30 アクシデント(コーラル 2)
「もう一度聞くのだけど、なんの騒ぎなのかな?」
ビルフェが今度はしっかりとカルテアを見て聞く。騒ぎの中心だと見抜いたのだろう。
カルテアはビルフェの視線に押されたように少しのけぞったが、背筋を伸ばしてしっかりとビルフェを見る。
「ビルフェ殿下。ちょうどよいところにおいでくださいました。シルベローナのこれまでの所業、見過ごすわけにはいきません。どうか私に力添えをお願いいたします」
シルベローナの友人であるビルフェを前にして、いまだ態度を変えない度胸はすごい。今ここで発揮する度胸ではないと思うけど。
「所業か。その言い方ではシルベローナがなにかしでかしたと受け取れるが」
「はい。彼らもシルベローナの所業に文句を言っておりましたわ」
カルテアは手で囲んでいた学生を示して、巻き込んだ。巻き込まれた学生たちはばつの悪そうな表情になった。いまさらそんな顔をしても遅い。さんざん責めておいて知らん顔はできない。
「へえ、ならば語ってもらおうか。シルベローナがどのようなことを行ったのか。次期国王ビルフェの名において、その行いにきちんとした処罰を与えよう」
この言葉を受けたカルテアは百万の味方を得たとばかりに表情を輝かせて、周囲の学生を見る。
「ビルフェ殿下もこのようにおっしゃっています。今こそシルベローナの所業を明らかにするときです」
誰かが何かを言う前にビルフェは「でも」と付け加える。
「処罰を与えるのはシルベローナだけではない。虚偽はもちろん、確証もない情報をそうであるかのように語ることにもそれなりの罰を与える」
「え?」
「なにを驚く。当然だろう。あの宣言は誰であろうと公平に裁くということだ。どちらか一方だけに肩入れなどできないし、シルベローナだけに不利を押し付けるものでもない」
「いえっ問題ありませんわ。シルベローナの非道は明らかなもの。むしろその公平さがあれば、被害を受けた人は安心して前に出てくるでしょう」
いまだその態度を貫けるのはすごいわ。でも周囲は違う。彼らは人伝に聞いたことで判断し、責めていただけ。ここで口を開けば、なにかしらの罰を受けることは明白だと自覚しているのだろう。誰もが動かず、口を開くこともない。
「ふむ。おかしいね。君の言うことが確かならば、誰かが声を上げるはずだが。先ほどの宣言に嘘はないのだよ? 恐れずに少し前のようにシルベローナを責めてよいのだよ? もちろんたしかな根拠があればだが」
「ビルフェ殿下、もしかしてこの騒ぎを割と最初の方から把握していたのですか?」
私がそう聞くと頷きが返ってくる。ああ、その肯定で学生たちの顔色が青ざめたものになった。好き勝手言ってたものね、それが把握されていたとなると恐怖でしかないわ。
「さて、ここまで言っても誰も出てこないということは、カルテアの発言が偽りということになるが」
ビクッとカルテアの体が揺れる。
「い、偽りなどではありません。本当になにかしらの悪事を働いているのです!」
「ではその根拠を話したまえ。そうまで確信があるのなら話せるだろう?」
「そ、それは」
さすがにこの世界のことがゲームになっていますとか言えないだろうし、どう言い訳するのか楽しみだわ。なんて言うのだろう。やだ、わくわくしちゃう。
「ゆ、夢で未来を見たのです。その夢で起きたことが本当になっています。そして夢の中でシルベローナは数々の悪事の果てに、国すらその手中に収めるという不遜な行いを! 今ならば何事もなく終わらせることができるのです! どうか今のうちにシルベローナを処刑してくだますようお願い申し上げますっ」
夢ときたか。周囲の学生は信じられないようなものを見る目でカルテアを見ているが、ビルフェは真剣に受け止めた。
「夢か。たしかに人の長い歴史の中では、未来を見るという者はいた。それを神の導きと受け取り、事件や災害を食い止めたものはいた。仮に君が彼らと同じだとしよう。ならばシルベローナがどのような行いを夢の中でしていたのか語ってみたまえ」
促され、カルテアは嬉々として語る。よくそこまで覚えてるなと思うくらいにべらべらと口が動く。それをビルフェは真面目に聞いている。
カルテアが語ったのは、シルベローナが原作で行ったこと。主人公と攻略対象とのコミュニケーションにはあまり触れていない。あとさすがにシルベローナがスフィナと組んで王族に害を与えたことは不敬と受け取られると思ったのか、話していない。
「このように様々なことをシルベローナはやっているのです」
「なるほど。ではそれを元に調査してみるとしよう。まあ、調査するまでもないことも混ざっていたが。だろう、カンジョ、ダーナ」
「はっ。私がシルベローナ様に唆されて、殺人にはしるなどありえません。シルベローナ様には恩しかありません。そのようなでたらめを語られるのは不愉快以外のなんでもありません」
「私もです。そもそも特産品はシルベローナ様にもアイデアをいただいて作ったもので、邪魔などされていません。カンジョ様と同じく感謝しかないのです」
