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100.もしかするとデート?

 アッシュたちが聖都を立つ前日。

 その日アッシュは内心で面倒だと思いながら聖都の中心にある教会で似ても似つかないイシュタリアの石像を見上げていた。

 本来であればこれを破壊する予定だったがその必要もなくなり、事後処理など関わることなく数日を過ごしたがアッシュには聖都に残る歪な魔力の残滓が視えていた。

 それがどういった存在が残したものなのかわからないまでもアッシュの勘は後々の厄介事の種になると告げていた。

 とはいえあくまでも魔力の残滓ということで対処のしようなどないのだが。


 そんなことをつらつらと考えながらアッシュはぼんやりと時間を浪費していく。

 そして思考はすぐに珍しく別行動を取っているルキとシャロのことへと飛んでいった。

 今回アッシュはある人物との約束を果たすためにこうして一人で教会に来ることになり、その際にルキとシャロの二人には別行動を取ることを伝えていた。

 そうなるとルキはそれを嫌がるかと思ったが意外なことにすんなりと了承していた。ルキ曰く、これからアッシュを落とすために色々考える。とのことだった。

 またシャロはここ数日の間に寂れた本屋にてアナスンの作品であるアヒルの子供の話を読みたい、とのことでルキと共に宿で待機となった。

 そんな二人のことを大丈夫だろうか、昼はちゃんと食べられるだろうか、など二人のことを心配に思っていた。

 ルキとシャロの二人であれば大丈夫だと思いながらも、過保護な考え方になりつつあるのはアッシュにとって二人はまだまだ子供だからなのか、はたまた身内に甘過ぎるせいなのか。

