29 アクシデント(コーラル 1)
シルベローナが襲われた。こんな展開は原作にはなかった。実際にはスフィナが狙われたらしいけど、一緒にいたのだから似たようなものだ。原作のシルベローナは刺客を放つ側であり、襲われる側ではない。
スフィナだってそうだ。原作では常にシルベローナ側であり、仲違いする様子もなく、シルベローナがスフィナになにかしらの被害を与えたことはないし、シルベローナ以外の人間からも原作中に被害を受けたこともない。
物語が進むとシルベローナが兵に捕まることはあるけど、それは終盤の出来事であり、原作主人公と攻略対象の仲が深まった頃のこと。原作主人公が学院にいないため、物語の終盤がどうとかいう話ではない。
原作序盤から中盤の前といった今の時期に、シルベローナたちが襲われるのは異常なのだ。
奥様とウェルオン様に寄り添われたシルベローナは一見するといつもと変わらない様子。本人が言うように大丈夫なのだろうか? 奥様たちは本人にも気づかない不安に気づいているからそばにいる? それともただ心配しているだけ? わかることはシルベローナが嬉しそうだということだけ。
シルベローナに仕える身としては、ああして落ち着いている姿を見るのは嬉しい。原作とは違うシルベローナは私にとって良い主なのだ。仕えがいがあるというのか、前世の友達に似ていて親近感を抱く。もしかしたら友人そのものかもしれず、だとしたらなおさら大事だ。
だからこそ不安もある。今なにが起きているのか。今回のことは切っ掛けにすぎず、シルベローナにさらなる害が及ぶのではないかと。
わかる範囲で情報を整理してみよう。
シルベローナたちが賊に襲われた。それは原作にはない情報。馬車の中でシルベローナが話していたけど、スフィナ狙いだったらしい。どうしてスフィナを狙ったのかはわからない。
原作との違いのせいで、何か狙われる理由が発生してないかな。違いは継承権を受け継がなかったこと。王位を狙える継承権を持っているから邪魔と思われることはあると思うけど、低い継承権のままで邪魔と思われることあるの?
継承権が問題じゃないとすると、ほかには表立ってシルベローナとスフィナが仲良くしていること。仲良くしているからなにって話なんだけど。あのコンビを見て驚いたり焦ったりするのは、私のような原作を知っている者くらい。ん? もしかして転生者が私以外にもいる? いやでも二人が一緒にいるところを見て、排除に動くのは短絡的なような気がする。原作知っているなら表立って仲良くしていることや、原作のスケジュールを思い描いて違和感を感じるだろうし。
怪しんだら、なにもかも理由づけになりそうだわ。
ひとまずいろんなことに警戒しておくことにして、考えるのは止めよう。
翌日、学院を休んだらとシルベローナは家族に言われていたが、大丈夫だからと家を出た。シルベローナが行くなら私も一緒だ。
授業が違うのでシルベローナと別れて授業に向かう。午前の授業が終わり、昼食のためいつもの部屋に向かう。その途中でちらちらと注目を集めているような気がした。ビルフェ関連で注目されていた時期はあったけど、最近はそんな注目もなくなっていたのになぜ急に?
首を傾げつつ部屋に入る。部屋にはキショウ家の二人がいて、寛いでいた。二人に挨拶をしてすぐに人数分のお茶を出せるように準備をしていく。そうしているうちにシルベローナやミーアたちがやってくる。
いつもならばシルベローナの隣に嬉しそうに座るスフィナの姿はない。皆が不思議がったことで、ビルフェが昨日の出来事を話して、念のため数日城から出ずにすごすと教えてくれた。
スフィナの心配ももちろんだが、シルベローナにも心配する声がかけられる。こうして皆から心配される姿を見ると、少し原作の姿と重なる。原作では多くの者に慕われていたから、なにかあったら大勢から今のように心配されていたはずだ。
今のシルベローナは愛嬌もカリスマもないけど、それでもきちんと身を案じてくれる友がいる。専属使用人としても、そばで見続けている傍観者としても嬉しいことだ。
昼休みが終わり、私は午後からの授業はなく、シルベローナの授業が終わるまで部屋の掃除をして時間を潰す。ほかの使用人も掃除しているためガッツリやる必要はなく、のんびりと掃除をして一時間ほどで綺麗になる。これ以上やろうとしたら、棚などを動かす必要があって一人では無理だ。
あとは授業が終わるまで図書室で調べものでもしようかな。
部屋から出て、図書室へ。そこで本を読み続けて最後の授業の終わりを知らせる鐘を聞く。本を返し、急ぎ足でシルベローナとの合流場所に向かう。
そろそろ中庭というとき、前方に人が集まっているのに気付く。
「あなたがスフィナ様を狙ったとわかっているのよ! よくのうのうと学院にこれたものね!」
といった聞き逃せない声が聞こえてきた。
スフィナを狙った犯人がいるの? 学院に通っている人だったなんて。
誰だろうと人の隙間を抜けて、人々の注目を集めている中心を見ると、そこにはシルベローナと女子学生がいた。
「は? どういうこと?」
驚きのあまり足を止めてしまう。
女子学生の方は知らない、いやたしかシルベローナの陰口をよく言っていたような? たしか友人らしき学生にカルテアと呼ばれていたはず。ほかの人よりもなんらかの確信を持ったような言い方に疑問を覚えたことがあって、名前が記憶に残っていた。
そのカルテアが勝ち誇ったような表情で、少し戸惑ったようなシルベローナを指差し好き勝手言っている。
「あれだけ慕うスフィナ様まで利用して、これを機にどのような悪事を企んでいるのかはわかりませんが、好きにはさせません!」
わからないのに、それだけ自信満々なの!?
