第6話 解放!!
早朝。
林の奥から、乾いた爆発音が響いた。
「……ふぅー」
突き出した右手に意識を集中させ、熱を絞り出す。
「解放」
ドゴォン!
衝撃波が泥を爆ぜさせ、周囲の木々を激しく揺らした。
王都へ向かう道中、魔力の放出量を制御するため、宿に泊まるたびにこっそり外へ出て特訓を重ねていた。
「解放」は自分で作った技名だ。
体にとらわれた魔力の解放。シンプルだが、気に入っている。この無骨さがかっこいいのだ。
村を出発してから四日にして、ようやく力の蛇口を絞るコツが掴めてきている。
視界の隅にステータスボードを展開した。
『真核権限執行度:0.01%』
【職業】未定
【魔力】1850
【精神力】40000
【スキル】【適合者】
(やっぱ、俺の【魔力】は魔力残量か…)
初日は力加減が分からず、一気に100も消費してしまった。
だが、今は小出しにする調整が可能になっている。王都に着く頃には、完全に思い通りに放出量を操れるはずだ。
覚醒しても結局、【適合者】を発動することはできなかった。
(…もしかしたら【適合者】ってずっと俺の『器』をデッカくしていて、さらに、魔力出力に限界を設けないっていうスキルなのかもな…)
そう考える理由は、魔導薬を飲み切っても魔力を全部吸収したし、その上20000ある魔力を一瞬でほぼ出したからだ。こんなことができる人間は、少なくとも村にはいない。
そろそろ朝食の時間だ。
特訓を切り上げ、街道沿いの宿へ戻る。
これまでいくつかの宿に泊まったが、朝食の質はどれも悪くなかった。
もっとも、銀貨50枚も取っているのだ。これくらいは当然の権利と言えた。
食堂の隅でスプーンを動かしていると、仮面の男が自分の皿を持って席を立った。そのままどこかへ消えていく。
(あいつ、いつもそうだな……)
自分の顔をそこまで隠したいのだろうか。事情持ちだとしても、飯の時くらい気にせず食えばいいものを。事情はどうあれ、そういう不自然な真似をされると、逆に気になってしまう。
朝食を終え、乗客全員が馬車に乗り込む。
ちなみに昼食は宿が出したパンだ。御者が俺たちの金で一括購入したものを、各自車内でかじる。
ガラガラと車輪が鳴り、馬車が再び王都へと動き出した。
*
「グォォォォォ!!」
突如、道沿いの森の奥から、低い叫び声が空気を揺らした。
およそ人間のものとは思えない。周囲の木々全体がビリビリと振動している。
「怖ぇ……なんだ、今の」
つい、情けない言葉がボソッと口から漏れた。
「今のはオークの叫び声ね。なんでかわからないけど、結構怒ってるみたい」
向かい側に座っている短剣女が、俺の情けない言葉が耳に入ったのか、答えてくれた。
人間2人分の背丈と、人間1/10ぐらいの知能を併せ持つ魔獣、オーク。
冒険者の間では図体がデカいだけの雑魚魔獣として有名で、かけだし冒険者が本業冒険者になれるかはこいつを狩れるかどうかできまる。
村の冒険者訓練学校でそう学んだが、当時の俺だったら、手も足も出なかっただろう。
まあ、今は違うが。
「なんだ、オークか。雑魚魔獣でも声はでかいんだな」
「ねえ、あなた、オークを舐めすぎじゃない?もし『リーダーオーク』だったら、あんたじゃ多分倒せないわよ」
短剣女にキツい口調で怒られてしまった。
「ワリィ。俺、あんまり詳しくなくてさ……」
オークの群れのリーダーということで、リーダーオーク。
(見たことはねぇけど、そこまで普通のオークと差があるもんなのか…?)
頭を掻きながら、話をはぐらかす。
「ところでよ、あのオークが俺たちの方向に来るってことはないよな?まあ、来ても全員で倒せばいいんだけど」
言いかけた、その時だった。
遠くの地面から、ドドドド、という重苦しい地鳴りが響いてきた。
音は雪崩のように、だんだんと、そして急激に大きくなっていく。
「…なぁ、あのオーク近づいてきてるよな!?こっちに来てるぞ、早く戦闘準備しねえと!」
もしあれがリーダーオークだったら、俺が戦って勝てるとしても貴重な魔力を相当消耗することになるかもしれない。
それは避けたい。
「あっしは戦えないので!もし魔獣が襲ってきたら、頼みますよ!」
御者が悲鳴のような声を張り上げ、馬車の中に視線を縋らせてくる。
(……馬車にいる連中に戦わせて魔力を温存しよう)
「なあ、さっきは舐めたこと言って悪かった!お前ら、みんな戦えないか!?」
「オーク数匹くらいなら、私一人で十分よ」
短剣女が不敵に笑い、柄に手をかけた。
「私も戦えます。私のスキルは【水魔法】です」
魔術師も杖を構える。中級の水属性スキルか。
「あんたはどうだ、戦えるのか?」
最後に、あの仮面の男へ視線を向ける。
「…………」
返答はなく、ただ無言で座っているだけだった。
まあ、こいつ一人くらい戦力から外しても問題はないだろう。
地鳴りはもう、すぐそこまで迫っていた。
*
――ドドドドドドド!!
