99.穏やかに眠る
修羅場のような、そうでもないような。
そんな状況から暫く経ち、漸くというかついにというかアッシュたちは就寝時間を迎えていた。
そしていつも通りにアッシュのベッドにはルキが潜り込んでいて、何かいつもと違うことがあるとすればシャロも同じようにベッドの中にいる。ということだろうか。
勿論というか、ルキとシャロはアッシュを挟む形になっていた。
ベッドの大きさを考えると子供が二人とはいえ三人で寝るには狭く、結果三人で密着するよりなかった。
「はぁ……流石に狭くないか?」
「俺はアッシュと密着出来るから問題ないぞ!」
「確かにちょっと狭いですけど、こういうのも悪くないかもしれません」
そう言って二人は幸せそうに笑顔を浮かべていた。
ルキはいつものこととして、シャロはほわほわと幸せオーラを溢れさせているのでそれを見たアッシュは何も言えなくなってしまった。
「でも気を付けないと落ちそうだよな」
「俺は大丈夫として、ルキとシャロが落ちないか心配だな」
「大丈夫です! と断言出来ないのがどうにも……で、でも! 落ちないように気を付けますから!」
どう気を付けるのか、とアッシュが一瞬考えるとシャロはもぞもぞと動くとアッシュへと身を寄せた。
「これで落ちる可能性は低くなったと思います!」
そしてふんすっ! と満足げというか得意げになるシャロ。
それに気づいたルキはかすかに頬を膨らませて不満を露わにするがすぐさま何かを思いついたようにごそごそと動き始めた。
「ルキ?」
「いや、落ちないようにってことは……こうしたら良いんじゃねぇかなって思って」
そう言ったルキはアッシュの腕を抱き枕のように抱き締めていた。確かにこれならば簡単には落ちないだろう。
だがアッシュとしてはそれに関して思うことがあった。
「いや、これ寝にくいだろ。俺が」
と、建前を口にするアッシュだったが本音としてはルキが何かを企んでいるのではないか、と内心で不安になっていた。
「えー……とか言いながらアッシュは気にせず寝そうだけどなー」
「はいはい、良いから俺がちゃんと寝られるように配慮してくれ」
「はーい」
何処となく不満そうに、それでいて楽しそうにルキは返事をしたがアッシュの腕を解放することはなかった。
そのことにアッシュは内心でため息を零しながら、とりあえずは大人しくしてくれるなら良いか。と考えることにした。
「ルキさんは楽しそうですね」
「当然だろ? 今日は余計なことばっかりあったけど、やっと面倒なこととか考えずにアッシュに引っ付いてられるんだからな」
「ルキさんはいつも何も考えずに主様に引っ付いているような……?」
「いつもアッシュに引っ付いていたいって考えて引っ付いてるぞ!」
「それこそ何も考えてないだろ……」
何故か得意げに言い放ったルキにアッシュは呆れたような、疲れたような様子で言葉を返した。
「いやいや、これすごい考えてるからな? どれくらいならアッシュが許してくれるかな、悪い虫が寄って来なくなるかな、アッシュは俺のアッシュって周りに知らしめることが出来るかな、って」
「俺としてはそういう考え抜きでとりあえず突撃しておく、みたいな印象があるんだけど……」
「んー……まぁ、それも間違いじゃねぇかな?」
「やっぱり何も考えてないんだな……」
はぁ、と小さくため息を零すアッシュに、楽しそうに笑って返すルキ。
そんな二人のやり取りにシャロはくすっと小さく笑みを零した。
「シャロ?」
「あ、ごめんなさい……その、やっぱり、こういうの良いなぁ、って思いまして……」
「こういうのって……いつものことだろ」
「そうそう、俺はいつも通りアッシュを独り占めしてるだけだぞ?」
「独り占め云々に関してはずるいのでなしでお願いします。それと私が言いたいのは特別なことはなくてもこうして自然体で一緒にいられることを言っています」
アッシュのことを独り占めしている、という言葉に関してはきっちりと釘を刺しつつシャロがどういう意味なのかを口にした。
