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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
7章:死者の町

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7:3『年貢』


 この町の人間が私たちを焼き払おうとした意図。その原因は吸血鬼共が関与していると伝えられ、私は「やはりか」とリディに握られた右手をじっと見つめる。


「あのさ、全部吸血鬼のせいって……。この町で何があったんだ?」

「ずっと前にこわい吸血鬼がこの町にやってきて、町の人を叩いたり蹴ったり……とてもひどいことしたの」

「……それで?」

「吸血鬼は『言うことを聞かないとまたひどいことをするぞ』って町の人を怖がらせて……。だからね、町の人はおねえさんたちにひどいことをするの」


 少女らしい拙い言葉で説明をするリディ。つまりは『吸血鬼共に脅され、従うしかなかった』からだろう。私はリディの小さな手が震えていることに気が付き、高姿勢なジョスへ視線を移す。


「お前が『出ていけ』と追い出そうとしたのは……やはり私たちを手助けするためだったか」

「ち、ちげーよっ! よそ者のお前らがうざかっただけだ!」

「……まぁいい、それよりもだ。町の人間は吸血鬼共に何を命令されている?」

「そのお洋服……こわい吸血鬼とけんかする人でしょ」


 お洋服が指しているのは私たちが着ているリンカーネーションの制服。リディも含めこの町の人間は、制服を着た者が吸血鬼共を始末する組織に所属していることを認知しているらしい。


「こわい吸血鬼はね、町の人におねえさんたちを『つかまえる』か、その……」

「……何だ?」

「『ころせ』って言われてんだよ。お前らみたいな服を着たよそ者をな」

「なるほど。生け捕りを諦め、殺そうとしたのはそれが理由か」


 言葉を詰まらせるリディの代わりにジョスがそう付け加える。恐らく食糧庫で私に歯が立たないと踏んで、寝付いた深夜帯に焼き払おうとしたのだろう。


「気掛かりなことがある」

「は? 何だよ?」

「食糧庫を物色した時、農作物や畜産物の量が妙に少なかった。国と商談でもしているのか?」

「吸血鬼のせいに決まってんだろ。毎月毎月、町の食糧をずっと奪われてる。だからおれたちは腹いっぱいにご飯を食べれなくて、でも食糧がないと誰かが代わりに連れてかれて……」


 バツが悪そうに視線を逸らしたジョス。その言葉には()瀬無(せな)い思いが込められている。


(色々と辻褄は合う。嘘はついていないようだな)


 長い白髪と両肩を震わせたリディの顔は()せこけ、ジョスの身体の肉付きはあまり良いとは言えない。思い返してみれば、食糧庫で襲い掛かってきた男たちの顔つきも随分と衰弱していた。