「そんなわけないわ! きっとお二人はシルベローナに脅されてそのように語っているのです。どこまで卑劣なのシルベローナはっ」
カルテアの発言で、カンジョとダーナは怒りの感情がこもった視線を向ける。黙れと雄弁に語られた視線に、カルテアは喉の奥で小さく悲鳴を上げた。
怒るのも無理ないよね。原作の不幸をシルベローナによってどうにかしてもらったのだ。それを彼らが知ることはないけど、それでも恩があると考えている。シルベローナをあしざまに言われれば怒るでしょうね。
ファナもミーアもその目に怒りの感情が宿っている。スフィナ様がここにいれば同じかそれ以上に怒っただろうし、ガルフォードなんかはどうなるか予想するのも怖い。
「ダーナの件に関しては、私も以前からいろいろと見聞きしている。シルベローナが良い方向に関わっているのは間違いない」
ビルフェの断言にカルテアは顔を青ざめさせた。
「そ、そんなビルフェ殿下までも騙されて?」
「ほう、私が見聞きしたことは全て偽りで、君の言葉の方が絶対だというのか。私も自らの言葉がすべて真実であり絶対のものとは言い切れないが、それでもきちんと様々な情報を得て判断したものなのだがね」
続けるようにミーアが口を開く。
「そもそもの話、全てを騙すような演技力はシルベローナにはないわよ。あの子は頭はいいけど、コミュニケーションには難がある。騙そうとしたらどこかでボロがでる。小さい頃から付き合いのある私が証言するわ」
この幼馴染からのフォローのような駄目出しよ。シルベローナの家族も頷くだろうな、きっと。
「小さい頃からの付き合いなんてありえないわ。あなたがシルベローナと関わるようになるのは、ビルフェ殿下と婚約が決まったずっとあとのことよ」
「何を言おうと事実は変えようがないわ。あなたが見た夢は本当に当たるのかしら? 都合のよいように思い込んでいるだけではなくて?」
ミーアの発言にカルテアは顔を俯かせる。両手で顔を覆い、なにかを否定するかのように何度も小さく首を振っている。
小さかったが「私こそが主人公」といった声が聞き取れた。
もしかして主人公がいないことで、自分がその位置になっていると思っていたのかしら。たしかに原作を知っていたら色々と行動できるけど、思った通りにすべて上手くいったわけじゃないと思うんだけどなぁ。もし上手くいってたら、カルテアの周りに攻略対象が集まって目立っていたはず。でもそうなっていないということは、順調ではなかったという証明じゃないかな。
「もう言いたいことはなさそうだな。この場は解散だ。調査結果は掲示板に張り出すよう指示を出しておく。それがどのような結果になるか、今日この場にいる者たちは心して待つといい」
カルテアから目を離して、周囲を見ながらビルフェが聞かせる。それは責めていたお前たちを逃す気はないという意思表示に聞こえた。
ビルフェにとってもシルベローナは友人だし、一方的に罵詈雑言を叩きつけていたあの状況は腹に据えかねるものがあったんだろう。
中庭にいてシルベローナを責めていた学生たちは話が終わると逃げるように去っていく。その中で一人近づいてくる者がいる。あの顔は……ロッシェだ。
「失礼。私はカルテアの友人です。気分が優れないようなので、寮へと送り届けたいのですが、よろしいでしょうか」
「かまわんよ」
ビルフェにぺこりと頭を下げて、ロッシェはカルテアの肩を抱いて去っていく。
親身になってるし、攻略していたんだろうなぁ。
中庭に知人のみが残り、シルベローナに集まっていく。
「なにもされていない?」
「大丈夫でしたか!?」
「大丈夫ですか」
ミーアとファナとダーナが心配そうに、シルベローナの体に触れながら聞いている。心配されているとわかっているのだろう、シルベローナは体中を触られても不快そうな表情を見せない。
「大丈夫だ。驚きはしたが、ショックなどは受けていない」
「本当に?」
ミーアがシルベローナの顔を両手で掴んで、じっと見る。どこかミーアが不服そうに見えるのは私の気のせいかな。
「こんなときくらい表情を崩してもいいのだけど」
言いながら頬をむにゅむにゅと揉んでいるミーア。それをファナが羨ましそうに見ている。
「ひょんとうにぃ、ひぇいき」
「本当らしいわわね」
手を離してほっとした表情でミーアは下がる。ファナとダーナも下がり、ビルフェとカンジョが一歩近づく。
「何事もなかったようでよかったよ。君になにかあればスフィナが落ち込むからね」
「本当に安心しました。うっかり誰かが石でも投げてしまいそうな雰囲気でしたからね」
ビルフェとカンジョも安心した表情で、シルベローナの無事を喜んでいる。
「申し訳ないけど、ああ宣言してしまった手前、調査しないわけにはいかない。君には不快な思いをさせてしまう」
「いや、私に後ろ暗いところはないから調べられても気にしない。むしろ怖がるのは彼らの方じゃないだろうか」
