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第1話 成人の儀式

……「ふぅー」


神殿の巨大な石扉の前に立ち、俺――レンは、深く息を吐き出した。 


今日で十五歳。


神の祭壇で【スキル】を授かり、一人の『成人』として社会に放り出される運命の日だ。 


周囲を見渡せば、同じように今日で成人する村の連中が、ガチガチに緊張した面持ちで立っている。


静まり返った神殿の空気は、嫌でも決められたスキルで生きていく現実を突きつけてきた。

 

俺だって、さすがにこの厳粛な空気の中でふざけるほど馬鹿じゃない。


口を真一文字に結び、神妙な顔で行列に並ぶ。


だが、それはあくまで表面上の話だ。心の中では今までにない、アツい興奮を感じる。

 

「岩石操作!」


「うおお!当たりきたああ!これで俺も冒険者確定よっしゃあ!」


神殿の中から声が聞こえる。


どうやら岩石操作が当たった奴がいるみたいだ。並の冒険者以上にはなれるだろう。


だが、俺はそんなものもらっても嬉しくはない。世界最強の冒険者になるには全く足りない。


(世界一の冒険者……。俺は絶対にそこまで辿り着く…)


昔から、真面目にコツコツ働くなんて俺の性に合わなかった。額に汗して畑を耕す一生なんて、クソ喰らえだ。


どうせ一度きりの人生なら、世界の頂点に立って、誰もが俺を仰ぎ見るような景色を拝んでやる。


才能? 努力? そんなものは後からついてくる。


俺にあるのは、何が何でもあそこへ行くという剥き出しの執念、それだけだ。


「おい、次のレン! さっさと中に入りなさい!」


奥から神官のじいさんの厳格な声が響き、神殿の重い扉がギィと開く。


「――はい」 


短く応じ、一歩を踏み出した。


背中に冷たい汗が伝う。心臓の鼓動が、耳の奥でうるさいくらいに跳ね上がっていた。 


状況が状況だ、緊張していないと言えば嘘になる。


だが、それ以上に、俺の伝説が始まることへの狂おしいほどの高揚感が、身体を突き動かしていた。


村の奴らにも、世界一になると言いふらしてきた。


せめて上級スキル…いいスキルが手に入らなければ、俺の歩みはここで止まる。


(こい…俺だけの最強スキル…!頼んだぜ神様!)


薄暗い神殿の最奥。 


怪しく光る水晶の前に立ち、神官の指示通りに両手をそっと乗せる。


ひんやりとした感触が伝わった次の瞬間、頭の中に直接、冷徹で厳かな声が響き渡る。


『――汝に、神の加護を授ける。汝の加護はけn…』


声はそこでぷつりと途切れてしまった。


(え、けん?けんって言いかけてたよな。剣士か?剣聖か?それとも———剣神?)


そんなことを考える暇もなく、視界が真っ白に染まる。


直後、脳内に直接刻み込まれたのは、見たことも聞いたこともない未知の文字列だった。


「……【適合者】?」

 

思わず、掠れた声が漏れた。


(…なんだこのスキル?)


正面に立つ神官のじいさんを見ると、眼鏡をずり上げて水晶を二度見、三度見している。


その顔が、みるみるうちに青ざめていくのが分かった。


「こ, これは……何だ? 過去の聖典にも、教会の記録にも、こんなスキルは存在しない……! 初めて見るぞ……!」 


じいさんのうろたえっぷりに、背筋をゾクリとした興奮が駆け抜けた。 


過去に例がない? 誰も見たことがない?


(キ、キターー!!)


胸の中で、激しい咆哮が上がる。

 

間違いない、歴史の特異点ってやつだ。世界一の冒険者にふさわしい、俺だけのオンリーワンな神スキルに違いない! 


(神様も粋な真似してくれるぜ!)