「けどさ何で人の食糧を集めてるんだ? 吸血鬼って人間の血を飲むんじゃないのか?」

「お前のような異世界転生者(トリックスター)の為だろう」

「異世界転生者の為……?」

「魔女の馬小屋のように吸血鬼共は異世界転生者を利用している。利用するために必要不可欠なのは人間用の食糧(・・・・・・)。それが徴収する目的だ」


 何人かの異世界転生者が既に吸血鬼共の元へ連れていかれた。そうスフィンクスから聞いている。異世界転生者の為に食糧を根こそぎ搾り取るつもりだろう。


「……お前たちはなぜ私たちを助ける? この町から逃がすためか?」

「おにーさんが言ってたから」

「へっ? 俺、何か言ってたか?」

「言ってた。『もし吸血鬼で困ってるなら、となりに解決できる人がいる』って」

「えーっと、隣ってことは……」


 隣に立っていたキリサメが私の横顔を見つめてくる。余計な一言が多い、と私が嫌な顔を浮かべると、キリサメは焦燥感に駆られながら中腰になった。


「ほら、あれはそういう言葉の言い回しっていうかさ! 本当に隣にいるんじゃなくて、遠いところにいることを隣っていう言い回しっていうか……!」

「えっ……このおねえさんのことじゃないの?」

「ご、ごめん! このお姉さんはすっごく弱いんだ! それにこう見えてもすっごく怖がりでさ! 吸血鬼と会ったら気を失うぐらい臆病で!」


 好き勝手に嘘をつくキリサメ。ジョスは半信半疑の状態だったが、リディは人を疑うことを知らないのか、すっかりと信じ込み暗い顔していた。


「ほらな、言っただろリディ。こいつらおれよりもケンカ弱そうだし、アイツらに敵いっこないって」

「……うん」

(かあ)ちゃんも前に言ってたぜ。『アイツらの爵位(しゃくい)は伯爵だからだーれも倒せない』とか」


 爵位は伯爵。その情報を耳にし考える素振りを見せていると、リディは私からゆっくりと手を離す。


「でも、でもジョス。このままだとおかーさんが、おかーさんが連れていかれちゃう」

「連れていかれる……。まさか今度は君たちのお母さんが?」

「うん、町の人が言ってた。『食べ物がないからおかーさんを渡すしかない』って。だからね、わたしたちはこの町からにげることにしたの」

「ん、逃げるって?」

「三日後の夜にアイツらはやってくる。母ちゃんとリディとおれの三人で、ネクロポリスまで逃げるんだよ」 

 

 ネクロポリス。私が次なる中継地点として定めた町。意気揚々とジョスは語っているが、その顔はやや罪悪感が満ちている。恐らくは町の人間を裏切る行為に対しての罪の意識だろう。


「仕方ねーから、明日の朝までここに隠れてていいぞ。朝になったらとっとと出てけよ」

「この風車小屋はお前たちが改造したのか?」

「ううん、おとーさんが作ってくれたの。わたしとジョスの秘密基地にしていいよって」

「へぇー、秘密基地かぁ! 俺も昔は自分だけの居場所が欲しくて、押し入れの中を改造してたなぁ!」

 

 ワケの分からないことを述べながら感心するキリサメ。私は細部まで改造された風車小屋を歩き回りつつ、天井を見上げ壁に背を付けた。


「ねぇ、おねえさん」

「何だ?」

「おねえさんも吸血鬼がこわいの?」

「……何とも言えん」


 問いかけてきたリディに対して私は曖昧な返答をする。今はキリサメが吐いた嘘が事実であるように振る舞うべきだろう。


「わたしは、とてもこわいの」

「そうか」

「吸血鬼は、いつもわたしの大好きな人を連れてっちゃう。優しいおにーさんだって、楽しいお話をしてくれるおねえさんだって、みんな連れてっちゃう。……わたしやおかーさん、ジョスが大好きだったおとーさんも」

「……父親も連れていかれたのか?」


 リディは静かに頷くと白のワンピースの衣嚢(いのう)から、四つ折りにされた画用紙を取り出す。


「これがわたしのおとーさんだよ」


 開いた画用紙にクレヨンで描かれていたのは拙い絵だった。四人並ぶ中でリディが指差したのは背が高い人物。


「おとーさんはね、とっても優しくていっぱい遊んでくれた。おかーさんともいつも仲良しで、けんかもしなかったの」

「……」

「でも、おとーさんは連れてかれちゃった。また帰ってくるっておとーさんは言ってたけど……ずっと帰ってこない。もしもおとーさんが、もう帰ってこなかったら──」


 私は言葉を止めるように右手をリディの頭に乗せた。俯いていたリディはゆっくりとこちらの顔を見上げる。


「それ以上は口に出すな」

「でも、でもおとーさんは……」

「父親のことが嫌いか?」

「き、きらいじゃない……! 大好きだよ……!」

「なら父親を、家族を信じてやれ。必ずこの町に帰ってくるとな」


 こくんと頷いたリディは画用紙を四つ折りにして衣嚢に仕舞う。そろそろ朝まで一息つくか、とその場に座ろうとした。


「きゃあぁあぁあああぁーーッ!?!」

「な、何だ、今の悲鳴……!?」


 その瞬間、町の北側から女性の悲鳴が耳まで届く。キリサメは辺りをウロウロしながら慌てふためいた。 


「今の、おかーさんの声……」

「何だと?」

「おかーさん……っ!!」

「なっ!? おい、待てよリディ!」

 

