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第2話 器が違う

神殿の儀式から、半年が過ぎた。 


半年…


俺のステータスは、あの夜から一歩も前に進んでいない。


『初期同期率:0.01%。……待機状態へ移行します』

【名前】レン

【職業】未定

【魔力】5

【精神力】5

【スキル】・【適合者】(※エラー。中核アクセス権限:一部解放。承認コード:『――』)

 

毎日、数え切れないほど呼び出した画面を睨みつける。


中核アクセスだの神域プロトコルのバイパスだの、あの夜は脳内で大層な訳のわからないシステムログが流れた。


何かすごいことが俺に起こっているのかと思っていたが、半年経っても同期率は『0.01%』からピクリとも動かない。エラーコードは吐いたままだし、何より、肝心のスキルは未だに発動不可能のままだ。            


「おい、レン! 手が止まってるぞ! さっさと次の罠を仕掛けな!」


泥まみれの農夫の怒鳴り声が聞こえ、我に返ってステータスボードを消した。


「へいへい、分かってますって」


俺は腰をかがめ、村の畑の隅に鉄製のトラップを設置する。 


十五歳で成人した俺は今、村の『冒険者訓練学校』に通っている。


まともな戦闘スキルを授かった奴らは、初めから本格的な実戦が学べ、若くても活躍ができる『ギルド』に登録して華々しく魔獣を狩る。


俺のようなハズレ組や、ステータスが低い落ちこぼれだけが、ここで基礎の基礎を学んでいる。

 

そんな俺の、ここ半年の主な収入源がこれだ。


村の畑を荒らすネズミ型の雑魚魔獣――『フィールドラット』の駆除依頼。


他のまともな冒険者たちは、みんなもっと強くて実入りのいい依頼へ行く。こんな地味で、泥にまみれて、報酬もスズメの涙みたいな雑務は誰もやりたがらない。 


だが、見方を変えればここは完全なブルーオーシャンだった。競合が誰もいないから、依頼はいくらでも転がっている。


「……ま、これだけやっても、稼げるのはその日の宿代と飯代が限界だけどな」

 

罠にかかったネズミの首をナイフで手際よく刎ねながら、毒づく。どれだけ泥水をすすって努力しても、ステータスが「5」のままじゃ、これ以上の強い魔獣には絶対に勝てない。


焦りだけが、毎日少しずつ、腹の底で黒くおりのように溜まっていった。    

 

* 


ネズミの死体を麻袋に詰め、泥を拭いながら村のギルドの出張所へ向かう。その道中、前方の広場がやけに騒がしいことに気がついた。村の若者や娘たちが、一人の男を大層な熱狂で取り囲んでいる。


「おい見ろよ、ギルバートだ!」


「もう王都のギルドで『黄金級ゴールドランク』のトップに上がったんだろ? すげえよな、やっぱり上級スキルは格が違うわ!」 


「王都ギルドのドラゴン級冒険者の話、聞かせてくれよ!」

 

輪の中心にいたのは、俺と同じ日に成人の儀式を終えた同い年の男――ギルバートだった。


あいつが授かったのは【聖騎士】。膨大な光の魔力を操り、攻守ともに無敵を誇る、冒険者にとってはまさに最高峰の神スキルだ。 


半年が経った今、あいつの装備は村を出た時とは見違えるほど上質な、白銀の甲冑に変わっていた。


スキルの影響か、かつての黒髪も金髪に変わっている。


そして、腰に帯びた大剣からは、素人目に見ても尋常ではないオーラが立ち上っている。


「いやあ、大したことはしてないさ。今回は都市の近くに出たオークを数体、片付けただけだからね」


「ドラゴン級冒険者は、僕でもまだ全然追いつけないほど強いんだ。」


爽やかな笑みを浮かべ、集まった連中に手を振るギルバート。その完璧な「勝ち組」の姿を、俺は冷めた目で、だが奥歯が軋むほどの嫉妬を殺しながら見つめていた。


同じ日に生まれ、同じ日に成人したはずなのに、神が与えたスキルの違いだけで、これほどの天と地が生まれるのか。


(くそ…俺がああなるはずだったのに…)