「じいさん、ステータスは!? 魔力とか精神力とか、どれくらい上がってます!?」


はやる気持ちを抑えきれず、自分の前に半透明のステータスボードを展開した。


成人の儀を終えれば、基礎能力が最低でも数倍は跳ね上がるのがこの世界の絶対のルールだ。 


だが。 


そこに並んでいた数字を見た瞬間、俺の思考は完全に停止した。


【名前】レン

【職業】未定

【魔力】5

【精神力】5

【スキル】・【適合者】(※現在、このスキルは発動できません)


……は? 何だこれ。何かの間違いだろ。


目をこすり、もう一度ボードを凝視する。 


数値が変わらない。


魔力も精神力も、儀式の前と同じ『5』。


村の一般人の子供レベルの数字から、ピクリとも動いていない。


それどころか、スキルの後ろに不吉な注記がついている。


「発動、できない……? おいじいさん、これどういうことだよ」


「う、うむ……どうやら、そのスキルは完全に休眠状態……いや、機能していないようだ。もしかしたらステータスが上がっていないのも、そのスキルが吸い取ってしまったからかもしれんな…」


「つまり……どういうことだ」


神官は気の毒そうな目で俺を見つめ、残酷な宣告を下した。


「一言で言えば……発動不可の、ハズレスキルじゃな。それも、一般人以下のステータスで一生を過ごさねばならん、最悪の呪いだ」


「そんなことが、あり得るのかよ!」


頭を金槌で殴られたような衝撃が走る。 


神スキルどころか、俺に与えられたのは、スタートラインに立つことすら許されない「ハズレスキル」だった。 


――その後、どうやって神殿を出たのかはよく覚えていない。 


フラフラと広場に戻った俺を待っていたのは、地獄のような現実だった。

 

神殿の裏で結果を聞き耳立てていたらしい連中が、すでにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてこちらを見ている。成人の儀の厳かな空気なんて、結果が出ればおしまいだ。


「おいおいレン! スキルが『発動不可』ってマジかよ!初めて聞いたぜそんなん!」


「世界一の冒険者、頑張って目指せよ!あ、おまえには無理か!適合者!」


バカにするんじゃねぇ…


「…るせぇ」


「あァ!?なんだって!?」


「うるせぇッつってんだよ!!」


悔しくて、さっきまで世界一を意気込んでいた自分が情けなかった。


叫ぶだけ叫んで、俺は逃げるようにその場を走り去った。     

 


村の外れ、巨大な風車の裏。


夕日に染まる草原を見下ろせるこの場所で、俺は一人、膝を抱えて地面を見つめていた。


「……何が世界一だ。クソが」 


誰もいないのをいいことに、悪態がボロボロと溢れ出す。


あんなステータスで、発動もしないスキルで、何ができるって言うんだ。俺の人生は、始まる前に終わった。


「相変わらず、いじける時は分かりやすい場所を選ぶね、あんたは」


不意に、上から呆れたような声が降ってきた。


見上げると、幼馴染の少女、セラが、夕日の前に立っていた。手には、布に包まれた大きめのふかし芋が二つ。


「……何しに来たんだよ。笑いに来たんなら、あいつらと一緒に笑えよ。」


俺は膝に顔を埋めたまま、トゲのある声を返す。


「バカ言わないで。あんたの腐った顔見ながら食べるご飯ほど、不味いものはないわよ」


彼女は隣にドカッと腰を下ろすと、まだ温かいふかし芋を俺の頬に押し付けてきた。熱っ、と思わず顔を跳ね上げる。


「ほら、食べなさい。お腹が空いてると、余計に変なことばっかり考えるんだから」


「いらねえよ……」


「いいから受け取る! ほら!」


無理やり手に押し付けられ、芋の温かさが手のひらに広がる。


押し返そうとしたがぴくりとも動かない。


(力強くなりすぎだろ…!)


セラは俺をじっと見つめながら、こう言った。


「村の奴らの言うことなんて、気にしなきゃいいのよ。あんたが言ってた、『世界一の冒険者になる』ってのが本気だってこと、私は知ってるから」


「……慰めのつもりか? でもな、スキルが発動しないんだ。ステータスも5のままだ。これじゃ、冒険者ギルドに登録すらさせてもらえねえよ」


現実が、俺の心をゴリゴリと削る。


だが、彼女はフッと小さく鼻で笑った。


「それがどうしたの? あんた、昔っから一回決めたら誰の言うことも聞かないじゃん。スキルがダメなら、別の方法を探せばいいだけでしょ。あんたがここで諦める男なら……私が冒険者になって、あんたを一生笑いものにしてやるわ」


ツンとすました顔で、彼女は芋をひとかじりする。


そのぶっきらぼうな、だけど真っ直ぐな言葉が、凍りついた俺の胸の奥をジリジリと焦がした。


(――そうだ。何が終わりだ。何がハズレスキルだ)


神様が無理だって言ったら、はいそうですかって引き下がるのか?