 リディはボソッと呟くと秘密基地の隅まで駆け寄り、地上へ降りるための梯子はしごを下っていく。ジョスもまたリディの後を追いかけようと、梯子に手を掛けた。


「アレクシア、俺たちもジョスたちを追いかけよう!」

「……恐らく吸血鬼共がこの町に姿を現した。食糧を貢ぐ日時を、吸血鬼共が約束通り守るとは思えん」

「おい、何言ってんだよ!? 早く追いかけないと……!」

「相手の爵位は『伯爵』だ。更に『アイツら』と一括りにしていた。つまり二匹以上は確実にいる。支給された武装にも限りがあるとなれば……むやみな交戦は避けるべきだろう」


 私たちの目的地はあくまでもアダール・ランバだ。旅の道中で何が起きてもおかしくはない。やり過ごせる場面はやり過ごすべきだ。例え、この町を見捨てようとも。


「──ッ! だったら俺一人でも行くからな!」

「勝手にしろ」


 説得しても動かないと察したキリサメは梯子を降りていく。私は後ろ姿すら見送らず、足元に落ちていた四つ折りの画用紙を拾い上げた。


「……家族か」


 お世辞にも上手いとは言えないが、クレヨンの色が上塗りされていることから、何度も描き直したのだろう。


「これは……」


 リディの陰の努力を感じつつも画用紙を裏側に向けてみれば、輪郭が定まらない文字が書かれていた。


Lydie(リディ) Claudel(クロウデル)……」


 書かれていたのはリディの姓名。本来ならば姓名に目が止めることなどない。だが私はClaudel(クロウデル)という文字に目を疑った。蘇るのは過去の記憶。


『お前たちクロウデル家はなぜ私を匿う?』


 師でもあるアイツを失ったあの日から、Hybris(ヒュブリス)である私の居場所は消えた。そんな私を唯一温かく迎え入れたのはClaudel(クロウデル)家。どの時代に転生しても、クロウデル家の人間は必ず歓迎してくれた。


