19 集合(シルベローナ 2)
「まずはシルベローナ様に謝罪を。急な訪問を受け入れてくださりありがとうございます」
服装に合わせたか、ダーナ嬢は男の所作で頭を下げる。それに頷きを返す。
「少し驚いたが、気にしていない。ところでカンジョ殿やファナ嬢とはどういった関係なのだろうか」
「男として振る舞うために、キショウ家の劇団に世話になっています。女装男装の方面で名が広まっていますから、父上もそこに世話になれば大丈夫だと考えたようで。通い始めてカンジョ様と接することがあり、舞台で女装するまでの流れを聞きました」
「なるほどな。それで相談とは?」
「はい。カンジョ様の悩みごとを解決したように、私も悩みを解決してもらいたいと。はっきり言ってしまえば男装は嫌でして。どうにかして令嬢として過ごせるよう力をお借りしたいのです」
「ふむ。少し修正しておこう。たしかにカンジョ殿の悩みを晴らすきっかけとはなったが、私だけの力ではない。私はこうしてはどうかとキショウ家当主殿に提案し、あちらが受け入れたので上手くいった。このことは理解してほしい」
そうだなとカンジョ殿たちに視線を向けて、同意してもらう。
私の意をくみ取ったかカンジョ殿は頷いて口を開く。
「シルベローナ様が仰られたように父上が主導してくれたおかげで悩みは解決しました。ですがきっかけを作ってくれたのはシルベローナ様とウェルオン様ですね」
別に私を持ち上げずともよいのだが。完全には私の考えが伝わらなかったか。
「とまあ、カンジョ殿が言ったように私はヒントを与えただけだ」
「ヒントでも現状を変えるきっかけになるならありがたいのです」
「……すぐに思いつくのは王族からやめろと言ってもらうことだが」
ビルフェ殿下に顔を向けると困ったように笑って口を開く。
「たしかにそれは簡単かもしれないけど、なにも悪さをやっていない貴族に干渉するのはちょっとね」
まあ、予想できていた返答ではある。
「では次。聞きたいのだが、当主を男とすることに理由はあるのかね?」
「理由は……これといった特別な理由は聞いていません。なにかあるなら教えてくるはずですし。初代から男の当主が続いていますから、それを踏襲しているのではないかと。歴史を誇る父ですから、次も男という考えになっているのではないでしょうか」
男性優位の考えかとも思っていたが、歴史にしがみついている方がそれらしくあるな。
となると婿をとってきて、それを当主にというのも無理か。家の血を引く者をトップに据えたいだろうし。ほかに現当主の物理排除とかも思いついたが、そこまでして男装を止めたいというふうには見えない。
「しばらく我慢して、実権を握って当主権限で女子爵として振舞えるようにするとかしか思いつかないな。有能なところを示せば当主交代もそれなりに早まるのではないか。家を盛り立ててくれることは当主殿も嬉しいことだろうさ」
「有能なところを示すと言われましても、特にこれといったことを思いつかないのです」
「とりあえず財力を強化だろう。使えるお金が増えると、できることが増える」
「簡単にできることではないけどね」
ミーアが言ってくる。そうだろうな。どこの貴族だってやろうとしていることだと思う。
「特産品はなにかないのかね?」
「ロープです。うちでたくさん取れる植物があるのですが、それを餌にした昆虫に刺激を与えると、身を守るため粘液を吐き出します。それを加工した糸がそれなりに頑丈で、売りものとして主力です」
「その植物や糸のほかの使い道は? 植物は飼料や紙の素材として使えるかもしれないし、糸の方は布として使えるとしたら、そちらでも売ることが可能だと思う」
「そういった話は聞いたことがないですね。先祖は挑戦したかもしれないので、彼らの日記を読んでみたらなにかわかるかもしれません」
「調べるのならついでに植物の方の改良をしたかどうかも探ってくれ」
ダーナ嬢だけではなく、全員が首を傾げた。