その言葉は心からこの状況を幸せなことだと思っていることが分かるほどに穏やかで、それでいて僅かに寂寞の念が見え隠れしていた。
アッシュはそのことについて触れるべきかどうかと逡巡していた。だがそんなアッシュなど関係ないとばかりにルキが口を開いた。
「とか言いながら何で微妙に寂しそうなんだよ?」
「え?」
「アッシュだって気になるよな?」
「ルキ……そういうのは踏み込んで良いのか一度考えるべきだと思うぞ?」
「えー、別に良いだろこれくらい。それにこういうのはちゃっちゃと踏み込んで話聞かないとその後もずるずる同じようなことが続いたりするって知ってるんだぞ」
「あー……確かに、それはそうだけど……」
「それにアッシュにとっても俺にとってもチビは身内みたいなもんなんだからお互いに変な遠慮とかしない方が楽だろ」
しれっと当然のことのようにそう言ったルキにアッシュとシャロは僅かに目を見開いた。
わざわざこうしてルキが口にするということは本当にシャロのことを身内として見ているのだな、と安堵し、またその言葉の中にシャロのことを案じている様子が見えたからだった。
またシャロは二人が自分のことを身内だと思っているのだとはっきりと言われたことに一瞬意味が理解出来ず、しかしすぐにその意味を理解すると嬉しさで胸がいっぱいになっていた。
「確かにルキの言う通りだな」
「だろ?」
「あぁ、でも無理に聞くのはなしだからな?」
「んなもんわかってるっての。で、チビはそこら辺のこと話すのか?」
「あ、そう、ですね……聞いてもらっても良いですか?」
「俺は大丈夫だ。ルキは?」
「別に良いぞ」
「だそうだ」
少しだけ言いづらそうなシャロだったがアッシュとルキは既に話を聞く準備が出来ていることを悟りおずおずと口を開いた。
「えっと……実は私の実家はちょっと良い家と言いますか、エルフの中でも高貴な身分と言われるような家と言いますか……」
「エルフの中でも貴族ってことか?」
「そう、ですね……そう思っていただいて構いません……」
ルキの言葉を肯定するシャロだったが、どうにも不安そうにアッシュのことを見ていた。
シャロにはどうしてそうなったのかわからないがアッシュは貴族や王族のことを嫌っている。だからこそエルフの中では高貴な身分であることを明かしたことで嫌われるのではないか、と不安に思っていた。
だがシャロの不安とは裏腹にアッシュは何処かその言葉に納得しているような様子さえ浮かべていた。
「道理でシャロは育ちが良いような気がしたわけだ。エルフがそういうものかと思ったけど、なるほどな……」
というよりも感心している、というのが正しいのかもしれない。
アッシュは以前からシャロの所作を見て育ちが良い、ということは理解していた。いや、むしろ良すぎるとさえ思っていた。
それが高貴な身分ということであればすんなりと納得の出来る話だった。
「あの、主様?」
「何だ?」
「その……そういう身分だとわかって何か思うこととか、そういうのは……?」
「ないな。まぁ、最初に聞いてたならそれなりに思うこともあっただろうけど……今となってはシャロがどういう子なのかある程度わかってるしな」
「なる、ほど……最初に何も言わなかったのは正解だったのかもしれませんね……」
隠し事をするのは良くないと思っていたシャロだったが、それが正しかったとわかってシャロは安堵していた。
とはいえアッシュは王族のシルヴィアや貴族のアルトリウスと普通に接しているのでぎくしゃくするにしても最初だけだった可能性はあるのだが。
「いえ、過ぎたことと言いますか、今となっては考えるだけ仕方のないことですね……」
シャロ自身がその可能性に思い至ったので何とも言えない微妙な感情を滲ませる声でそう言ってからシャロは小さく吐息を漏らした。
そして意を決したように本題に移った。