本当に原作と同じシルベローナなのかってくらい、私の知るかぎりで後ろ暗いところはないのよね。秘密にしている研究はあるけど、それは国にレポート提出していて、秘することを認められている。
ただしシルベローナ本人としては気にしなくても、侯爵家としては少し面白くないかもしれない。言いがかりで娘にマイナスイメージをつけられ、そのうえさらにあらさがしとばかりに身辺調査。そんなアクシデントが起きた令嬢の引き取り手は中々現れなかっただろう。ガルフォードと婚約していてよかったと思う。
かわりにことの発端になったカルテアの家には不幸が降りかかりそうだわ。
「ビルフェ殿下、今回のことは侯爵様とガルフォード様に報告しますが、なにか問題ございますか?」
私の問いに「ないよ」と返ってくる。
「むしろ知らせない方がおかしい。ただし侯爵家が動くとしてもこちらの調査が終わったあとにしてほしいと伝えてくれ」
「承知いたしました」
「ガルフォードにも短慮を起こすなと」
ガルフォードはどうなんだろう。動くなと言われても無理じゃないかな。
「ガルフォード様、我慢できるでしょうか?」
「私からも押えるように言っておく」
シルベローナから助けが! 彼女から言ってもらえれば大丈夫かな。
「しかし今回のこれはどうして起きたのだろうね。シルベローナに好意的ではない学生がいるのは知っていたが、それでも今回のようにいきなり騒ぎになるのが少し疑問だ」
「騒ぎの中心だった女子学生の煽りが原因ではありませんか?」
ビルフェの疑問にミーアが答える。
「そうなのだけど、彼女が動くにしても急な気がする。夢で見たとか言っていたが、それは昨日見て翌日すぐに動くようなことだろうか? 裏付けは必要じゃないか?」
「以前から夢を見ていて、裏付けがすんだから動いたということでしょうか」
ミーアの言葉に、ビルフェは首を横に振る。
「裏付けがすんだにしては、言動にたしかなものがなかった。いや確信はしていたようだが、夢を絶対のものとしていて、それ以外の情報はあまり持っていないようだったよ。なんというか地に足がついていないような」
「誰かに利用されていて、その人から大丈夫と保証されてあれだけ自信を持っていたとか?」
ダーナが思ったことを口に出す。
カルテアは原作知識があるから確信を持っていたんだろうけど、どうして今なのかは私もわからないな。頭がいいシルベローナなら気づくかも。
「お嬢様はなにか気づきました?」
「……少し疑問を抱いたことはある。スフィナが狙われたのは昨日だ。それなのに彼女は知っていた。墓地には彼女の姿はなく、目撃者には兵が口止めしていた。目撃者と知り合いで、そいつがうっかり口を滑らせ知った可能性はある。しかし墓地で誰かが襲われたというあいまいな情報だけではなく、どこの誰が襲われたときちんと情報を得ている。どこで知ったのか。情報を知れる立場の者が彼女に教えたか、情報収集が得意な者が教えたのか。そしてスフィナを私が害することで、大きななにかがあると夢で見たのか。だから急に動いたのか」
おおー、よく考える。でも最後は外れじゃないかな。原作ではシルベローナとスフィナの諍いはなかったから、そこを原因に急に動くことはないと思う。ん? もしかして逆なのかな。原作にないから、原作を絶対としていたカルテアは動いた。早期に問題を処理して原作とのずれを直したかったとか。
「誰か教えた可能性がある、か。うん、調査時にそこも調べるよう指示を出そう。シルベローナ、昨日のことに続いて、今日の騒ぎだ。数日学院を休んだ方がいいと思うのだが」
「あなた自身は大丈夫というけど、心の奥底ではストレスが生じているかもしれない。休養は必要じゃないかしら」
「一人が暇というなら、私とカンジョも付き合いますよ。学院ですることはほとんどないですから」
「ファナの言うように、私たちは休んでも問題ありませんから、いつでも頼ってください」
「私も休んだ方が良いと思いますよ。心にかかる負担というのは馬鹿にできないですから」
次々に友人からシルベローナへと案じる言葉が送られる。
それにシルベローナは少し目を見開いて、次に細めた。その瞳には嬉しさや喜びといった感情が宿る。表情も穏やかに笑みを浮かべた。とても綺麗なシルベローナが頭を下げる。
「ありがとう。心配してもらえるのは嬉しいことだな。そうだな、明日くらいはゆっくりとしようか」
「あんたは常にそれができれば、もっと印象がよかったでしょうに。今回のようなことも起きなかったかもしれないわ」
ミーアは顔を赤くし、そっぽを向いて、そう言っているが、誰もが照れ隠しとわかった。
ビルフェが小さく笑い声を漏らし、ミーアがひどいとビルフェの肩を揺らす。
少し前までの物々しさはなくなって、穏やかな空間になっていた。原作ではないこのシルベローナたちにはこんな時間が似合ってると思う。ここにガルフォードやスフィナやウェルオンを加えた光景をいつまでも見ていたい。