「来たッ!」
木々をドカーンと吹き飛ばしながら姿を現したのは、身長四メートルはある巨体だった。
手には巨大な棍棒を握り締めており、その佇まいはまさに巨岩だ。
(オーク……でかいが、棍棒を振り回すしか能がない雑魚魔獣だ。あのギルバート一人でも数匹倒せるんだから、これだけ人数がいれば大丈夫だろ)
そう考えていたが…
「リーダーオークよ!」
短剣女の声が響く。
「赤い皮膚のオークだから、リーダーオークよ。手強いから、気をつけて!」
彼女は即座に指示を飛ばした。
「あんたはまずアイツの下半身に拘束魔法を撃って! その間に私が裏に回り込むわ!」
「わかりました!――『水牢獄』!」
魔術師のスキルによりリーダーオークの下半身が水に捕らえられる。
その隙を見逃さず、短剣女が奴のうなじへ回り込んだ。
「『瞬歩』!」
確実なバックスタブが放たれる。見惚れるほどの完璧な連携だ。
だが。
――ピキィィィン!
短剣女の武器が、根元から綺麗にへし折れた。
「うそ……!なんで…!?」
「も……もう無理です、魔法がもう持ちません!」
魔術師の拘束が弾け飛ぶ。
「グォォォォォォォォ!!!」
リーダーオークが咆哮を轟かせ、暴れ始めた。
その声を聞くだけで、身体がピリピリと痺れる。咆哮に麻痺効果があるのだ。
俺には効かないが、リーダーオークの側にいた短剣女にはよくない状況だ。
「動け……ない……」
短剣女がその場で硬くなる。
オークの巨大な手が彼女を掴み、地面へと叩きつけようとした。
「危ない!」
魔術師が放った水のクッションが、叩きつけられた衝撃を辛うじて和らげる。
(マズイことになってきた…)
急いで座席から立ち上がり、馬車を出て戦闘に加わりに行く。
(今こそ、特訓の成果を見せる時だ…)
(魔力を使いすぎるな…気持ちの昂りを抑えろ…冷静に標的へ集中しろ…)
放出する魔力の形を細く鋭く想像する。
「『解放』!!」
ピィィィィィン!!
その瞬間、一本の細い光線が伸び、リーダーオークの腕を正確に貫通した。
「グァァァァ!?」
激痛にオークの手が緩み、短剣女が解放される。
「ナイスです!――『水握』!」
魔術師の手によって、短剣女の身体がこちらへ引っ張られた。
すぐに自分の魔力量を確認すると、魔力量は1400になっていた。
(使いすぎはマズイ……今はまだ王都での魔力の補充方法すら確立していない。ここで魔力を消耗させるわけにはいかねぇ…)
次の一発を用意する。
最小限の力で、奴の心臓を撃ち抜く。
これで最後だ。
「ふぅ……」
(集中…集中…)
「『解放』!!」
ピシュゥゥゥン!!
先程よりさらに細い光線が伸びる。
光線はリーダーオークの胸、その心臓の位置を確実に貫通した。魔力量も1200残っている。
(パーフェクトだ……!)
……だが。
「ギャオオオ!!!」
心臓を貫かれたはずのリーダーオークは、さらに激しく暴れ始めた。
それだけではない。
体中がどす黒く変色し、その肉体から赤い魔力のオーラが噴き出し始める。
(な、なんでだ……。俺の『解放』で確実に心臓を貫いたはずなのに……!)
「リーダーオークじゃなくて……なんなの、コレ!」
短剣女が驚愕に顔を歪める。
「こんなオーク、見たことないわ……!心臓を貫かれても大丈夫だなんて!」
リーダーオークよりさらに上の存在なのか。それとも突然変異か。
しかし、今はそれを考える暇もない。
明らかに硬度を増した皮膚と筋肉を貫通するには、より大量の魔力が必要になる。
「グォォォォォォォォ!!」
変異オークが近くの巨木を掴み、馬車の方へと投げつけてきた。
「やべぇッ!!」
急いで、目の前に投げられたそれに向かって魔力を放出した。
ドビュゥゥゥゥン!!
天に向かって真っ白な光線が打ち上がる。
急な出来事で解放したせいで、力の制御が効かず過剰な量を消費してしまった。
魔力残量、580。
(マ、マズイ!これじゃ奴を殺せずに終わる!)
「イ、イヤア!……助けて……! 」
今度は、魔術師がオークに追いつめられていた。
「クソ…!『解放』!!」
焦りの中で放った一撃は、オークの皮膚に浅い傷をつけるだけであった。
魔力残量、300。
もう大きな一発は出せない。
「うおおお!『解放』!『解放』!」
魔力残量、80。
ステータスボードの数字がどんどん下がっていく。
どれだけ光線を放とうと、奴の体に致命傷を与えることはできなかった。
(クソッ、王都に着く前にこんなところで、終われるかよ……!ようやく覚醒して、力を手に入れたんだぞ…!)
「まだだ……っ!!」
(魔力が空になろうが、関係ねえ…この化け物の息の根を止めて、王都までたどり着いてやる…!)
死線を見据え、一歩、前に踏み出そうとしたその瞬間だった。
「…………『無銘剣』」
――キィィィィン!
一閃。
変異オークの巨体も、その後ろに広がっていた広大な木々も。
まるであらかじめ境界線が引かれていたかのように、斜め一文字に、綺麗に真っ二つへと両断されていた。




