20 集合(ダーナ)
クリントス子爵家長子ダーナ
我が家は代々長男に当主を継がせているらしい。父上もそうしようと考えていたようだけど、私を含めて生まれたのは三人とも女だった。
そこで父上はもう一人作るか、私を男として育てるか考えて、後者を選んだ。私が七歳になる少し前のことだ。
その日から私は男として過ごすようにしつけられ、着るものなども男物にすべて変わった。
私自身の趣味に合わず、最初は嫌がっていたけど、叱られ続けて諦めた。
豪華とは決して言えないが、それでも女物の衣服を着ることができる妹たちがとても羨ましかった。
八歳になっても男として振る舞うことはかわらなかった。でも男として振る舞うことに教師がいたわけではないので、ちゃんとやれているかどうかなどさっぱりだった。父上から見ても疑問の演技だったのだろう。何度も指摘されたが、そう言うなら教師をつけてくれと言い返すと渋い顔で黙る。
うちはあまり財政的に余力がないので、当主としての勉強にも教師がついてはおらず、父上の仕事ぶりから学んでいた。そんな状態で教師を雇うことなどできず、私の言い分が正しいと認めつつも頷くことはできず黙るしかないのだ。いつもは偉そうに振る舞う父上が、このときは黙るのが少し楽しかった。
そんな日々を過ごし、あるとき父上に呼ばれ執務室に入る。
「来たかダナン」
頷く。そう呼ばれることにも慣れてきた。
「前々からどうにかしようと思っていた男としての振る舞いの解決策ができた。キショウ家がおかしなことをやっていると情報を得た。なんでも女装劇や男装劇を雇った劇団にやらせているらしい。これだから新興貴族は」
うちは歴史だけはあるらしいから、父上はキショウ家など比較的歴史が浅い家を下に見る。歴史は浅くとも貴族としての力は強いところが多いから、社交の場はそういった態度は見せず、家でのみ馬鹿にする。
聞いていて気持ちの良いものではないため先を促そう。
「話の続きをお願いします」
「ん、ああ。キショウ家の劇団に行って、男としての振る舞いを習ってこい」
「わかりました。そのことはキショウ家に伝えてあるのですよね」
「手紙を出しておいた」
「いつに来てくれといった返事はあったのですか?」
「歴史ある我が家からの頼みだ。断ることなどありえんさ。いつでも歓迎だろう」
「……わかりました」
向こうにも都合というものがあるだろうに。まあ、行って断られたならそれでもいいか。
劇団の場所を聞いたら知らないということで、自分でそれも調べることにして、見つけた劇団に向かう。
父上はおかしなことだと言っていたが、劇の評判自体はそれなりに良く、私の練習に付き合う暇があるのかわからなかった。
練習に使っているという建物に徒歩で向かい、玄関から声をかける。
「はい、何用でしょうか」
「私はクリントス子爵家の長子ダナンと申します。父上からここで世話になるよう言われて来たのですが、その話を聞いてますか?」
「貴族様が? 私は把握していないので、知っていそうな方に聞いてみます。とりあえず応接室に案内しますのでどうぞこちらへ」
「ありがとう」
案内された応接室で待つこと十五分ほど。少し年上に見える二人の男女が入ってきた。顔立ちが似ていて、家族なのだろうとわかる。
「お待たせしました。キショウ子爵家長男カンジョと言います」
「キショウ子爵家長女ファナと言います」
たまたま見物に来ていたのだろうか? そんなことを考える前に挨拶しなくては。立ち上がり頭を下げる。
「クリントス子爵家長子ダナンと言います。本日は急な来訪申し訳ありません」
「いえ、とりあえずお座りください」
カンジョ様に勧められて椅子に座りなおす。
「クリントス子爵様からこちらに世話になるように言われたということですが」
「はい。父上は手紙を出したそうなのですが、その反応だと聞いていないのでしょうか? 突然の頼みだったのでその可能性はありえますが」
