7:4『灰の雨』
私は泥まみれのリディの手を握るとその場に立たせた。町長の死体から噴き出した血液のせいか、僅かに頬が血で汚れている。
「アレクシア……! やっぱり来てくれたんだな──」
「いつまで寝ているつもりだ? この場にいる者たちを後退させろ」
「あ、あぁ任せとけ! 町の人たちは俺が避難させる!」
仰向けに倒れているキリサメへ指示を出し、私はもう一匹の伯爵へ視線を向けた。仲間を灰にされたことで、その顔は怒りに満ちている。
「ギャハッ、テメェよくもやってくれたなァ?」
「ぐぁッ、ごほッげほッ……!!」
「おねえさん……! おかーさんを、おかーさんを助けてっ!」
怒りによって腕に力が入り、母親の首を更に絞め上げる伯爵。私は鞘からルクスαを引き抜き、右手で構えると無言でその場から駆け出した。
「ギャハハッ、知ってるぜェ! テメェらニンゲンはこうすると何もできねぇんだよなァ!?」
「リ、リディ……ッ」
伯爵はリディの母親を盾として利用しようと向かってくる私の前に突き出す。しかし私は走る速度を緩めずに、
「貴様に助言だ」
「テメッ、このメスごと……ッ!」
リディの母親ごとルクスαで斬り上げようとする。伯爵は想定外の行動に一瞬だけ動揺を見せたため、
「それは逸話に過ぎん」
「ぐぁあッ!? テメェ、フェイントを入れやがったのか……!?」
そのまま宙を斬り上げてから左手にディスラプターαを握りしめ、伯爵の右膝に何発かの銀の弾丸を撃ち込んだ。伯爵が片膝をついた隙に手首から先を斬り落とし、私はリディの母親を解放する。
「ごほっごほっ……あ、ありがとうございます……っ」
「助けたつもりはない。吸血鬼共を始末するのにお前が邪魔だっただけだ」
「……! その喋り方、もしかしてあなたは──」
「邪魔だ。早く行け」
視線を交わさずにただそれだけ伝えるとリディの元まで駆け寄り、一度だけ強く抱きしめた。呆然としていたジョスも我に返ると母親に飛びつく。私は横目でその光景を眺めていれば、
「おねえさん……!」
「……?」
「こわい吸血鬼を──やっつけてっ!」
離れた場所でリディが声を荒げながら私にそう叫んだ。その声を背中で聞きながら、右膝の傷が完治した伯爵と向かい合う。
「ギャハッ、やってくれたじゃねぇかテメェ……ッ! ニンゲンのメスごときがオレのニクタイに傷をつけやがってェッ!」
「……」
「ギャハハッ、クソ生意気なニンゲンのメスはなァ──」
伯爵が右腕を上げれば、森の中で控えていたであろう子爵共が何十匹も飛び出し、私の周囲を一斉に取り囲んだ。
「──子爵共のエサにしてやるよォ! テメェら、このメスの血を一滴残らず吸い尽くしちまえッ!!」
伯爵の声と共に飛びかかってくる子爵共。私は左手に銀の杭を、右手にルクスαを構えると、
「やってみろ」
「グガァアアァアァッ!?!」
最初に喰らい付こうとしてきた子爵の顎にルクスαを突き刺し、心臓へ銀の杭を深々と突き刺し灰へと変えた。宙に飛び散る灰をルクスαで斬り払いながら、二匹目へと矛先を定める。
「ウガ……ッ!?!」
上空から降下してきた二匹目の爪を飛び退いて回避し、頭部を斬り落とす。三匹目はその隙を突こうと背後から飛びかかってくるが、
「グギャアァアッ!!?」
その場にしゃがみ込み、左手に握りしめていた銀の杭を後方に向かって振り払った。銀の杭は三匹目は心臓を貫き、私の上から雨粒と共に灰が舞い落ちる。
「このやろォオォッ!!」
「叫ぶな」
「ムグォオォ……ッ!?」
左側から迫ってくるのは、鋭い爪の生えた両手を振りかぶる子爵。私は立ち上がると同時に、ホルスターから抜いたディスラプターαの銃口を子爵の口の中へと突っ込み、
「鳴け」
「ウグゴォオォオォオォオ……ッ!?!」
何度か口内へ発砲してから銀の杭を宙へと軽く放り投げ、上段蹴りで子爵の心臓へ銀の杭を的確に射抜いた。灰が微かに私の視界を塞ぐ。
「な、何やってがるテメェらッ!? さっさとそのメスをコロしちまえッ!!」
