバート一行。
彼は大きな袋を持ちながら、受付へ向かう。
「今日もお仕事お疲れ様です。私たちはパーティ『黄金の翼』。2級依頼の、ワイバーン討伐を成功させました。こちらが討伐の証です」
袋を高く持ち上げながら受付にそう伝えるギルバートを見た冒険者たちが、騒ぎ始める。
「さすが黄金星!もうワイバーンを討伐したのか!」
「これは…ソラリアの新しい伝説が始まるぞ!」
「うおおおおお!」
ギルド内が一斉に熱い空気に包まれた。
「…騒がしくなってきたし、もう行こう」
悔しいが、ギルバートの奴が強いのは事実だ。ただ上級スキルを振り回すだけでは、あそこまで名を上げることはできない。奴の実力が、高いレベルにあるのだ。