「一応聞いてはいます。ですがその一方的な内容だったらしく、悪戯の可能性も考えられると父は言っていまして」
無礼な感じの手紙だったのだろう。一応本物だったことを考えて、キショウ子爵様は悪戯ということでことを収めようとしてくれたと考えられる。
父上もそんな手紙を出したのなら、ここで世話になることを本気で勧めてはいなかったのではないかな。
「申し訳ありません。父にかわり謝罪させていただきます。今回の話はなかったということで。忙しいため断られたと父には言っておきます」
「あら、別に受けてもいいと思います」
ファナ様が引き受ける方向で発言し、私は思わず驚きの感情を表に出す。
「どうしてだい、ファナ」
「カンジョも気づいているでしょ、ダナン様が女ということは」
「ああ、気づいてはいるが」
「え、ばれていたのですか?」
お二人とも頷く。毎日男装や女装を見ていて、変装には見慣れているのだそうだ。
「そのように日常から男装して過ごしているということは、なんらかの事情があるのだと思います。なにゆえにそうしているのかは聞きませんが、見抜いておいて放置というのも無情というものかと。さすがに本格的な指導は無理ですが、少しくらいならば大丈夫でしょう」
「その場合は貴族としての扱いはされないぞ? 父上がああいった対処としたのだから、今日ここに貴族のダナン様はこなかったことにした方がいい。となると今ここにいるダナン様は劇団に興味を持って体験しにきた庶民とした方が無難だ」
「貴族を庶民として扱うのは、少しまずいかもしれませんね。ダナン様、いかがなさいますか?」
「少し考えさせていただきたい」
断りを入れて考える。
この流れは私にとって都合が良いと思う。本格的な男の演技は、どうしても気がのらない。少しの指導の方が気が楽でいい。その少しの指導でも、演技知識がない現状よりもましになるのだろう。その向上で父上も納得してくれるのではないかな。
貴族としての扱いはいまさらだろう。女なのに男扱いされているのだ。庶民として扱われてもどうともない。暮らしぶりもそこまで庶民と変わらないし。
「短期間お世話になる方向でお願いします」
「ではその方向で。父にもそのように伝えておきます」
「早速練習といきましょう。皆、練習を始めていますよ」
ファナ様に手をひかれ立ち上がる。
劇団員が集まるところに移動し、そこで男装劇に興味があって一時的に入団するという紹介をされて、男装組に入れられる。私が貴族と名乗った劇団員もいたけど、カンジョ様たちの紹介でそういうことになったのだと察したらしくなにか言ってくることはなかった。
一時的な入団は珍しいものではないようで、気軽に挨拶されたのち男装の心得などを教わる。
驚いたのはカンジョ殿が女装組に混ざって演技練習していたことだ。
指導してくれている劇団員が驚いている私にどうしたのかと聞いてくる。
「カンジョ様が練習に混ざってらしているので」
「女装劇には興味なかったの? カンジョ様はレギュラーとしてほとんどの劇にでているわよ」
「そうなのですか? 貴族なのですよね?」
ここには見学に来ているだけと思ったのに、練習に混ざっているだなんて。演技を磨くために練習に混ざるならまだなんとか理解できるけど、女装演技は必要ないはず。
「身分のことも知っていたのね。私たちも知ったときは驚いたけど、好奇心だけじゃなくて演技は真剣にしているし、楽しんでもいるからそのうち仲間意識が芽生えていたわ。変わった方だけど、良い方よね」
楽しんでやっているの? 私は男の演技は嫌なのに。カンジョ様はどうして楽しめるのだろう。
その後、指導を受けながらカンジョ様を見ていたけど、本当に楽しそうだった。ファナ様もそんなカンジョ様をおかしなものを見るといったこともなかった。
どうしてそんな楽しそうなのか、気になった私は指導が終わると足が自然とカンジョ様に向き話しかけていた。
