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第5話 始まり

ズゥゥゥン、と大気を震わせる地鳴りが響いた。視界を真っ白に染め上げた閃光の残滓が、まだ夜空の奥に焼き付いている。


自分がどれほどとんでもないことをやったのか、ようやく理解した。あれほどの魔力を、スキルも介さずに直接放出できる人間なんて、そうはいない。


村の近くまで戻ってくると、騒がしい声が風に乗って聞こえてきた。


深夜にもかかわらず、村は完全に蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。家々に灯りがともり、住民たちが武器やランプを片手に外へ飛び出してくる。


「おい、山の方が吹き飛んだぞ!」


「なんだあの光は!?ドラゴンでも暴れたのか!?」


(さすがに目立ちすぎたか)


民家の影から影へ素早く移動しながら、息を殺して進む。


あれだけの修羅場をくぐり抜けたというのに、不思議と疲労感はない。なんなら、今から全速力で走り続けても大丈夫なぐらい、体力が有り余っている。


(魔導薬様様だな)


宿屋の裏口から自室へ滑り込み、静かに鍵を閉める。背負っていた麻袋をベッドへ放り投げると、中からあの金属箱が鈍い音を立てて転がり出た。


「……箱の中身は明日にするか」


そのまま寝転がろうとして、ふと視界の端に映った髪に違和感を覚えた。


「ん?俺、こんな髪長かったっけ?」


摘まんだ毛先は鎖骨近くまで伸びている。嫌な予感がして鏡の前へ向かい、そこで俺は言葉を失った。


「なんだ、これ」


鏡の中にいたのは、以前の俺とは別人みたいな男だった。


痩せていた身体はガッチリと引き締まり、服越しでも筋肉の厚みが分かる。背丈も伸びていた。泥茶色だった髪は淡い水色へ変わり、瞳も冷えた蒼色に染まっている。


他に変わったところがないか、服を脱いで確認すると

、両腕がおかしくなっていたことに気づいた。


なんと、手首から肩全体にかけて、銀色の紋様が回路のように刻まれているのだ。


(……完全に別人だろこれ…けど前より強そうにはなったか)


ベッドへ倒れ込もうとした頃には、窓の向こうから朝日が滲み始めていた。


(今日はまともに寝れそうにねえな……)



翌朝。


目が覚めるなり、ベッドの上の金属箱へと手を伸ばす。


「さあ、中身を見せろよ……!」


ギシ…


わずかな隙間へ指をねじ込み、全身に力を込める。筋肉が軋み、指の骨がみしりと鳴ったが、箱はまるで巨大な岩みたいに微動だにしない。


「くそっ……硬すぎるだろ…このやろう、そんなに俺の本気が見たいか」


さらに力を込めかけた瞬間、昨夜の暴発が脳裏をよぎった。もしここで同じことが起きれば、宿ごと消し飛ぶだろう。


「……やめとくか」


早々に諦めて、箱を麻袋の奥へ押し込んだ。


代わりに、目の前へステータスボードを展開する。


『真核権限執行度:0.01%』

【名前】レン

【職業】未定

【魔力】2000

【精神力】40000

【スキル】・【適合者】


(真核権限執行……長ぇし意味わかんねえ)


初期同期率とかいう表示が消えたと思ったら、今度はまた新しい項目が増えている。


(……これも100%になったら、またあんなパワーアップするのか?)


考えただけで口元が緩む。


だが気になることもあった。


昨夜の覚醒直後に確認した時、確か魔力は『20000』あったはずだ。それが今は『2000』まで減っている。


「……うーん、つまり俺の魔力値って、ただの魔力残量なのか…でもなんで魔力量が回復しないんだろ…」


ともかく、研究施設でぶっ放したあの一撃で、とんでもない量を消費したのだろう。


「というか、あんな小瓶によくあれだけの魔力詰め込めるよな……」


しかし、それ以上に異常なのは精神力だった。


「5から……4万って何だよ……」


普通なら一番伸びにくいはずの能力値だ。


(あんま4万になった実感はねえけど…)


だが少なくとも、すでに王都の冒険者として活動できるほどのステータスは余裕であるだろう。


宿の外に出ると、村は朝になってもまだザワザワとしていた。


「研究施設がほぼ全壊してるぞ…」


「研究員が言ってたぞ!犯人は魔力体コラプサーだって!」


「まだこの辺に潜んでるかもしれねえ!」


怯えた村人たちの声を聞きながら、フードを深く被る。


まさかその化け物扱いされてる存在が、自分たちの横を歩いてる落ちこぼれだとは思わないだろう。


(……さすがにこの村にはもう居られねえな。これを機に王都に行くか…!)  