立ち去ろうと足を向けた瞬間、不意にギルバートと目が合った。


あいつは俺の泥まみれの格好と、手にした薄汚い麻袋に視線を落とすと、わざわざ取り巻きの連中をかき分けてこちらへ歩いてきた。


「やあ、レンじゃないか。久しぶりだね」  

 

声をかけてくるギルバートの目は、一見すると親しげだ。


だが、その奥には明確な、絶対的な弱者である俺に対する見下しが透けて見えていた。


「ああ、ギルバート。大層なご活躍だな」


「まあね。君の方こそ……相変わらず、熱心に村のために働いているみたいだ。……それは、フィールドラットかい?」

 

ギルバートが俺の麻袋を指さすと、周囲の取り巻きからクスクスと下品な笑い声が漏れた。


「素晴らしいことだよ、レン。誰かがやらなきゃいけない雑務だ。君のような【発動不可能】なスキル持ちでも、そうやって村のネズミを駆除することなら役に立てる。命を危険に晒して魔獣と戦うことだけが冒険者じゃないさ」


言葉の刃が、的確に俺の胸を抉りにくる。


役に立てる、だと?


慰めるような口調の裏で、あいつは「お前は一生、俺たちの足元でネズミを殺して這いつくばっていろ」と言っているのだ。


「……そうかよ。悪かったな、高貴な聖騎士様の邪魔をして」 


感情を殺した声で短く返し、あいつの横を通り過ぎようとした。


だが、ギルバートはフッと小さく鼻で笑い、俺の耳元だけに聞こえる低い声で、残酷な本音を囁いた。


「分かっているなら、もう二度と『世界一の冒険者になる』なんて痛い大口は叩かないことだな。君と僕とでは、生まれた瞬間から『器』が違うんだ。身の程を知って、大人しく畑を耕していればいいんだよ」


――ピキ、と。


頭の中で、何かが完全にキレる音がした。今すぐこの泥まみれの拳で、あいつの綺麗な顔面を殴り飛ばしてやりたかった。


だが、ステータス「5」の俺では、あいつの甲冑に傷一つつけられず返り討ちに遭うだけだ。


それが、どうしようもない現実である。


「……チッ」 

 

ただあいつを殺すような目で一睨みしながら去ることしかできなかった。背後から、勝ち誇ったような笑い声が浴びせられる。


(器が違う、だと……? ふざけるな。神が勝手に決めた器なんぞに、俺の人生を支配されてたまるかよ……!)



「――いいか、お前たち。ここからは今日の講義の本題だ。よく聞いておくように」 


午後。


訓練学校の薄暗い教室で、教官の頑固そうな中年男が黒板を叩く。


チョークの粉が舞う中、黒板に大きく描かれたのは、一つの歪な球体の図だった。


ギルバートへの怒りを腹の底にくすぶらせたまま、俺は一番後ろの席で黒板を睨みつけていた。


「我々が生きているこの惑星『アケイナス』は、かつてはもっと小さな星だったと言われている。だが、今から約一万年前――原因不明の『魔力総量の爆発的増加、および異常濃縮化』が発生した」 


教官の言葉に、頬杖をついたまま耳を傾ける。


「それにより、惑星アケイナスは、それ以前と比べて半径が『約2倍』にまで膨れ上がった。これが歴史書に立ち現れる、いわゆる【アケイナス拡大期】だ。この時期を境に、世界中に魔獣が大量発生し、我々人間の生態も大きく変わった。」 


半径が2倍。そんな天変地異みたいな現象が起きて、よく星が形を保っていられたものだ。


「教官」


退屈そうに授業を聞いていた一人の生徒が、手を挙げた。


「なんで急に、そんな魔力が増えたり星が大きくなったりしたんですか? 理論的な原因は分かってないんですか?」


「分かっていない」 


教官は首を横に振った。


「全く、理論的な説明がつかないのだ。あまりにも圧倒的な全能の力。ゆえに、この世界では『神がアケイナスに降臨し、世界を再創造した』というのが今でも定説であり、教会の教えだ。……だが、原因はどうあれ、その時に満ちた『魔力』こそが、現在の我々のすべての基盤になっている」 


教官は手元に置かれた、魔力で淡く光る家庭用の湯沸かし器を指さした。


「魔力はあらゆるものに宿る。当然、我々人間にもだ。少量だが、日々の食事からも、我々は無意識に魔力を摂取している。魔力は極めて便利で、生活に欠かせない。灯りになり、動力になり、実力のある冒険者たちが戦うための『力の源』そのものだ」