「お聞きしたいことがあります。このあとお時間よろしいでしょうか」
「ええ、かまいませんよ。汗をふいたら、また応接室に行くのでそこで話しましょう」
たいして時間がかからず、カンジョ様とファナ様は応接室にきて、すぐに話を始める。
「それでお話とは?」
「カンジョ様が女装組に混ざって演技練習しているところを見ました。とても楽しそうだった」
「そうですね。私にとってあの時間はとても楽しめるものです」
彼の微笑みを見ると、私の心が刺激される。
「どうしてですか? 私は男装を楽しめない。普通に女として過ごしたい。男のふりは嫌だ。なのにあなたはどうして楽しめるのですか!? 私とあなたで何が違うの!?」
気持ちがたかぶり強い口調の私をお二人は驚いたように見てくる。世話になっている身としてこのような言葉遣いは失礼にあたるのだろう。しかし我慢できなかったのだ。
カンジョ様も嫌そうにやっていれば、とは勝手な考えだとわかる。しかしもしそうであれば、私は同類を見つけることができて何事もなく指導を受けることができた。
楽しそうな彼は、私にとって見たくないものだ。
カンジョ様は微笑みを消してこちらを見てくる。叱るといった雰囲気ではなく、真剣な表情だ。
「私は女物の服を着たり、装飾品を身に着けるのが好きなのです」
「え?」
何を言っているの? 戸惑った私を気にせずカンジョ様は続ける。
「ふざけているわけではありません。小さい頃からこうなのです。しかし次期当主がそれでは駄目だとファナ以外の者にはいい顔はされなかった」
「今は許されたのですか?」
「今も許されているわけはありません。しかしうちが力を入れている舞台ならば別。そこならば仕方ない、こうしてよいという雰囲気が作られ、舞台では女装が許されています」
周囲を納得させられる場を得たの? 自分で掴み取ったの? 私にはできなかったことをやったのか、この人は。
そう聞くと首を横に振られる。
「この場を生み出したのは自力ではありません。とある方が協力してくださった。絶対にとはいえませんが、もしかすると彼女ならばあなたの悩みを解決してくれるか、そのヒントでも与えてくれるかもしれません。ちょうど近々遊びに行くことになっています。同行されますか?」
ある方への親愛が篭った声音の誘いを私は断れなかった。自分でどうにかする方法など思いつかない私は、カンジョ様を救ったという方に希望を見出し、頷くことしかできなかったのだ。
カンジョ様たちとファッテンベル侯爵家に向かうことになり、馬車に乗せてもらう。
到着までの間に、シルベローナ様のことを教えてもらう。侯爵令嬢ということに驚き、同年代ということに驚き、女装劇男装劇発案が全て彼女ということに驚く。
どのような才女かはたまた変人かと考えながら屋敷に入ると、そこにいたのはビルフェ様。なぜ王族がとまた驚かされて、一緒にシルベローナ様に会うことになる。
自室だという扉を開けた向こうにいたのは、綺麗だけれども目が不気味な子だった。事前に聞いていたけど想像以上だ。
そして想像以上なのは見た目だけではない。発言もその内容も想像以上だった。
父上を騙せと勧められるとは思わなかった。ほかに教わったことも私一人では決して思いつかなかったことだろう。それが上手くいくのかは私には判断がつかない。それでも明確な指針をもらえたことはたしかだった。
私が考え込み始めたことで、シルベローナ様はスフィナ様の相手を始める。最初スフィナ様を見たときは作ったような笑みと思ったけど、遊んでいるスフィナ様は年相応の表情になることもあり、楽しい時間を過ごせているようだったのが印象に残った。
キショウ家のお二方が帰るということで私も一緒に馬車に乗せてもらう。
「今日はどうだった? なんらかの助けになればよかったのだけど」
カンジョ様が聞いてくる。