動揺しながら命令を下す伯爵。残りの子爵共は次々と仲間が葬られる光景に呆然としたまま動けていない。
「どうした? 人間の雌一匹に怖気づいているのか?」
「おいテメェら、そのメスをコロせェッ! コロせェエェエェッ!!」
我に返れば次々と襲い掛かってくる子爵。背後から迫ってきた子爵は、後方へ飛び上がりながら宙で回転し、その背中に銀の杭を投擲し、弾丸で杭を打ち込んで灰にする。
「な、何なんだよ……あのニンゲンのメスはァ……!?」
一匹、また一匹と始末をし、合計で六匹の子爵を始末した。生存する子爵共は残り六匹。私は一度後方へと大きく飛び退いた。
(……問題はここからか)
私は右脚に巻かれた杭のホルスターへ一瞬だけ視線を向ける。本当なら邪魔な子爵共は全員灰に変えるべきだろう。しかし支給された武装にも限りがある。問題となるのは杭の本数。
(ホルスターに込められていた杭の本数は八本。伯爵に一本、子爵に六本使っている。残り一本はあの伯爵のトドメに使うとして……他の子爵共をどう相手するか)
現状で最優先で始末するべきはあの伯爵。手持ちにある銀の杭は伯爵の為に残したが、子爵は未だに六匹も控えている。
「……! ギャハハッ、そうかテメェ! もう杭がねぇんだろォ?」
「……そう思うか?」
「ベツに隠し持っててもいいぜェ! オレはテメェに一切近づかねぇからよォ!! ……おいテメェら、今がチャンスだァ!」
肉体の再生が程ほどに早い子爵共を六匹相手にしながら、距離を置いている伯爵を狙う。どうしたものか、と子爵共をルクスαで捌きながら思考する。
(血涙の力を……いや、迂闊に使用するのは危険か)
リディたちに遠くから見られている現状で、血涙の力は迂闊に使用すれば、私が人間かどうかを怪しまれる。それに血涙の力を使用したところで、子爵共にトドメをさせない。
「ゲヘヘッ、ウゴキがニブッテきてんぜェ!!」
「……っ」
「おねーさん……っ!」
足元の泥で足を滑らせた隙を突かれ、右脇腹に子爵の薙ぎ払いが食い込む。私は片膝を突きそうになり、何とかその場で踏ん張った。
「ヨクもオレらのナカマをやってくれたなァ!?」
「ニンゲンごときがチョウシにノルンじゃねぇぜェ!!」
「……っ! ……っ!!」
追撃を加えるように右頬を殴られ、腹部を蹴り上げられ、思わず吐血をしてしまう。だが倒れないよう、ひたすらに踏ん張り続ける。
「ギャハハッ、ニンゲンはやっぱ弱っちいなァ!? 杭がなけりゃあ、オレらに手も足も出ねぇんだぜ──」
「おねーさんは弱くないっ! おねーさんは、おねーさんは強いの!」
「アァッ!? うるせぇんだよクソガキがァ! そこでニンゲンの弱さをユビ咥えてやがれ!!」
「おねーさん、おねーさん……っ!」
リディに怒鳴り散らす伯爵。私は子爵共の腕をルクスαで斬り落としながら、リディの声に耳を傾けた。
「そ、そうだ……!」
ジョスは何かを思いつくとその場から駆け出す。走っていく方角は町の中。
(……強い、か)
そんな二人を横目で眺めながら脳裏に過ぎったのは、ヴィクトリアと初めて顔を会わせた時の言葉。
『あんたはあたしよりも動術を上手く使えるだろうに……手を抜いているじゃないか。老い耄れ相手に苦戦しちまうのはあんたらしくないねぇ』
『……手は、抜いていない』
手を抜いている。ヴィクトリアは私に対してそう言ったが、その見解は間違ってはいない。ただ手を抜いているという表現より、私自身がブレイン家の逆動以外の動術を拒んでいると言った方が正しいだろう。
『Theresia Blain。あの女は吸血鬼共に魂を売った。我々リンカーネーションの、転生者の恥晒しだ。師弟関係を築き上げていた貴様の手で粛清しろ』
『待て、テレシアが吸血鬼に魂を売ったと考えるのはまだ早い。何か策があったうえで吸血鬼の肩を持っているはずだ。まずはテレシアと向き合って話すべきで──』
『吸血鬼に魂を売った。その事実は揺るがない。貴様の手で、確実に、粛清しろ』