力の源。 


その言葉が、耳の奥に突き刺さった。ギルバートの圧倒的な魔力のオーラが脳裏をよぎる。 


あいつが強くて、俺が弱いのは、魔力の出力もそうだが、なにより体内の魔力量が違うからだ。


これまで、人間の魔力ステータスを上げる手段なんて、成人の儀式か、超高級な『魔力増幅薬』の二つしかないと思っていた。


だが、魔力があらゆるものに宿る力の源だというなら、話は別だ。


「……なぁ、教官」


気がつけば、俺は椅子を蹴立てるようにして立ち上がっていた。周囲の落ちこぼれどもが、一斉に俺を振り返る。だが、そんな視線はどうでもよかった。


「何だ、レン」


「魔力を上げる増幅薬が高くて買えないならさ……。そこら中にある『魔導薬エーテル』を代わりに飲めば、誰でも手っ取り早くめちゃくちゃ強くなれるんじゃねえのか?」


俺の突拍子もない質問に、教室が一瞬、水を打ったように静まり返った。


次の瞬間、教官の目が、ぞっとするほど冷酷なものに変わった。


「馬鹿者が。そんな浅知恵、これまでの歴史の中で何万人が思いついたと思っている」


教官は黒板に、今度は「器」のような絵を乱暴に描き殴った。


「勘違いするなよ。実力ある冒険者が飲む魔力増幅薬のような『魔法薬ポーション』とはちがう。あれは、ステータスの【魔力】を上げるために、色々な物質を薄めた魔力と混ぜただけの飲料だ。だが、お前が口にした『魔導薬エーテル』はそもそも、人間が飲むためのものではない。防衛結界や巨大魔導兵器を稼働させるために魔力そのものを濃縮した、ただの『危険なエネルギー燃料』だ」 


教官はチョークを黒板に叩きつける。


「すべての有機物、無機物には、一度に保有できる魔力の『許容量(器)』が決まっている。個体差はあるが、当然、人間にもそれはある。魔導薬は、耐性がない人間なら触れるだけで魔力中毒を引き起こす超危険物だ。ゆえに、特殊な国家資格を持つ一握りの専門研究員や技術者しか扱うことを許されていない」


「もし、資格も持たない者がそんな燃料を一気に大量に飲めばどうなると思う? 肉体と精神が魔力の奔流に耐えきれず、ただ魔力だけを求めて周囲を食い荒らす化け物へ変わる」


「通称――【魔力体コラプサー】。お前のようなやつが手を出せば、一発で人格そのものが破滅する。身の程を知れ」


「……」


俺は黙って椅子に座り直した。


教官の警告は、至極真っ当な正論だ。


『器』が違う…身の程を知れ…


昼間のギルバートの言葉が、教官の声と重なって脳内で繰り返される。


(どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって…)


(一度に大量に飲むから器が壊れて化け物になるんだろ? だったら……あの燃料を少しずつ、薄めて限界ギリギリの量だけ毎日計画的に体内に取り込み続ければ、大丈夫なんじゃねえのか?) 


あいつらに「器が違う」と笑われたまま、ネズミを殺して一生を終えるくらいなら、化け物になるリスクのほうがよっぽどマシだ。


俺の頭の中は、すでに別の思考で満たされていた。 


この村の近くには、国から委託された小さな『魔法薬・魔導薬研究員の詰所』がある。


そこには、研究用、あるいは防衛結界用の高濃度魔導薬が、厳重に保管されているはずだ。


(……買う金がないし、そもそも一般人には売られてねえ。なら、手に入れる方法は一つしかねえ)


じわりと、手のひらに嫌な汗がにじむ。お行儀のいい大人たちが見たら、狂っていると吐き捨てるだろう。


だが、俺はハナから真面目な聖人君子なんかじゃない。夢のためなら、魔導薬の泥棒だろうがなんだろうがやってやる。 


そろそろ講義が終わる時間だ。


「———では、今日の講義を終了する。また明日」


講義が終わるチャイムが鳴る。俺は荷物をまとめ、誰

よりも早く教室を飛び出した。




第2話はどうでしたでしょうか。

良ければ感想もよろしくお願いします。

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