「あそこまで具体的な助言をいただけるとは思っていませんでした」
「シルベローナ様の提案にのるのかしら」
ファナ様の問いには首を縦に振れない。やらないのではなく、踏ん切りがつかない。
「もう少しだけ考えてみます。父上を騙すということに迷いがありますから」
「騙す方法を選んだのか。友人に協力してもらう方法はとらないのかな?」
「そちらは解決にならないと思いまして」
それに男を演じている自分をあまり見られたくないのだ。
「そっか。じゃあまだ劇団に給金とかの話をしなくていいね」
「はい。ちなみにシルベローナ様は私の男装を武器だと言いましたが、劇団で通用するほどなのでしょうか」
「今のままだと難しい。でも指導をまじめに受けたら舞台に上がれるだろうね」
先に舞台に上がっている先達の言葉だ。真面目にやれば本当に舞台へ上がることができるのだろう。
男装姿を見られることは嫌だけど、いろいろとやるのにお金が必要なのは事実。父上は無駄な出費と言って、ロープ改良にお金を出さない可能性が高いと思う。子供が言いだしたことなど成功する見込みが低いと考えるだろう。だとしたら自身で準備する必要があり、お金を稼ぐツテは劇団しか今の私にはない。
シルベローナ様の案を採用するなら、必要なことだと割り切って、舞台に上がる必要がある。
悩ましい、本当に悩ましい。
キショウ家のお二方は考え込む私をそっとしてくれて、そのまま別れる。
家に帰っても考え続け、家族に話しかけられてもいいかげんな受け答えになってしまった。
考え込みすぎて頭が痛くなって、翌日はベッドの中で過ごすことになる。
それでも考え続けて夕方になり、男装したままでこの先ずっと過ごしたいのかと自問し、それは嫌だと結論が出る。
そう決めたのなら動こうとベッドから起き上がる。結論が出たことで頭痛など不快感はひいていた。
夕食の匂いが漂う食堂に行き、母や妹たちに心配されて大丈夫と答える。顔色が良くなっているようなので、その返事を信じてもらえた。
椅子に座り、夕食を待つ父上に夕食後お話がありますと告げる。
なぜか少し目を見開かれたが、わかったと承諾の返事をもらえて、私も椅子に座って夕食を待つ。朝と昼を抜いているのだ、早く食べたいとお腹が煩い。
夕食後、父上と執務室に行き、机をはさんで向かい合う。父上はうちには少々立派すぎる椅子に座り、私を見てくる。
「それで話とはなんだ」
「昨日男の演技指導を受けて将来を考えました。家を継ぎ、父上のように立派に家業を行っていくには、今から努力する必要があると」
静かに聞いている父上は、立派に、と私が言ったことで少しだけ表情が緩む。
シルベローナ様が言ったように持ち上げれば機嫌が良くなった。
「努力とはなんだ。なにか方針でもあるのか」
「うちの主力はロープです。それに関わっていきたいと思っています。いきなり全部やりたいとは申しませんし、できるとも思っていません。父上のように執務になれていない私が手をだせば失敗する未来しかないとわかっています」
「そうだな。そこまでわかっていて、関わりたいという。なにをしたい」
父上は不快そうではないな。持ち上げたことがきいているのだろうか。
「一軒。私が関わっても財政に問題のでない、小さなロープ作りの家を私に任せてください。そこで失敗も成功も学んで将来の糧としたいと存じます」
ふむと短く発した父上は背もたれに体重を預けて私を見てくる。その表情は感動に近いか?
「……子供の成長は早いものだ。ついこの前まで何も知らず暮らしていると思っていたが。そこまで家のことを考えて立派になろうという志を嬉しく思う。いいだろう。お前の言うように一軒任せてみよう」
「ありがとうございます」
家のことなど考えていない。私が私として過ごすための提案だ。一歩踏み出した、この歩みを止めたくはない。このまま騙されてもらいますよ、父上。
誤字指摘ありがとうございます