 何にせよ無為に時間を浪費するだけのアッシュだったが誰かが自身の背に迫っているのを気配で悟って振り返った。


「アッシュさん、おはようございます」


 振り返った先にはいつもの修道女の服とは違う白のワンピースを着たクロエがゆっくりと歩いて来る姿があった。

 前髪をピンで止めることによって普段よりは瞳が良く見えるようになっていて、アッシュには雰囲気がいつもより明るいように見えた。


「おはよう、クロエ。今日は前髪、止めてるんだな?」


 アッシュは立ち上がってクロエに向き直ると少しからかうようにそう言った。

 するとクロエは自分の前髪を少しだけ指先で弄りながら照れたように言葉を返した。


「はい、お母様からちゃんと前が見えるようにした方が良いと言われまして……」


 そう言いながらクロエが何処か不安そうにアッシュを見た。いや、不安そうでありながら何かを期待する様子、と言った方が良いのかもしれない。

 アッシュはそれに気づかないほど鈍感ではなく、また人が求めることも何となく理解出来ている。


「そうだな……」


 だからこそ、ちょっとしたサービス程度にクロエが求めているであろう言葉を口にすることにした。


「今までよりも雰囲気が明るくなってるように思えるし、良いんじゃないか? それに俺としてはこっちの方が好ましいかもな」


 ちょっとしたイメージチェンジは成功していることを告げ、更に肯定的な言葉を送る。

 クロエが望んでいるのはこの辺りだろう、という考えでそう言ってからアッシュは更に続けた。


「あぁ、それと……そういう格好も可愛いな」


 そうしてふわりと微笑んでから、内心でこれくらいやっておけば良いかな? と考えていた。


「か、可愛いですか……っ?」


 アッシュに可愛いと言われたクロエは頬を赤くしながら嬉しそうに照れていた。

 そんなクロエの反応に正解だったな、と判断し、しかしやりすぎても良くないとわかっているアッシュは少しだけ話題を変えることにした。


「それにしても……ワンピースか」


「あ、はい……えっと、お母様が私にはこういう服が似合うはずだから、と」


「まぁ、確かに似合ってるよな……」


「そうですか……? その、ありがとうございますっ」


 似合っている。似合っているのだがアッシュとしては何故ワンピースなのだろうかと考えてしまう。

 クロエの性別は男性であり、こうして私服といえるものに着替えるのであればわざわざこうした服を選ばなくても良いような気がしていた。


「そういえばクロエは普段から修道女の服装だったよな。何でだ?」


 そうしてクロエは女装などしていたのか。それが気になったアッシュはそう問う。

 するとクロエは小さく首を傾げてから言葉を返した。


「何で、と言われましても……村の教会で暮らす上で私の着れる服がミザリーさんのお下がりの修道服だった。というだけですよ?」


「それは村で修道服を着ていた理由だろ? いや、クロエくらいの身長になれば普通に男物だってあったと思うんだけど……?」


「んー……こういう服の方が慣れているから、でしょうか?」


「スカートとか?」


「はい、というよりもスカートとか、そういうのじゃないと落ち着かなくなっていまして……」


 そう言ってから少しだけ困ったような笑みを浮かべながらクロエは自分の姿を確認する。

 そんなクロエを見てアッシュはあぁ、なるほど。と何かに納得したように言葉を返した。


「あー……普段から着てる物と別物にすると違和感があるよな。俺も基本的に肌を出さないような恰好にしてるから、もしこれが肌を晒すような恰好になると違和感しかないな」


「は、肌を晒す……!?」


 アッシュの姿は肌を見せているのは手と顔くらいの物であり、これはルキも同じだった。

 そうした格好をしている理由はむやみに肌を晒すよりも衣服を重ねておいた方が余計な怪我をしないから、ということがある。

 貧民街(スラム)で生きていた頃はかすり傷一つでも命に関わる危険性があったからこそ、そうした考えに至っていた。

 それが貧民街(スラム)を出ても染みついていて、アッシュとルキは肌を晒すことを良く思わない。とはいえ互いに信用した相手であれば多少それも緩くなるのだが。


 そんなことは置いておくとして。

 アッシュの肌を晒す、という言葉を聞いたクロエは何を想像、もとい妄想したの真っ赤になりながらちらちらとアッシュの全身を上から下まで見ていた。

 そしてはわわ、と言ってからすぐに自分は何も見ていません! というように両手で顔を覆った。

 アッシュはそんなクロエを見てまた何かくだらない妄想でもしてるんだな、と判断して小さくため息を零した。


「クロエ、今日は街を歩くんだろ?」


「はっ! そ、そうでした……今日はその、で、デートということでしたね……っ!」


「デートかどうかはわからないけど……まぁ、クロエがそう思うんならそれで良いんじゃないか?」


 これからデートなのだ、と嬉しそうに、照れ臭そうに言うクロエの言葉にアッシュは微妙な否定のような、工程のような言葉を返す。

 それからデートではない、と言ったところで意味がないだろうな、とアッシュは適当に流しながら教会の入り口へと向かって歩き始めた。


「こうして話をするだけでも良いけど、一緒に街を歩こうって言ったのはクロエなんだからさっさと行くぞ」


「あ、は、はい!」


 ただその話を続けても意味がないと考えたアッシュはとりあえず教会から出ることにした。

 クロエは少し慌てたようにアッシュの後を追い、すぐにアッシュの隣に辿り着いた。本来であればアッシュの方が歩みは早いので置いて行かれないようにとクロエは小走りになるはずだった。

 だがクロエが隣に来た時点でアッシュは歩む速度を緩め、クロエが隣を歩けるようにと配慮していた。


「……アッシュさんは優しいですね」


 そのことをすぐに察したクロエは嬉しそうにそう口にした。


「さて、何のことだろうな」


 だがアッシュはそう惚けてから小さく笑うだけだった。

 クロエはそうしたアッシュの姿を見て同じように小さく笑みを零し、そしてこれ以上このことを言うのは無粋だと判断してそのことについて言うことはなかった。


「で、街を歩くって言っても目的も何もなしに歩き回るつもりなのか?」


「そのつもりですよ? 何か目的を決めるのではなく、二人で街を歩く。ただそれだけでも、アッシュさんとならきっと楽しいはずですからね」


「まさかの無計画か……本当に愉しいのか、それ?」


「楽しいですよ! アッシュさんにもわかりやすく言うのであれば……ルキさんやシャロさんと何となしに街を歩くだけでも楽しいでしょう?」


「まぁ……そうだな。なるほど、そういうことか」


 わかりやすく、ということで例として挙げられたそれを聞いたアッシュは納得したように頷いた。

 それから本当に歩くだけでも楽しいと考えていることがわかる、幸せそうなクロエを見てからこう言った。


「確かに、クロエと一緒ならそれだけでも楽しそうだな」


 一人で表情がコロコロ変わったりからかい甲斐のあるクロエがいるなら退屈はしないかな、と思いながら言ったその言葉は、違う意味でクロエに届いていた。

 クロエとしてはアッシュがルキやシャロのことを大切にしていることはわかっていた。だからこそこの例えであればアッシュでも同意してくれるはず、と考えていた。

 だがまさかの同意だけではなく自分と一緒なら、という言葉を向けられてしまった。

 それを受けてクロエがどう考えたか。それは自分もアッシュにとって大切な人間として見られているのではないか、ということだった。

 現状であればアッシュはクロエのことを少しは気にかけてはいる、という程度だった。だからクロエの考えを口にすれば否定されただろう。

 だがクロエはそれを口にすることなく嬉しさで一杯になっていた。とにかくクロエは好意を抱いているアッシュからの言葉の意味を勘違い、もしくは都合の良い形で受け取ってしまっていた。


「……クロエ?」


 そのせいか両手で自分の頬を覆って一人で突然幸せオーラを振りまき始めたクロエに対してアッシュは疑問符を浮かべながら名前を呼んだ。


「は、はい! どうかしましたか、アッシュさん!」


 そんなクロエはアッシュに名前を呼ばれただけでも嬉しいようで元気よく返事を返していた。

 何がそんなに嬉しいのか、理解出来ないアッシュは疑問符を浮かべるばかりであり、とりあえず問題があるわけではない、と判断して気にしないことにした。


「いや、何でもない。あー、とりあえず嬉しそうだな、と思ってな」


「えへへ……はい、とーっても嬉しいですよ!」


 片やデートということになっているのでそれが嬉しいのかと思い、片や相手が自分のことを大切な人として想ってくれていると勘違いしている。

 何とも言い難いすれ違いを起こしながらも二人は並んで聖都の街並みを目的もなしに歩いていた。

認識の差はありますがきっとデートです。

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