第3話 運命の賭け
何かを成し遂げるために、一番大切なのは、入念な下調べだ。
それはネズミの罠猟でも、国家施設の泥棒でも変わらない。
学校が終わった後、村の外れにある『お薬研究員の詰所』の周囲を調べまくる。
それをあの授業の後から数週間続けている。
国から委託された施設とは名ばかりの、地方の小さな出張詰所。だからこそ、警備の数は少ない。
(案外こういう才能があるのかも知れねぇな…)
巡回ルートの癖、見張りの交代時間、建物の構造。目を皿のようにして観察し続けた結果、一つの隙を見つけた。
搬入口のすぐ近く。
錆びついた鉄格子で辛うじて塞がれた、地下の通気口だ。
(あそこなら、俺のサイズでもギリギリ通れるな。鉄格子のネジも緩んでる)
一般人以下のステータスでも、気をつけさえすれば十分に侵入可能だった。
*
深夜。
村の灯りが完全に消え失せた頃、全身を黒いマントで覆い、フードを目深に被って闇に紛れた。
(おもったより暗いな…)
施設まで近づくと、警備兵が談笑している姿が見えた。
「でさ、あいつがなんて言ったと思う?」
「俺が悪かったです、許してください!だってさ」
「ハハっ、向こうが先に仕掛けたってのによ!」
(喋ってないでさっさとあっち行け…!)
*
少し経って、ようやく警備兵が侵入口から離れた。
(誰もこっちにいないな…今がチャンスだ)
昼間に確認した通り、通気口の鉄格子を無音で取り外し、麻袋を背負いながら這いつくばって中へと滑り込む。
じっと息を潜め、暗いダクトの中をほふく前進で進んでいく。
五感を研ぎ澄ます。
(狭いな……。埃くさくて、息が詰まりそうだ)
鉄板の冷たい感触がマント越しに伝わる。
少しでも身体を浮かせれば、頭がぶつかって金属音が響いてしまう。
ずっと地面に擦って進んでいるため肘や膝の皮がジクジク痛むが、声を出すわけにはいかない。
(小さい施設だから大丈夫だと思ったが、意外と入り組んでやがる…)
(…ん?)
コツ、コツ、と下の廊下から見張りの足音が聞こえてきた。
動きを止め、通気口の隙間から下を覗き込むと、鉄格子のスリットからランプを持った二人の男の姿が見えた。
「なぁ、さっき食べた夜食のパン、ちょっと硬くなかったか?」
「文句言うなよ。こんな田舎の詰所に見張りとして回されただけマシだろ。前線なんて魔獣の相手で毎日死人が出てるんだからな」
「それもそうか。どうせこんな場所に泥棒なんて来やしないしな」
「それで、例の箱、確認したか?」
「ああ。……つーか、なんで宮廷魔導士様の研究物がこんな田舎にあるんだよ」
「知らねえよ。危ねえ研究してるって噂だが……俺は関わりたくねえな」
二人の警備兵が、あくび混じりに言葉を交わしながら通り過ぎていく。
(よし、やっぱり警備は緩い。それに、例の箱か……。宮廷魔導士の研究…何が入っているんだろうか…)
(…魔導薬のついでにとってくか)
足音が完全に消えるのを待ち、音を立てないように通気口の出口から飛び降りた。
その瞬間、ズルッと足が滑り、床に膝を強打する。
ガンッ!!
「グォォ……!」
激痛が走ったが、必死に口を覆って声を殺した。心臓がバクバクと胸を打つ。
数秒間、周囲の気配を窺ったが、誰も来る様子はない。生きた心地がしなかった。
(くそぉ…いってェな…!)
立ち上がり、泥を払う暇もなく薄暗い施設の中へと足を進めた。
(進み続けよう…)
廊下の最奥に、異様な重厚感を放つ一角があった。
そこの頑丈な鉄扉には、仰々しい魔法の刻印が施されており、明らかに他とは違う保管部屋だった。
扉の隙間からこっそりと中に忍び込むと、部屋の中央に、顔の大きさほどの金属製の箱が台座の上に鎮座していた。
「これか……?」
宮廷魔導士の研究成果…この箱の中身がそれに違いない。
(そいつには悪いが、中身は俺がいただこう…)
「…だいたい貴重なもんはこういうとこにしまってあるはず…」
箱の表面には重々しい文字が刻まれた錠前が掛けられている。手を触れてこじ開けようとしたが、びくともしない。
(クソ、鍵がかかってやがる。どうやっても開かねえ)
懐からナイフを取り出し、錠前の隙間に刃を突っ込んで強引にねじ曲げようとしたが、カチカチと虚しい金属音が部屋に響くだけで、傷一つすらつかない。
何という頑丈さ。
一般人用の道具が通用する相手ではなかった。
額から脂汗が流れ落ち、目に入る。
(何でこんな硬いんだよ…)
(完全にロックされてるな……。中身だけを盗み出すなんて無理だ。どうする…諦めて戻るか? いや、それだけはないな)
焦りで鼓動が速くなる。
時間が惜しい。ここでモタモタしていれば、次の見回りが来てしまう。
(モタモタしてる暇はねぇ、これでこいつの中身が毒薬とかだったら、リスクでリスク取っただけだ…早く魔導薬を見つけねぇと)
「…開かないなら……箱ごと持ってきゃいいだけの話だろ」
背負ってきた大きな麻袋を広げ、その金属箱を台座ごと、無理やり中へと詰め込んだ。
「おっふッ!」
布が擦れる鈍い音とともに、ズシリとした凶悪な重みが肩にのしかかる。
あまりの重さに腰が砕けそうになった。
(見た目の割に重すぎだろ!)