代表するかのようにガルフォードが質問してくる。
「植物の改良ってどういうこと?」
「そう難しい話ではない。ロープが主力と言っていたから、そのロープの質を上げるための努力をしたのかと考えた。ロープの質を上げるには昆虫の粘液をより良くする必要がある。昆虫に与えるものを上質にすれば昆虫もより良い粘液を吐くのではないかね? だから餌となる植物を改良したかもしれないと思った」
「ああ、そういうこと」
ガルフォードたちは納得したように頷く。
「ということはそれをやっていなければロープの品質は上がるということに」
「そうなるが、改良に使った費用が売上として返ってくるかどうかはわからぬよ。だが上手くいく可能性もある。まあ、初期費用を準備できるかどうかもわからぬが」
「できそうにないですね」
ダーナ嬢が首を振り言う。財政は楽なものではないのだろう。
「だとしたらごく小規模でまずはやってみることだ。それこそダーナ嬢に許される範囲で」
嬢とつけられたことでダーナ嬢がほのかに嬉しそうにしている。それを私だけではなく、ほかの者たちも微笑ましそうに見ている。
それに気づき、ダーナ嬢は小さく咳払いして口を動かす。
「私に動かせる範囲と言われてもどうやればいいのかわかりません」
「将来のため今から人を動かす経験をしたいと当主殿に話す。先祖や当主殿が立派に守ってきた家を私もつつがなく守っていきたいのですとか持ち上げれば、話を聞いてくれるのではなかろうか。そしてロープ作りの家族に命令を出せる権限をもらい、そこに給金を渡して、これまでとは違ったやり方をやってもらい、質向上の実験を行っていく。大きな家でやろうとすると失敗した場合の損失も大きく、断られるかもしれないから、大きく利益をだしていない小さな家でやるといい」
「給金を出すと言って父上は頷いてくれるでしょうか」
「自腹でどうにかすればいい。男装は嫌だというが、似合ってはいる。それは武器になる。キショウ家の劇団で舞台に上がらせてもらえば、給金をもらえるだろう」
「舞台に上がる許可がでそうにありません。歴史ある貴族がやることではないと言われそうです」
「当主殿は演劇に詳しいのかね?」
ダーナ嬢は首を横に振る。
「だとしたら簡単だ。男として振る舞うことに必要だと言えばいい。多くの人から見られることでより完成度が増すというプロからの助言だと言えば、素人の当主殿は従うほかない。そもそも男を演じろと命じたのは当主殿だ。完成度を高めることに反論など言えやしないさ」
ダーナ嬢は少し考え込んで、迷いの表情を浮かべた。
「……品質向上など行おうとすると、父上を何度も騙す必要がありますね」
あまり乗り気ではないか? だとすると、
「それが駄目ならほかの考えは、普段は男装してどこか親しい友人の部屋でこっそりおしゃれさせてもらい気晴らしするということくらいだ。これ以上は案はでないぞ。現実的でないものならば現当主を排除してやりたいようにやるとか、婿をとってそいつを当主に据えるというのもあるがね。こっちは無理だろう」
「前者は無理としても後者は無理かしら?」
ファナ嬢が聞いてくるので、余所の家の血が流れている者をトップに置くことを許容できないだろうと返すと納得したように頷いた。
分家から婿をとってくるのもありかもしれぬが、それで納得できるなら当主殿がとっくにやっているだろう。
「ああ、もちろん助言など無視してこれまでの通り過ごすというのもありだ。私はこうしろと強制しているわけではなく、これでどうだろうかと提案しているにすぎん。他家の事情に干渉できる権力など持っていないしな」
「……」
考え込み始めたな。すぐには答えなどでないだろうから放置でいいか。
「さてスフィナ様、お待たせした。なにをしようか」
スフィナ様は驚き顔でダーナを見てから、こちらを見てくる。
「え? ダーナ様との話は?」