「そうした家の生まれとなると、どうしても権力争いというか、家督を継ぐのは誰なのか、という話がありまして……基本的に兄弟姉妹でも心を許すことは出来ず、両親も、その……一番出来の良い子供を大切にしていました……」
その言葉を口にするシャロの様子から、シャロは出来の良い子供ではなかったことがわかる。
そんなシャロはきっと、そうした高貴な身分の家の中ではそこまで大切にはされていなかったのかもしれない。
それを察してアッシュは僅かに憐れむようにシャロを見て、しかしすぐに小さくため息を零すと器用にルキの拘束から腕を抜き、体勢を変えてシャロと向き合うようにした。
それからアッシュはシャロを抱き絞めるようにしてその背を軽くぽんぽんと撫でるように叩く。
「あ、主様……?」
「シャロにとってはそれは辛い過去だ。それに囚われて悲しむ必要なんてのは何処にもない」
「……でも、私の家のことです。まったく気にしない、というわけにもいきません……」
言葉を続けるほどに寂しそうな、もしくは悲しそうな色が濃くなるシャロだったがアッシュはそれに対して小さく笑って言葉を返す。
「そうだろうな。でも自分の家のことだと気にかけるのと、囚われるのは別物だ」
「……私は囚われている、と?」
「そういうことだ。まぁ……今は気にしなくても良いことだろ。今は……そうだな、家族、とは違うけどこうして俺たちと一緒にいることを楽しんでもらいたいな」
「……確かに、あまり気に病んでいても仕方がありませんよね……でも、そうなるようなきっかけを作ったのは主様なのでは……?」
過去は過去として、家のことは家のこととして、今は今を楽しむべきだ。
そんな言葉を口にしたアッシュに確かに一理ある。と思いながらシャロは言葉を返した。
が、その後すぐにそのきっかけを作ったのはアッシュだったはず、とアッシュを見た。
「いや、俺じゃなくてルキだな」
「いや、俺じゃなくてアッシュだろ。俺は思ったことを口にしただけで、その後はアッシュだろ?」
「つまりお二人がきっかけということですね」
「違うな、そういう雰囲気だったシャロがきっかけの方がらしいんじゃないか?」
「おー、確かに! ってことはチビがきっかけで決まりだな!」
「それは絶対に違います!! 主様もルキさんも意地悪さんです!!」
そう抗議をしてむーむーと唸るシャロだったがアッシュに駄々をこねる子供をあやすように抱き締められているので唸ることしか出来ないでいた。
更に言えばアッシュは未だに背中をぽんぽんと優しく撫でるように叩いていてこれ以上は本当に駄々をこねる子供だと悟ったシャロは不満そうではあったが大人しくなった。
が、すぐにその背を叩く手の優しさと抱き締められていることで感じるアッシュの温かさにぽやぽやと幸せそうにし始めた。
「まぁ、何にしてもそろそろ寝た方が良いかもな。明日だって聖都を見て回るわけだしさ」
そう言ってルキは眠る態勢に入り、ごそごそとアッシュの背にピトッと張り付いた。
ここで抱き着いたりしないのはシャロに対するちょっとした配慮、というものだった。
アッシュの行動はシャロを慰め、安心させるためのものだと理解しているルキはそれを邪魔するわけにはいかないと今日はこれで我慢しよう、と決めたのだ。
ただ明日になればもしかしたら少しばかり過激になる可能性はあるのだが。
「だな……それじゃ、おやすみ、ルキ、シャロ」
「おう、おやすみ、アッシュ。それからチビも」
「はい、おやすみなさい、主様、ルキさん」
そう言葉を交わして三人は静かに目を閉じてそれぞれが眠りに就こうとしていた。
シャロはアッシュに抱き絞められたまま、その温かさに安心しながら。
ルキは幼い頃から自分を守ってくれたアッシュの背に引っ付いてアッシュの匂いに満たされながら。
そしてアッシュは子供二人に挟まれて、自分とは違うその体温に小さく、本当に小さく頬を緩めて意識を手放した。
ロリショタと添い寝する主人公。