(くそ、こんなとこでバカやってる場合じゃねえ…魔導薬はどこにあんだ…!)
いくつもの部屋を探索していると、調剤室らしき場所を見つけた。
薬品の匂いが部屋に充満しており、壁にある棚には魔法薬が並べられていた。
(うおっ!これはハイポーションで、こっちは筋力増幅薬か!こんな高級なもん、ネズミ狩りじゃ一生かかっても買えねえよ!)
興奮のあまり、魔導薬を見つけることすら頭から抜けてしまった。
棚に駆け寄り、目についたハイポーションの瓶をひったくると、コルクを抜いて一気に喉へと流し込んだ。
内臓がカッと熱くなり、体内の魔力が一時的に活性化していくのが分かる。さっきまで痛かった膝と腰が、むしろ調子良い。
筋力増幅薬も一気に飲み干すと、金属箱が軽くなった。
(すげえ、本物の魔法薬はこんなに力が溢れてくるもんなのか。じゃあ、もっとだ……!)
勢いに乗って、さらに別の瓶へと手を伸ばした。
その時。
棚の最上段、特別に頑丈な格子戸の奥に、怪しくどす黒い光を放つ、親指ほどの小さなアンプル瓶を見つけた。
アンプル瓶のラベルには、掠れた文字で
『ルーン 魔導薬』と書かれている。
(――魔導薬。こんなとこにあったのかよ……!)
予想外の発見に脳がハネた。
こんなところに剥き出しで保管されていたのだ。
格子戸の隙間にナイフの刃を突っ込み、強引にこじ開けてそのアンプル瓶を掴み取った。
ビィィィィィィィィ!!!!!!
突如、鼓膜をぶち破るような大音量の金属音が、施設全体に鳴り響いた。
アンプル瓶を台座から離した瞬間に作動する、盗難防止のトラップだった。
「しまっ――」
やべえ、バレた!
心臓がドクンと跳ね上がる。慌ててアンプル瓶を懐に突っ込み、金属箱を入れた麻袋を担いで部屋から飛び出した。
しかし、廊下に出た瞬間、通路の床や壁の至る所に、禍々しい赤い魔法陣が次々と展開され始めた。
「侵入者だ! 調剤室の方から警報が鳴ったぞ!」
「防衛魔法陣を起動しろ! 逃がすな、一歩も外に出すな!」
「今応援を呼んでいる!全員武装しろ!」
正面の角から、数人の警備兵の怒鳴り声と足音が、恐ろしいスピードで近づいてくる。
前は魔法陣と警備。後ろは行き止まり。完全に退路を断たれた。
(クソ、クソ、クソ! こんなとこで捕まっちまうのか?)
…そうだ!
冷たい汗が全身から噴き出すなか、懐から、先ほど盗み出したばかりの『ルーン 魔導薬』を取り出した。
(教官は飲むと化け物になると言ってたな。だけど、ここで無様に捕まるくらいなら、一か八か、今ここで力を手に入れてぶち破ってやるよ!!)
少し、少しだけだ。
ほんの一滴だけ口に含めば、この窮地を脱するだけの魔力が手に入るはずだ。
震える手でボトルのキャップを引きちぎり、口元へと運ぶ。手汗のせいで指先から滑り落ちそうになるのを必死に握り直す。
まさにその時。
ドォォォォォォン!!!!!!
施設全体の防衛システムが本格稼働した衝撃で、足元の床が、大地震が起きたかのように跳ね上がった。
「うお、あッ!?」
身体を凄まじい衝撃波が襲う。
バランスを崩し、無様に後ろへとひっくり返る視界のなかでーー
(あ――)
――ゴク、と。
喉が勝手に鳴った。
衝撃で上を向いた開いた口に、逆さまになったアンプル瓶から、ドロリとした黒い液体が流れ込んできた。
「――が、ふ、あ、――ッッ!?!?!?」
声にならない悲鳴が、喉の奥で焼き切れた。
体内のすべての血管に、沸騰した溶岩を直接ブチ込まれたような、尋常ではない激痛がレンの全身を突き抜けた。
近づいてくる警備兵の声が、遠く聞こえる。