Theresia Blain。アイツは私の師でもあり、ブレイン家の始祖。アイツが吸血鬼共に魂を売ったあの日、弟子の私が直々に手を下すよう命令された。
『……テレシアは最期に、吸血鬼共が存在しない世界を望んでいた。私たちがその意志を継ぐぞ』
テレシアを私自らの手で始末した翌日。テレシアの傘下に加わっていた転生者たちの前で、私が指揮を執ることを説明しまとめ上げようとした。
『──アイツはいないんだし、もう解散でいいだろ』
『何を、言っている?』
『お前こそ何を言ってるんだ? テレシアさんは吸血鬼になって粛清された。テレシアさんがいなくなったら、俺たちもここにいる意味がない』
『……私がテレシアの跡継ぎに相応しくないと?』
『どう考えてもそうだろ。何で俺たちがひよっこのお前の命令を聞かないといけないんだ?』
しかし私は批難を浴びせられた。テレシアのようにはなれない。未熟者が偉そうな口を利くな。そんな罵詈雑言が飛び交う。
『というか、いつかはこうなると思ってたんだよな。あいつ、ちょっとおかしなところがあったし。十戒候補からブレイン家も外れてたしな』
『あーあ、ほんと最悪……。あんなに慕っていたのに、実際はどうしようもないクズだったなんて。これからはどう戦う?』
『じゃあ十戒の傘下に加えてもらおうぜ』
『待て。テレシアの意志はどうなって──』
『……あのさぁ、テレシアさんのことは残念だったと同情はする。けどお前は執着し過ぎだろ。まぁお前は誰よりも面倒を見てもらっていたから、依存したいんだろうけどさぁ──』
私へ向けられるのは哀れみと嫌悪。言われた通り、テレシアから手厚く世話を受けていたのは間違いなく私だ。
『──お前はどうやってもテレシアさんにはなれないんだよ』
『……!』
その一言に私は口を閉ざして俯くことしかできなかった。他の転生者たちはテレシアのことなど忘れて、私を避けながら新たな仲間を探し始める。
『薄情な連中ね』
俯く私に声を掛けてきたのは初代十戒ニーナ・アベル。私の側まで歩み寄ると、足早に去っていく薄情者たちを見つめる。
『テレシアは初代十戒の肩書を裏で拒んでいた。その理由が自分たちの為だってこと知らないのね』
『……そうだろうな』
初代十戒候補としてテレシアの名が上げられていた。だがアイツは私たち転生者の面倒を見るためにその推薦を自ら断ったのだ。
『どちらにせよ、テレシアの傘下は自然と解体するわ。それに吸血鬼に魂を売ったことが広まれば、ブレイン家も肩身がさぞ狭くなるでしょうね』
『……』
『あんたはこれからどうするのよ? 行く宛がないなら私の傘下に来る?』
『いや、その誘いは……断らせてもらう』
誘いを断り、私は転生者たちが集う本拠地を去ろうとする。ニーナは何かを悟ると私の肩を掴んで引き止めた。
『待ちなさい。あんた、まさかだとは思うけど……独りで吸血鬼と戦うつもり?』
『……問題ない』
『問題大ありよ。私たち転生者を警戒して吸血鬼も足並みを揃え始めてる。一匹ずつ仕留めさせてはくれないわ。集団で、私たちを殺そうとしてくる。独りで群れとやり合うのは無謀よ』
『私はテレシアの意志を継ぐ。吸血鬼共が存在しない世界を、私が作り上げる。例え孤独でも──吸血鬼共を粛正し続けるだけだ』
同情が込められたニーナの手を振り払う。私は早足で自身の部屋へと戻ると扉に背を付けながら鍵をかけた。そして扉にもたれながらその場に腰を下ろす。
『テレシア……』
食いしばりながら左手で自分の顔を押さえる。右手に触れたのは腰に携えていた刀剣の持ち手。
『私は、私はお前の意志を継げるのか……?』
私は刀剣を逆手持ちで強く握りしめ、心の中で迷走する。そう、あの日だ。あの日から私の歩む道は大きく逸れ始めた。
「──退け」
「グォゴッ!?!」
現実へと意識が戻されれば、逆手持ちにしたルクスαを振り上げ、子爵の左肩と胴体を斬り離し、
「コノッ……フガァアァ!?!」
斬り離した子爵の胴体を蹴り飛ばす。そして背後から接近してくる子爵の首をルクスαで刎ねた。