「見てのとおり考えている。すぐに決められる様子ではないから、放置でいいでしょう。カードゲームでもどうかな。人数はそろっているから、相手に困ることはない。それとも私とミーアとファナ嬢の上手ともいえない演奏を聞くのでもいいが」
「私も演奏するの!?」
突如演奏させられることになり、ミーアが驚きの声を上げる。
「ほとんど黙ったままで暇だったのではないかね?」
「たしかに暇ではあったけど。いきなり王族の前で演奏しろって」
「ではスフィナ様も混ぜて行おう。聞かれるのではなく、一緒に演奏なら大丈夫なはずだ。なに失敗して当然。のちのちの笑い話の一つにでもなろう」
巻き込まれたスフィナ様が目を丸くしている。
「失敗前提なの?」
「当然。四人で演奏したことなどないのだ。ぶっつけ本番で成功するはずもなかろ。ガルフォード、楽器を運ぶのを手伝ってくれ。コーラルは遊ぶためのカードの準備を」
「わかったよ」
「承知しました」
「ああっ勝手に話が進んでいく」
ミーアには悪いが流されてくれ。
こうでもしないと遊ぶという雰囲気にはならないだろうしな。やはり王族が一緒にいるということで雰囲気が硬い。無理に壊すよう動かなければ、硬い雰囲気のままなにかしらを話して終わりになりそうだった。いつもどおり話してくれというのがビルフェ殿下の注文だったから、硬い雰囲気は望みのものではないはず。その証拠に止めようとはしていないからな。
アコースティックギターが私、ハープがミーア、フルートがファナ嬢、スフィナ様がベルを選んで、練習もなく始める。
「基本曲だと習った『風の誘い』でいいか?」
「それなら弾けるけど」
「大丈夫です」
ミーアとファナ嬢がいけると言い、スフィナ様にも聞く。
「まだ音楽に関しては習ってないので知りません」
「ではここだと思うところで鳴らしてくれ。発表会とかではないから気楽にやってくれてかまわない。どうせ最初はばらばらだろうし」
戸惑いながらもスフィナ様は頷いた。
1、2、3、はいと合図を出してそれぞれが思い思いに演奏を始める。控えめにベルの音も響く。そこまで長い曲ではないため二分もせずに終わる。
想像したとおりにばらばらだったな。聞いていたガルフォードたちも苦笑いを浮かべていた。ダーナ嬢にとっては考えごとの邪魔にしかならなかったようで、考えるのを止めてこちらを眺めていた。混ざるかと小さく手招きしてみると、小さく首を横に振られる。
「やっぱり駄目だったわね」
「まあ、最初はこんなもんだろうさ」
「次やるわよ。ビルフェ様に下手なものを聞かせて終わりというのは我慢ならないもの」
ミーアの勝気な面が出てきた。ほかの二人に続けていいか視線で尋ねると頷きが返ってくる。
まあ、それなりにやっていれば合ってくるだろう。
「ほら始めるわよ」
「はいはい、急かさずともやるさ」
一時間ほど演奏を繰り返し、これが最後と決めた演奏でとりあえず形にすることができた。拍手が送られてきて、四人で観客に一礼する。
スフィナ様もやりとげて楽しそうだった。そんなスフィナ様を見て、ビルフェ殿下も嬉しげだ。
「ミニコンサートはこれでおしまいだ」
「まだ満足できないわ。もっと上手くやれたはずだから、次の機会があったらまたやるわよ」
「遊びの範疇でなら付き合うよ」
「私もです」
「私も。また来ていいのならですが」
遠慮がちに言ってくるスフィナ様に頷くと、嬉しげに微笑む。
「父上たちにベルを頼もうか。部屋でも練習ができるよ。いやほかの楽器でもいいかもしれないね」
微笑んだまま言うビルフェ殿下に、スフィナ様はこくこくと頷く。
「さてお茶を飲むなりして少し休憩したら、カードで遊ぼうか」
「はいっ」
聞いていて気持ちの良い返事がスフィナ様から返ってくる。元気でよろしい。
その後、二時間ほどカードで遊び、皆帰っていった。
その帰り際にビルフェ殿下から礼を言われた。スフィナ様の子供らしい様を見ることができたことについてだった。
求められた役割を全うできたようでなによりだ。




