第7話 凱旋
後ろを見返すと、あの仮面の男がそこにいた。
その手には、どこからか召喚されたらしい一振りの刀が握られている。
視線を落とせば、さっきまで俺たちを絶望の淵に追いやっていた変異オークが、左右に綺麗に真っ二つになって転がっていた。
(あの化け物を、一撃で………何者なんだ、こいつ…)
今までに見たことのない強者である。どのようなスキルを持っているのだろうか。
へし折れた短剣を握り締めたまま、短剣女が男に歩み寄った。
「……助かったわ、ありがとう。あんた、一体何者なの?」
だが、男は一言も発しない。召喚した刀を霧のように消滅させると、そのまま無言で馬車へと戻り、何事もなかったかのように元の席へ腰掛けた。
「…おい、行っちまったぞ」
「しょうが無いわね。私たちも早く戻りましょう」
御者が見えないと思ったら、馬車の中で丸くなっていた。
「ヒ、ヒエェ……なんとかなって良かったですよぉ……!」
彼はガタガタと震えながら、安堵の声を漏らす。
車内が落ち着いたところで、一緒に戦った二人に視線を向けた。
「なぁ。さっきは共闘してくれたのに、名前も聞いてなかったな。俺はレンだ」
「私はカリナ。こっちの魔術師ちゃんは?」
「あ、私はリリアと申します」
短剣女が、カリナ。水魔法の魔術師はリリア。ようやく彼女らの名前が知れた。
「いやぁ、本当に倒せて良かったわ」
カリナが座席に深く背を預け、ふぅと息を吐き出す。
「リリア、ピンチの時に水魔法でクッション作ってくれてありがとね。……それと、レン」
「ん?」
「あんたのあの魔法、見たことないスキルだったわね。あれって光魔法の類?」
鋭い視線が俺の顔に刺さる。
(なんて答えよう…)
自身の固有スキル【適合者】の存在を他人に明かすつもりはない。
(…レンという名前を聞いたことがないみたいだから、こいつらは村の人間じゃないな。…なら嘘をついても大丈夫だな)
女二人に舐められちゃ嫌だ。今は少しばかり見栄を張らせてもらおう。
「ま、まあな。俺は『光魔導士』だ」
「うそ、光魔導士って上級スキルじゃない!すごっ、あんたそんないいモン持ってたのね!」
カリナが目を丸くして感心した声を上げる。隣でリリアも何度も深く頷いた。
「はい!レンさんの光魔法、本当に凄かったです!」
(ふぅ、なんとか誤魔化せたぜ……)
内心で冷や汗を拭う。
現在の魔力残量は、たったの80だ。
上級スキルだとおだてられても、次の一発を撃てば確実にガス欠で戦闘不能になる。
特訓ができるような状況でも無いため、王都に着くまでは何もせずに過ごすことにした。
お願いだから、もう何もないまま王都に着いてくれと祈るしかなかった。
それと同時に、もう一つの現実的な問題が頭をもたげる。
(王都に着いた後、どうすっかな……)
実家で母親から貰った銀貨はあるが、王都での生活費を考えれば焼け石に水だ。
(御者のやつ、助けてやったんだから払った銀貨返せよ…)
とも思ったが、あんなガメツイ人間がそんなことしてくれるとは思えない。
「はぁ……金がねえんだわ……」
思わず小さく愚痴が漏れてしまう。
すると、隣のリリアがオドオドとしながら俺の顔を覗き込んできた。
「あの……レンさん。お財布が厳しいようでしたら、私、金なら少し貸せますよ?」
「え、マジで?助かる!」
まさかの救い手に、俺は素直に感謝の言葉を述べた。
(遠慮する方が失礼だろう?)