「ギャハハッ、んなに暴れてもムダだムダッ!! 杭がねぇテメェなんてオレらをコロスことはできねぇーんだから──」
「おいおまえ、これをつかえッ!」
戻ってきたジョスが伯爵の言葉を遮りながら投げ渡してきたのは、銀の杭が八本込められたホルスター。
「なッ、テメェらぁッ! 杭をそのメスに拾わせるなァ!!」
「もう遅い」
泥の上に転がったホルスターを拾い上げると、残されていた一本を左手に握りしめ、古いホルスターを外し、新たなホルスターを左脚へと巻き付けた。
「そいつとのケンカ、ぜったい負けんなよ……! 負けたら、負けたらおれがぜったい許さないからな!」
「……」
言葉を詰まらせながらそう叫ぶジョス。私は一瞬だけ視線を向け、六匹の子爵共を一望する。
「ちッ、ビビんなテメェらッ! カコんで一斉に飛びかかれェッ!!」
伯爵の指示通り子爵共は私の周囲を取り囲むと、呼吸を荒げつつ一斉に襲い掛かってきた。当然だが連携は取れていない。
「グギャアァアッ!?!」
「ガグギャァアアーーッ!?!」
お互いの隙を援護し合わない連携に何の意味もない、と私が子爵たちを一匹ずつ灰へと変えれば、灰は雨風と共に宙に舞い散る。
「後は貴様だけだ」
「ぐッ……ニンゲンのメスめ……ッ!!」
六匹の子爵をすべて始末し、私は傍観する伯爵を見据えた。握りしめた拳からは血が溢れ出ている。
「ギャハッ! いいぜェ、やってやるよォッ!! その首をスパンッと刎ねて、オレの部屋に飾ってやるゥ!!」
「そうか」
微風と共に足元の泥水が飛び散ると、伯爵は降り注ぐ雨粒を掻き分けながら、先手を打とうと私の前まで迫ってきた。
「……最期に有益な情報を教えておく。吸血鬼共にも『始末しやすい当たりの類』と『始末しにくい外れの類』がある」
「アッ?」
「外れは私たちから仕掛けるのを待つ類。用心深く、鋭い観察眼を持ち、吸血鬼共の力を過信し過ぎない。相手にすると厄介だ。それらを踏まえて私は外れと呼んでいる」
右手でルクスαを逆手持ちで構え、軸足を右脚へと切り替える。
「当たりは自分から仕掛ける類。警戒心もなく、大して思考もせず、吸血鬼共の力を過信する。相手にすればまず遅れは取らない。それらを踏まえて私は当たりと呼んでいる」
「アァッ!?! ナニが言いてえんだテメェはッ!?」
頭部を引き千切ろうと振り下ろされる伯爵の左腕。私は右脚を軸に半身で伯爵の左腕を避けると、
「グホォア……ッ!?」
左手に握りしめていた銀の杭を胸元に突き刺し、
「──貴様は当たりだ」
「グッギャアァアァアァッ!?!」
掌底打ちで銀の杭を深々と刺し込むと一撃で心臓を貫いた。伯爵は悲痛な叫び声を上げながら、肉体が灰となり崩れ落ちていく。
「……片付いたか」
雨音のみが辺りに響く中、私は薄暗い空を見上げる。小雨はまだ降り止む様子はない。
「やっつけた……おねーさんが、こわい吸血鬼をやっつけた……!」
「す、すげぇ……」
「ええ、やっぱり……あの人は、私たちの英雄よ……っ」
「……? おかーさん?」
涙ぐんでいる母親を不思議そうに眺めるリディと、口を開いたまま立ち尽くすジョス。私は三人を他所にルクスαを鞘へと納めた時、木の陰で人影が動く姿が視界に映る。
「誰だ? 吸血鬼共の残党か?」
そう呼び掛けると草むらを掻き分けながら、何食わぬ顔で一人の女が姿を見せる。左右で二つ結びにした青髪に、リンカーネーションの制服にも似た制服。しかし色は黒ではなく白色だった。
「……雨、降ってる。寒くない?」
「……」
「服、貸してあげる」
着ている衣服を脱ぎ始めようとする青髪の女。感情が丸ごと抜かれているような振る舞い方に、私は険しい表情を浮かべた。
「お前も濡れているだろう。それを着たところで寒さは凌げん」
「……そう」
「それよりも誰だお前は?」
青髪の女は脱いでいた衣服を元に戻すと私の瞳を見つめながら、
「──八ノ戒Luna Raines」
「……十戒か」
現状、最も顔合わせを避けるべき階級と姓名を呟いた。




