7:2『よそ者』
やっとのことで辿り着いたSenzaと呼ばれる町。町の人間に歓迎されるどころか、先ほど食糧庫で三人の男に襲われた。私は疑念を抱きつつも、キリサメが待機するボロ小屋まで戻る。
「出てけぇ! この町から出てけぇ!」
「ちょっ、危ないから石を投げんなって!」
「……風車小屋の子供」
目に入った光景は風車小屋で顔を覗かせていた少年が、キリサメに石を投げる光景。少年の側では少女が怯えた様子でじっと傍観している。
「何をしている?」
「ア、アレクシア……。いや、実はこの子たちが『出てけ』って言いに来てさ。何を言っても話を聞いてくれないんだ」
「そうか」
キリサメの側まで歩み寄り事情を聞いた瞬間、こちらの顔めがけて丸石が飛んできた。私は丸石を右手で受け止め、冷めた眼差しを少年へ向ける。
「よそ者が気に食わんか?」
「そ、そうだ! よそ者なんか大っ嫌いなんだよ! さっさとこの町から出てけぇ!」
「違うな。お前たちは何か別の理由があって、私たちを追い出そうとしているはずだ」
「……!」
そう言及しながら受け止めた丸石を少年の足元に転がせ、側で怯えている少女へ視線を移した。
「数分前、私は食糧庫で町の人間に襲われた。あの者たちはこうぼやいていたな。『殺さずに拘束しろ』……と」
「えっ、町の人に襲われたのか……!?」
「……」
「だがお前は拘束せずにこの町から遠ざけようとしている。私が考察するにお前たちは──」
自身の考察を述べている最中、少年が足元の丸石を拾い上げ、再び勢いよく投げてくる。私は軽々と受け止めると、ボロ小屋の方角へ雑に放り投げた。
「うるさい! 出てけ、この町から出てけよ!」
「……話にならん」
「お、おい! 出てけって言ってるだろ!?」
食糧が詰め込まれた袋を握り直し、少年たちへ背を向ける。現状ではあの少年と会話を続けたところで、得られる情報は何もない。
「理由も無しに私は動かんぞ。無理やりにでも追い出したいのなら自身の力で解決してみろ。それとも延々と石を投げ続けるか?」
「い、言ったなぁ……!? おれとケンカしてもいいんだぞ!?」
「け、けんかはダメだよJosse!」
「けどLydie……! このままだとあいつらが吸血鬼に──」
ジョスと呼ばれた少年は「しまった」と口を両手で塞ぐ。私とキリサメは吸血鬼という言葉を聞き取っていたため、互いに顔を見合わせた。
「ジョス……あの人たち、わるい人じゃないと思う。ちゃんと話をすれば分かってくれるよ」
「ダ、ダメだ! この前、変な女の人を逃がした時、話をしたことがバレて怒られただろ!? おれらにはこの方法しかないんだ!」
「あのさ、俺たちが吸血鬼に何かされるのか? もし吸血鬼が理由で困ってるなら、俺の隣に解決できる奴が──」
「う、うるさいうるさい! とにかく、早く町から出てけ! 行くぞリディ!」
宥めるように声を掛けるキリサメ。しかしジョスはリディという名の少女の手を握り、捨て台詞を吐いてどこかへ走り去ってしまう。
「んー、やっぱ子供と接するのって難しいな……」
「気掛かりなこともあるが今は放っておけ。どうせ明日にはこの町を出ていく」
「まぁ、それもそうだけどさ」
私はボロ小屋の隅に落ちていた薄汚い布を手に取り、壊れかけの椅子へと腰を下ろす。その丁度のタイミングで小雨が降り出し、天井に空いた小さな穴から雨粒が滴る。
「その袋には盗んだ食糧が詰め込んである。後は好きにしろ」
「えっと、アレクシアの分は……?」
「私の分はここにある」
薄汚い布にパンと干し肉を包み、私は白の布袋をキリサメへ投げ渡した。本来であれば三日分の食糧を盗もうとしたが、途中で町の男たちが襲撃してきたことで、確保することができなかったのだ。
「この後はどうするんだ?」
「明日の朝に町を出る。それまではこのボロ小屋で夜をやり過ごすだけだ」
「んじゃあ、ここで大人しくするか。変に外を出歩いたらまた変な注目を浴びそうだし」
私たちはボロ小屋で雨音を耳にしながら特に何事もなく深夜帯を迎えた。キリサメは既に就寝し、私はティア・トレヴァーに支給された杭のホルスターを確認する。
「銀の杭か。気前がいいな」
ホルスターに込められていたのは銀の階級のみが支給される銀の杭。数には限りがあるものの、伯爵相手にも劣らず交戦が可能だ。
「吸血鬼共との交戦は避けつつ、目的地であるアダール・ランバまで向かう。食糧や寝床の確保が可能なのは……この|NecroPoliceと呼ばれる町か」
ヴィクトリアから渡された地図でアダール・ランバの方角を確認しながら、次なる中継地点を事前に把握する。例え歓迎はされなくとも屋根裏の鼠のように、食糧を貪りながら人知れぬ住処で眠ればいい。
「……人の気配」