『だってあなたはクロウデル家にとって英雄で、家族みたいなものだから』

『……またその答えか』

『ふふっ、どの時代でも同じ答えが返ってきますよ。覚えておいてください。クロウデル家はいつ何時も──必ずあなたの味方だと』


 過去の記憶を思い返しながら画用紙を四つ折りにし、制服の懐に仕舞う。


Claudel(クロウデル)家がこの時代まで……」


 私は独り言をぼそぼそと呟くと、地上まで続いている梯子をしばらく見つめていた。



―――————————————



 小雨が降り続くゼンツァの町。男たちが手に持った松明の灯りに照らされるのは、鋭い牙と白い肌の者たち。


「あ、あの、以前仰っていた話では三日後のはずでしたが……?」

「あ? そんなの()に受けてたのかよォ? オレらが予定を守るわけなくねェ?」

「で、ですが、決めた日に来て頂かないと献上する食糧も用意ができずに……」

「ギャハッ、知らねェ知らねェ! どーにかしろよなそんぐらい!」


 ダラダラと冷や汗を掻きながら町長の前に立つのは、酷く荒んだ顔つきの吸血鬼に、下品な笑い方をするのは吸血鬼。周囲には子爵が数匹仕えていた。


「ジャッ、食糧もねぇみたいだし約束通りこのメスを貰っていくぜェ」

「ま、待ってください。せめて、せめて最後に子供たちと挨拶を──」

「ギャハハッ、知らねェ知らねェ! 子供とかどーでもヨシだろ!」


 ジョスたちの母親の願いを聞き入れず、伯爵たちは出発しようとしたが、


「おかーさんっ!」

「リディ……!」

「あ? なんだこのガキはァ?」


 リディが母親へと飛びついた。荒んだ顔つきの伯爵は鋭い目つきでリディを睨む。


「行かないで、おかーさん……! わたしたちを、おいてかないで!」

「ごめんなさいリディ。でも仕方がないの。私が行かないとこの町は……」

「いやだ、いやだぁっ! おかーさんと離れたくないっ! ずっといっしょにいたいの!」

「……リディ」


 母親は泣き喚くリディを優しく抱き寄せた。その光景を追い付いたジョスが目にし、たまらず後から飛びつく。


「ギャハハッ、キモチわりぃーなおい! 何をメソメソ泣いてんだよこいつら! おらぁ、どけよクソガキ共ォ!」

「きゃあ……っ!?」

「うおわっ!?」

「リディ、ジョス……!」 

 

 下品な笑い方をする伯爵が抱き着いてたリディとジョスを乱暴に投げ飛ばした。母親が手を伸ばし、二人の名を呼んだ瞬間、


「間に合え……ッ!」

「……あ?」


 キリサメがスライディングをしながら二人を受け止める。伯爵たちはその制服を目にすると顔をしかめた。


「その制服はァ、粛清者だなコイツ」

「ギャハハッ、おいおい! まさか助けを呼んだんじゃあねぇのか?」

「ち、違いますとも! 町長として一通たりとも手紙を送ったりは──」


 弁解しようとした町長の頭部が消える。雨粒と共に降り注ぐのは血飛沫とボールサイズのナニカ。突然の出来事に町の人々は顔を真っ青にさせる。


「メンドクセーし、コイツら全員殺しちまうかァ? 補給場所なんていくらでもあんだろ?」

「ギャハハッ、さんせさんせェ! あの特別なニンゲン共が持ち上げられて、最近イライラしてたんだよなァ!」

「げほッ、がはッ……い、いやぁああぁ……ッ!?!」  

「おかーさんっ!」


 伯爵はリディの母親の首を片手で鷲掴みにすると、力を込めて徐々に絞め上げた。リディはすぐさま起き上がり、母親の元まで走り出す。


「あ? しつこいガキだなァ」

「きゃあ……っ!?」

「リディ!」


 苛立ちを隠せない伯爵がリディの頭を掴んで地面に軽く叩きつけた。ジョスはその光景に声を上げる。


「さっきから『オカーサンオカーサン』うるせぇんだよォ!」

「うっ、うぁっ、お、おかーさん……っ」

「なっ……てめぇ、子供に何してんだよ!?」


 幼き少女の顔を泥まみれの土に擦りつける伯爵に激怒するキリサメ。ルクスαを鞘から抜いて、斬りかかろうとするが、


「テメェこそ何してんだァ?!」

「ごほ……ッ!?!」


 前蹴りが鳩尾に入り、キリサメは地面に背中を打ち付けてしまう。ジョスは恐怖におののき、立ち尽くすのみだった。


「リ……ディ……ッ」

「おかーさん……っ」

「おいおい、死ぬ前にオボえておけよォ? 他人のシンパイをする前に、自分の身のシンパイをしろってなァ!」

 

 横暴な態度でリディの頭を踏みつけている伯爵がそう嘲笑った瞬間、


「そうか」

「……アッ?」


 雨粒と共に人影が伯爵の前に降り立ち、逆手持ちにした銀の杭を振りかざすと、


「──下らん遺言だな」

「グッホァァアァアッ!?!」


 伯爵の胸元へ深々と突き刺し、身体を捻らせて杭の平面を靴底で打ち込む。そして町の外まで軽々と吹き飛ばした。心臓を貫かれたことで伯爵は瞬く間に灰へと成り果てる。

 

「おねえ、さん?」

「……立て」


 泥まみれのリディ。そんな少女へ手を差し伸べる人物は──Alexia(アレクシア) Bathory(バートリ)だった。 

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