そんなの、絶対に嫌だ。


スキルが動かないなら、動くまで叩き起こしてやる。ステータスが上がらないなら、努力で無理やり上げてやる。


ここで立ち止まってたまるかよ。


「……フン、お前に笑われるのだけは、死んでもゴメンだ」


俺は芋を豪快に口に放り込んだ。


喉が詰まりそうになりながら、無理やり飲み込む。


俺はーーまだ死んではいない。生きている限り、いくらでも冒険者になるチャンスはある。


「ごちそうさま。……俺、ちょっと頭冷やしてから帰るわ」


「そう。じゃあ、先に戻ってるね。あんまり遅くなると、おばさんに怒られるよ」


セラは立ち上がり、少しだけ安心したような顔を見せて村の方へと歩いて行った。


一人残された俺は、夜の帳が下り始めた空を見上げる。


この悔しさが原動力だ。


「見てろよ、クソ世界。絶対に這い上がってやる……!」


そう誓い、感情をぶつけるように自分のステータスボードを呼び出した。


もう一度、あの忌々しい数字を、現実を睨みつけるために。


【名前】レン

【職業】未定

【魔力】5

【精神力】5

【スキル】・【適合者】(※現在、このスキルは発動できません)


「……うん?」


俺は息を呑んだ。


ボードの最下部。


発動不可と書かれた【適合者】の文字が、じわじわと緑色の奇妙な光を帯びて変色していく。


――ピピッ。


突如、脳内に冷徹な、そして完全に無機質な「機械音」響き渡った。


それは昼間に聞いた神の厳かな声とは全く違う、もっと冷酷な音だった。


『警告。通常システムとの競合を検知』


『マスター権限:不一致。……再検証を実行します』


「な、なんだこれ……!?」


目の前のステータスボードが激しくブレ始め、文字列がバグを起こしたように乱高下する。


『――検証完了。対象の魂構造をスキャン。該当スキル【適合者】の真名を確認しました』


『これより、休止中の同期プロセスを再開します』


耳の奥で、無感情なアナウンスが淡々と告げる。


魂構造?同期? 何のことだかさっぱり分からない。


だが、目の前のボードは完全に俺の意思を離れ、見たこともないログを高速で流し続けている。


『エラー:神域プロトコルによるアクセス拒否』


『上位権限を行使。神域プロトコルを強制バイパスします』


『――成功。中核アクセス権限の一部解放を実行』


ブォォォォン!と、深淵に吸い込まれるかのような、恐怖心を煽る低音が脳内で炸裂した。と同時に、全身の血管を冷たい電流が駆け抜けるような、奇妙な感覚が走る。


気がつけば、ステータスボードのブレは収まっていた。


しかし、そこに表示されている内容は、神殿で見たものとは明らかに変わってしまっていた。


『初期同期率:0.01%。……待機状態へ移行します』

【名前】レン

【職業】未定

【魔力】5

【精神力】5

【スキル】・【適合者】(※エラー。中核アクセス権限:一部解放。承認コード:『――』)


「……はは」


喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。


何が起きているのか、今の俺には全く理解できない。だけど、一つだけ確かなことがある。


このハズレでしかないゴミスキルは、ステータスボードに割り込みやがった。


(こんなこと、聞いたことすらねえ…。他の奴らもこうなってる…わけはないよな)


ぞっとするような冷気の後に、腹の底から湧き上がるのは、成人の儀式以上の、狂おしいほどの高揚感。


「……上等だ。やってやろうじゃねえか」


ニィ、と。俺の唇は、自然と不敵な笑みの形に吊り上がっていた。




一般的なステータスボードに出てくる用語の簡単な説明


・【職業】: 一定以上のステータスになると、専用の儀式を受けられる。儀式で神から天職を授けられ、それが表示される。儀式を受けていない者は全員、未定と表示される。


・【魔力】: 自分の魔力出力、魔力総量の両方を総合的に判断した数値が表示される。遺物アーティファクト魔法薬ポーション、装備等、アイテムで上げることができる。


・【精神力】: 数値化された意志の強さが表示される。精神力が高いと洗脳魔法にかかりづらく、スキルを連発しても疲れにくい。アイテム等で上昇不可能なため、魔力よりも上げるのが困難なステータスである。滅多にいないが、精神力を上げ続けた者は、魔力を扱う者とは別ベクトルで強力だ。


・【スキル】: 自分が扱える『技』のことである。上級スキルであるほど、カバーする範囲が広くなる。上級スキルの【火炎魔導士】は、同タイプの下級スキル【火球ファイアーボール】を発動できる。

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