まずは家族にそのことを伝えるため、その足で実家へ向かった。



古びた木の扉を開けると、中から出てきた母親が俺を見るなり悲鳴を上げた。


「ど、どなた!?」


「俺だよ、母さん。レン」


「嘘おっしゃい!うちのレンはそんな顔してないし、体もデカくないよ!」


箒を構えて警戒する母親をみるなり、周囲を確認してからフードを少しだけ上げる。


「十歳の時、木登りして落ちて三日寝込んだろ。あの時、母さん俺の横で泣いてたじゃん。『この子の代わりに私の命を取ってください』って」


「……っ」


母親の手から箒が落ちる。


「本当に……レンなの……?」


「まあ、色々あってこうなったんだよ…」


こんなに見た目が変わってしまった息子を見る母親の気持ちを考えると、さすがに苦笑した。


「ちょっと見た目変わっただけだよ」


「まさか…あんたが…」


母親はしばらく呆然としていたが、それ以上のことは聞いてこなかった。ただ、小さな布袋を俺に握らせる。


中で硬貨らしき音が鳴った。


「身体だけは大事にするんだよ」


「ああ」


「じゃあ、行ってくる。またな、母さん」



そして、実家を後にして最後に向かったのは、あの冒険者訓練学校だった。


そこであったさまざまな出来事を思い返しながら受付に退学届を叩きつける。


(いや、なんもいい思い出はないけどな…)


「えっ……あなた、誰…?」


「レンだ。辞めるからそれ提出しといて」


「れ、レン君なの!?その髪どうしたの!?」


驚く声を背中で聞き流しながら、学校を後にした。


(髪なんか気にするより、俺がいなくなることを悲しめよ…)


(まあ世話にはなったぜ。魔導薬の知識とか、役立ったしな)



村を抜け、馬車乗り場へ向かったところで、重大な問題に気づく。


(……あ)


(馬車、身分の証明が必要じゃねえか……!)


ステータスボードを見せろと言われたらめんどくさいことになるのは必至だ。


どうしたものかと考えていると、離れたところから一人の中年御者が近づいてきた。


「どうやらお困りのようですな、お客人」


「……何だ?」


「王都までお送りできますよ」


「え、マジか?」


「ええ。あっし、事情のある方を乗せるのには慣れておりますんで」


背筋が冷えた。


(もしかして俺が何したか知ってるのか……?)


「そんな怖い顔しなくて大丈夫ですよ。あっしは口が固い」


御者はニヤつきながら続ける。


「ただし料金は…銀貨50枚です」


「はぁ!?50枚!?ふざけんな高すぎるだろ」


「払えないなら、乗らなくて結構です」


所持金のほとんどが吹き飛ぶ額だったが、他に方法はない。


「……しゃあねぇ、乗る。乗るぞ」


「毎度ありい」


馬車の中には既に数人の客がいた。


両腰に短剣を差した橙色の髪をした女。仮面を被った男。そして、背の低い、金髪の魔術師らしい同い年ぐらいの女。


(……何なんだ、このメンツ)


「王都までは六日ほどかかりますよ」


御者が手綱を握りながら笑う。


「宿代と飯代はこちらで負担しますんで、ご安心を。では皆さん、出発します」


(……それにしても銀貨50枚は高えよ)


馬車がゆっくり動き始める。


窓の外では、見慣れた村が少しずつ遠ざかっていった。もうここともおさらばである。


目的地は、ソラリア王国の王都『アウローラ』。


そこは冒険者たちが集まる巨大都市だ。


これから始まる新しい生活はどのようなものになるだろうか。


(待ってろよ、王都…!)


ギルバートも、俺を笑ってた連中もそこにいるはずだ。


新しい力で奴らに仕返しすることを考えるだけで、ニヤケが止まらない。


(着いたら奴らより上の魔獣でも殺して、力の差を見せつけてやるか…)


そしてふと、一人の顔が浮かんだ。


(……セラも結局向こうで冒険者になったんだっけ…じゃあ、会えるかもしれん…)


今のレンにとって、王都とは、夢と希望が詰まっている地であった。

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