そんなこんなで、馬車は再び王都へ向けて走り出す。
*
数日後。
馬車の窓から外を覗き込むと、思わず息を呑んでしまった。
遥か地平線の先、天を衝くような王都の城壁が見えてくる。
それだけではない。
城壁のさらに上空、白雲を割るようにして、大小無数の『浮遊島』が青空に点在していたのだ。
島から零れ落ちる滝が陽光を浴びて虹色に輝き、巨大な魔導客船がその間を優雅に回遊している。
村では想像したことすらない、圧倒的な光景だった。いったい、どのような理屈でそうなっているのだろうか。
(すげえな……これが、王都か……)
胸を高鳴らせるのも束の間、馬車が近づくにつれて、現実の壁が目の前に立ちはだかる。
城門の前には、物々しい全身鎧に身を包んだ兵士たちが列を作り、威圧的な空気で検問を行っていた。
(おいおい、どうなるんだこれ……)
途端に、焦りで心拍数が上がる。
なにせ今の俺は、水色の髪に蒼い目、おまけに謎の紋様付きという、どう見ても普通の人間じゃない奇妙な外見をしているのだ。
やがて、俺たちの馬車の番が回ってきた。
窓が激しく叩かれ、兵士が容赦のない視線で車内を睨みつけてくる。
「おい、お前ら何者だ。【王立魔導レジストラ】で身元を確認する。全員、ステータスを開示しろ」
最悪の要求だった。
もしここでステータスを提示すれば、俺の「精神力4万」や、「真核権限執行度」といった意味不明な異常数値がすべて白日の下に晒されてしまう。
馬車は銀貨で切り抜けられても、ここはダメそうである。というかそもそも銀貨がほぼない。
どうにかして切り抜ける言い訳を必死に脳内で探すが、何も浮かばない。
冷や汗がダラダラと流れ、完全に困り果てていたその時だった。
「……私がステータスを見せます」
これまでずっと石像のように押し黙っていた仮面の男が、静かに口を開いた。
「あぁ?全員が見せる規則なんだぞ。あと、なんなんだその仮面は。早く取れ」
兵士が不機嫌そうに声を荒らげる。
だが、男が差し出してきた半透明のステータスボードに目を落とした瞬間、兵士の顔から、完全に血の気が引いた。
「なっ……なな、ななな……ッ!?」
ガタガタと鎧の膝が擦れ合う音が響く。
名前の欄を繰り返し確認した兵士は、慌ててその場に直立不動の姿勢をとった。
「――『シャオヤオ』様であらせられましたか!!! 大変失礼いたしました!」
シャオヤオ。
その名が響いた瞬間、周囲にいた他の兵士たちまで顔色を変え、一斉に最敬礼の姿勢をとる。
「ど、どうぞ!全員、そのままお通りください!」
検問は一瞬で免除された。
御者が恐る恐る、しかし急いで馬車を出す。
(シャオヤオ……変な名前だ。どっか遠い国の人なのか…?まあ、王都の兵士が恐怖するレベルの、とんでもねえ偉い人なのは間違いねぇな……)
「……少年、その袋の中身を渡してほしい」
ずっと無口を貫いていた仮面の男、シャオヤオがまた口を開いた。
(え…俺があの施設にいたことを知ってるのか…!?)
シャオヤオの声に応えたのは、俺ではなくカリナだった。
「あら、そういえば、レンが何持ってるか聞いてなかったわね。もしかして、盗品?」
笑いながら、図星なことを言ってくる。
「少年、その袋の中身があるから、私は皆を助けたのだよな。渡してくれないのなら、私は君を憲兵に突き出すかもしれない」
(箱の中身…俺は知らないが、奴は知ってるのだろうか…まあ、必要なものではないから渡すか。頑張ってとったものだから惜しいけど…)
「はいはい、渡しますよ。これはシャオヤオ様のモノです」
「ありがとう、少年。…おい!御者よ。私はここで降りる!」
シャオヤオはそう言うと、勝手に一人で馬車を降り、どこかに行ってしまった。
謎がさらに深まる中、馬車はついに、栄華を極める王都の街並みへと滑り込んでいった。
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アウローラ中央区、その中心部にて。
巨大な施設の中に球体型の魔法陣が浮かんでいた。
黒い髪と目をした背の高い青年がそれに触れ、宮殿のある浮遊島へと転送されていった。
彼の名前は『シャオヤオ』。
レンから貰った箱を手にしながら、宮殿の中をズカズカと歩いていく。
(これが見つかってよかった…無くなっていたら、絶対めんどくさい事になっていたのだよな…)
廊下でバッタリと魔導士と鉢合わせる。彼はシャオヤオの姿を見ると軽く礼をした。
「お久しぶりです、シャオヤオ様。本日はどのようなご要件でお越しになられましたか」
「ああ、これを見てくれ。中身は例の転送計画に使う物だ。私はこれを王に渡したいと思っているのだよな。今、宮殿に王はいらっしゃるのか?」
「王は只今、宮殿には不在です。…例の転送計画とは、ゲートプロジェクトのことでしょうか?」
「そうだ。王はいつ宮殿に戻られる?できれば早めに渡したいのだよな」
シャオヤオの話を聞いた魔導士は、手袋を取り出すと、その箱に向けて両手を伸ばした。
「王はしばらく宮殿にはいません。私が預かりましょう。王が戻られた時、貴方様の代わりにお渡しします」
「助かる。これで用は無くなった。さようなら、魔導士」
「ええ、シャオヤオ様。またいつかお会いしましょう」
浮遊島にも、陸地と同じ転送施設がある。そこの魔法陣に触れ、元の場所に転送された。
(ふう…なんとかなって、よかった…)
あの箱を盗んだ水色髪の少年。
彼は、馬車にいた時はあまり強そうに見えなかった。
だが、あの村の研究所からものすごい光線を放ったのも、おそらく彼だろう。
彼が箱を盗んだ犯人なのは馬車が出発する時にすぐ分かったが、しばらく彼を観察していて、それほどの力がある人間だとは思えなかった。
(たしか、レンという名前だった気がするのだよな………奴はアウローラで何をしてるだろうか……)
レンに好奇心を抱きながら、中央区の外へと歩き出していった。