「侯爵令嬢という立場、公爵家子息であるガルフォード様の婚約者という立場を利用して好き勝手振る舞ってきた。その横暴も今日で終わりですっ」
「そうだ! 身分が高いからってこれ以上好き勝手できると思うなよ!」
「私聞いたわ! 脅された人がいるって!」
「俺も聞いたぜ。いいように利用されて、学院を去っていた人がいるって」
「前々から怪しいと思っていたんだ! 目がやばいし、言動も貴族に相応しくない。絶対なにかやってるぜ」
「影で泣いている奴らの報復を今ここにするべきだ!」
学生たちから次々と上がる声を、カルテアは心地よさそうにしている。対するシルベローナの困惑はますます深まるばかりだ。当然だろう、そのようなこと覚えがないのだから。
「ほらごらんなさい! 悪事は隠せないわ。どこかで誰かが見ているのだから! 正義は今こそ執行されるべきなのよ!」
これはキレていい案件じゃな? いやそんなこと考えている場合じゃないわ。
今すべきは熱に浮かされた馬鹿たちの側じゃなくて、主を守るためそばに行くこと。
邪魔な生徒をかき分けて進む。
「いい加減になさってください。その妄言を吐く口を閉じてくださらないと思わず広域魔法をぶっぱなしてしまいそうですわ」
言いながらカルテアの横を通り過ぎて、シルベローナを馬鹿たちの視線から隠すように立つ。背後から小さく安堵の溜息が聞こえてきた。シルベローナもこの状況にはまいっていたということよね。守って見せますお嬢様。
「誰よあんた」
「お初にお目にかかります大馬鹿様。私はファッテンベル侯爵様からシルベローナ様の専属使用人を命じられているコーラルと申します。覚えられると不快ですので、忘れてくださって結構です」
「大馬鹿? 聞き間違いかしら?」
「いえ、はっきりとそう申し上げました。なんの根拠もない発言をそうも自信満々に言う姿はあまりに滑稽。ゆえに大馬鹿様と呼ぶに相応しいかと。もしくは三流女優とお呼びした方が?」
カルテアの顔が赤くなった。この程度で怒ったのかしら。まだ言い足りないのだけど。
カルテアは深呼吸して表面上は怒りを抑えてみせた。あら、さらに怒るような無様はさらさなかったわね。
「根拠ないとか馬鹿とか、ひどい言いぐさね。皆が証言してくれているじゃない」
「そうですね。言っていましたね」
「ならば」
「たしかに言っていました。誰かから聞いたと。自身のことではないと。そしてあなた自身も言ってましたね、どのような悪事を企んでいるのかわからないと」
私の言葉にカルテアが顔を顰めた、周囲からも小さく「ぁ」となにかに気づく声が上がる。
「確かな証拠も怪しいという情報もなく、ただなんとなく怪しいというだけで追及している人間を馬鹿と呼ばずしてなんとお呼びすれば?」
「企んでいるのは事実よ。スフィナ様と一緒にいる時点で怪しさ満点じゃない」
後半は誰に聞かせるでもない小声だったけど、なんとか聞き取れた。スフィナとシルベローナが一緒にいるとやばいって認識しているのね。
もしかしてこいつはいるかもしれないと思っていた転生者かしら? それなら無駄な自信は納得できるわ。
「そこのあなた」
「俺?」
カルテアから目を離して、先ほど声を上げていた男子学生を指差す。
「ええ。さきほどいいように利用された人間がいたとか言っていましたね。連れてきてくださらない?」
「え、いや、俺も友達からそう聞いただけで」
「そうですか。ではそこのあなた」
女子学生に指を向ける。
「今度は私!?」
「はい。脅された人がいると言っていました。ここに連れてきてくださいませんか?」
「わ、私も友達から聞いただけだし」
「おや、まあ。声を上げていた人たちは人伝に聞いたことを確かめることなく、さもそうであるかのように言っていたのですね」
わざとらしく大きく溜息を吐くと、指差した二人は決まりが悪そうに顔をそらす。
「ではここにいる方々はどうでしょう? これだけいるのですから、誰か一人くらいは直接被害を受けた人がいるのでは? そうでなければあれほどに報復をとか高々に言うわけありませんものね? どうぞ出てきて受けた被害を語ってくださいな」
遠慮なさらずと囲む者たちを見ていく。だが誰も出てこない。
「あら、奥ゆかしいのですわね。これだけの味方がいるのに出てこられないとは。もしかして被害を受けた人は誰もいないとか? まさかそんなことはありませんわよね? あれだけ好き勝手言っていて、罵詈雑言をお嬢様に叩きつけていたというのに。侯爵令嬢をそのような目に合わせるだけの証拠を持って、あなたがたはそこにいらっしゃるはずです」
「誰かいないの!? 私が味方しますわ。あなたは一人ではないの。今こそ勇気を持って前に出てきてほしい」
「ほら、こちらもこのように言っています。前へどうぞ」
カルテアと私の発言を受けて、学生たちは隣にいる者たちと顔を見合わせて、小声で誰かいないのかと話している。だが自身が被害を受けていたと名乗りでるものはいない。
「誰かいるはずなのよ。誰も被害を受けていないなんてありえないわ。早く出てきてちょうだい!」
焦りの混じったカルテアの声にも誰か動くことはなかった。
そこに聞きなれた人物の声が囲む者たちの向こうから聞こえてきた。
「なんの騒ぎだい」
人を惹きつける威厳のようなものが含まれた声に、皆の注目が集まる。視線の先にはビルフェがいた。そばにはミーアたちもいる。
こちらに近づいてくるのを邪魔しないように学生たちは道を開ける。
誤字指摘ありがとうございます