雨音に紛れて耳まで届いたのは泥道を踏みしめる足音。それも一人や二人ではなく、十人、二十人とボロ小屋を囲むようにして近づいてくる。
「起きろ」
「んぁ? ふあぁっ、どうしたんだよ……?」
「囲まれている」
「あー、囲まれているだけか……って、は、はぁっ!?」
身体を揺すりながらキリサメに状況を説明すると、閉じかけていた瞼を見開き、壁の隙間から外を覗き始めた。
「ほ、本当だ! 全方位囲まれてる……!」
私も外の様子を視認してみると松明を持った男たちが辺りを照らし、他の男たちは桶に入った液体をばら撒く。そんな妙な光景が目に入った。
「……私たちを小屋ごと灰にするつもりか」
「えっ……?」
「あの桶に入っているのは燃焼性の高い石油だ。私たちが逃げられんよう、炎の円で追い込むつもりだろう」
「な、何で俺たちを燃やそうと……」
「知らん」
食糧庫で出会った男は『生きたまま拘束しろ』と命令を下していたが、この状況下はどう考えても私たちを灰にするつもりだろう。とてもじゃないが単によそ者を嫌う町とは思えない。
「私が道を切り開く。お前は後に続け」
「わ、分かった……! けど血涙の力を使ったりとか、町の人を殺したりとかはするなよ──」
「行くぞ」
忠告するキリサメを無視し、私はボロ小屋の扉を蹴破る。派手な音を立てたことで男たちの注目は自然と私に集まった。
「何を見ている? 構わず続けろ」
「ちっ、起きてやがったのか!?」
「お、おい、どうすんだ!? これじゃあ計画が台無しに……!」
「お前たちの計画とやらは知らんが、私たちはこれから野暮用がある。この小屋は好きに燃やせ」
動揺する男たちの注目を浴びながら、平然とした態度で真っ直ぐ突き進む。キリサメは落ち着かない様子で辺りを見渡していた。
「このままだと逃げられるぞ! おい、そいつらを止めろぉ!!」
「あ、あぁ! ……お、お前らそこで止まれ!」
張り上げられた声に反応した数人の男が私たちの前に立ち塞がると、各々が鎌や猟銃などを構える。私はしばらく男たちの様子を窺い、再度ゆっくりと歩き始めた。
「き、聞こえないのか!? 止まれ、止まれって言ってるんだ!」
「そうか」
猟銃を突き付けられようが、鎌の刃を首元に突き付けられようが、私は立ち止まらずにそのまま前進していく。
「ならその引き金を引け。その手を振り下ろせ。たったそれだけで私たちを止められる」
「そ、それは……」
私が淡々とそう述べながら男たちへ鋭い視線を送ると、後退りをしつつたじろいでしまう。この男たちは自らの意志で私たちと向き合っていない。何者かに命令をされ、支配による恐怖に怯える奴隷のような目をしていた。
「……走るぞ」
「えっ? あ、あぁうん」
男たちの輪を掻い潜った瞬間、私とキリサメは町の中を駆け抜ける。朝日が昇るまでまだ数時間は掛かるだろう。町の外は視界が悪く、食屍鬼共と遭遇する可能性もある。
「ついてきて!」
「お前は……」
どこかで時間を潰せないか、と考えた丁度のタイミングで、物陰から飛び出してきたのはリディ。私の右手を握ると風車小屋まで連れていく。
「ジョス、扉を閉めて……!」
「リディ!? 今までどこに……って、そいつらがどーして!?」
風車小屋の内部へリディと共に勢いよく飛び込めば、ジョスが驚きに満ちた顔で私たちを見つめる。
「ジョス、お願い! 早く、扉を……っ!」
「わ、わかったって!」
ジョスがハンドル型のレバーを力一杯に回すと、風車小屋の内部に組み込まれた歯車が回転し、私たちの立つ床が上昇を始めた。
「あ、あぁーー! つ、つかれたぁーー!」
「ありがとう、ジョス……」
上昇していた床が静止するとジョスが尻餅をつき、リディは呼吸を整えながら感謝の言葉を述べる。私とキリサメは風車小屋の内部を見渡し、リディとジョスの元まで歩み寄った。
「こ、ここならだいじょうぶだよ。だーれも知らない、わたしとジョスだけの秘密基地だから」
「そ、そうなんだ! えーっと、その、まずは助けてくれてありがとな。俺たち嫌われてると思ったからさ。まさか助けて貰えるなんて意外で……」
「おれは助けたつもりはねぇーからな!」
「あー……そっか、そうだよな──って、うおっ!?」
どう会話すればいいのか迷っているキリサメを退かし、私はジョスやリディと視線を交互に交わす。
「いくつか尋ねたいことはあるが……まずはこの町で何が起きているのかを答えろ。なぜ私たちよそ者に対してここまでの仕打ちをする?」
ジョスは無言を貫き通そうとしていたが、リディは私の右手を再び強く握りしめると、
「この町はわるくない。町の人もわるくない。町の人がおかしいのも、おねえさんたちに乱暴するのも全部、全部──吸血鬼のせいだから」
「……やはり吸血鬼共の仕業か」
予期していた通りの言葉をボソッと呟いた。




