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98.本当の黒幕

 修羅場のような日常の風景をアッシュたちが繰り広げている頃。

 帝都へと戻ったはずのカルナは聖都の隅にある寂れた教会へとやってきていた。

 その手には炎揺らめく槍が握られていて、その穂先は怯えたように蹲る白髪の老人へと向けられていた。


「とうに逃げ出しているかと思ったが、何故聖都に残っているのか理解に苦しむな」


「ヒ、ヒィィ……!」


 カルナの言葉は届いているのか、届いていないのか。

 老人の喉からは引きつったような声が漏れるばかりでカルナの言葉に答える様子はなかった。


「答える気はない、ということか」


「どうか、どうかやめてくだされ……!」


 その言葉と共に槍の穂先から炎が奔り、その老人を囲む。

 が、それと同時にカルナは僅かに目を細めて少しの間老人を眺めていたかと思うと小さく吐息を零した。


「幻術か」


 その言葉が届いた老人はピタッと怯えた様子が静まるとゆっくりと顔を上げてカルナを見据えた。

 そして歪な笑みを浮かべたかと思うとしわがれた声で語り始めた。


「この程度のことも見抜けぬとは、太陽神の子などと呼ばれようとも所詮は人さね……」


 先ほどまでの怯えた様子などただの戯れだったとでもいうように老人は嗤う。


「あぁ、所詮は加護を授かっただけの人間だからな。だが……幻術を残した以上、魔力を辿りお前を焼き殺すことも可能だ」


「おぉ、怖や、怖や……だが、あぁ、だがしかして我には決して届かぬ。届かぬのだ……」


「随分な自信だな」


「聖都に残る魔力の残滓によって作られたものに過ぎぬ故に……」


 老人の言葉にカルナは炎によって老人の本体を焼き払おうとするがそれが何処へも届かないことをカルナは理解すると僅かにその瞳に剣呑な色が浮かんでいた。

 この老人こそが聖都に結界を張っていた張本人であり、カルナが今後のために仕留めておかなければならないと考えていた存在だった。

 そんな存在を追い詰めたと思えばすでに本体と言えるものは何処にもおらず、自身を嘲笑うようにそれのみが残されていた。


「しかし、しかしだ……我に気づいたことだけは褒めてやらねばなるまいよ」


「……貴様、ただの魔族ではないな」


「さて、何のことかはわからぬな。あぁ、とんとわからぬ……我などはただの老いぼれよなぁ……」


 ただの老いぼれだと断ずる言葉とは裏腹に、カルナを嘲る色が強く浮かんでいた。


「名は」


「ナイア。とはいえこの名を覚える必要などなかろうよ」


 そう言うと老人―――ナイアは更に嗤う。


「汝如きでは我には届かぬ。名を覚えようとも、再び(まみ)えることなどありはせぬ故にな……」


「いいや、いずれ(まみ)えることとなる。俺は貴様を逃がしはしない」


「出来ぬ、それは出来ぬのだ……我の姿を見たか? いいや、見えるはずもなかろうよ……」


 ナイアが小さく嗤ったかと思えば白髪の老人はすらりとした美女の姿へと変わっていた。


「私の姿は一つではないわ。当然魔力の質も、量も、何もかもが違う」


 次にナイアは少女の姿に変わるとふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべて言葉を続けた。


「だからね、私に二度会えないの。会ってもあなたにはわからない。だから……」


 かと思えば、その姿は浅黒い肌の青年のものとなっていた。


「ですから、お諦めください。カルナ様程度では決して私に届くことなどないのです」


「どうやら、俺が考えている以上に厄介な存在のようだな」


 カルナのその言葉にナイアはクツクツと嗤い、カルナを愉快なものを見るように見ていた。

 それを受けたカルナはナイアに悍ましい何かを感じ、槍を握る手に力が籠った。


「……貴様、何故聖都に結界を張った。貴様の目的は聖女か、勇者か、それ以外の誰かなのか」


 だがカルナはナイアのことを得体の知れない何かだと警戒しつつ、情報を得るためにそんな言葉をナイアへと向けた。

 するとナイアはそのことを理解し、余計に笑みを深めると言葉を返した。


「その程度の問いかけであればお答え致しましょう」


 その程度、という言葉から誰を狙ったものなのか。それは大した意味がないのであればやはり聖女か勇者を狙ってのことなのだろう。そう判断したカルナだったがそれは違った。

 ナイアの口から出たその対象の名前はカルナが予想していたものとは違ったのだ。


「私が探しているのは灰の男。カルナ様であればわかるでしょう?」


「アッシュか」


「えぇ、今はアッシュと名乗っているようですね。過去の名は捨てた、そういうことでしょう」


「……アッシュについて、何を知っている?」


 ナイアの言葉を聞いて、ナイアはカルナのことを知っている。それも自分が知らないような、下手をするとアッシュと関わりのある人間ですら知らないようなことを。

 その可能性を考え、カルナが問えばナイアは笑みを深めるだけで答えようとはしなかった。


「さて、それではこの辺りで失礼させていただきます」


「随分と急だな」


「こちらにはこちらの都合がありますので。あぁ、それと……」


「何だ?」


「実はこれ、幻ではないのですよ。使い捨ての分裂体とでも言えば良いのでしょうか……何にしても残り物の魔力で作った以上はすぐに消えてしまうのですが」


「分裂体……つまり……」


 カルナの雰囲気が険しい物へと変わるとカルナは愉しげな笑みを浮かべて何もなかったはずの腰に下げられた剣を抜いた。


「ここでカルナ様と戦うことも可能、ということでございます」


 その言葉を受けてカルナが本格的に戦えるようにと構える。

 二人の間の空気は冷たく、より剣呑な物へと変わり、何か一つきっかけがあれば殺し合いが始まるのではないかと思えるほどに張り詰めていた。

 そんな状態が数秒続き、カルナが先に仕掛けるべく地面を蹴ろうとした瞬間。ナイアの手から剣が姿を消した。


「やめておきましょう。この分裂体ではただ一度の打ち合いにさえ耐えられませんからね」


「自分で挑発するようなことをしておいて、よくそのようなことが言えたな」


「所詮は分裂体。消えたところで本体には何ら影響はありませんので。それに……」


 そこで言葉を切り、ナイアは最初の老人の姿に戻ると言葉を続けた。


「我の本体が離れるには充分な時間を得た……もっとも、汝を恐れたのではなく、あの灰の男に気づかれるわけには行かぬ故に……」


「随分とアッシュを恐れているようだな」


「当然よな……あれは死だ。逃れえぬ死。すべてに訪れるはずのそれが、人の姿で歩いているだけに過ぎぬ」


 ナイアの言葉にカルナはどういうことなのかと訝しんでいたがナイアは更に言葉を続ける。


「どうにか殺せぬかと場を整えていたというのにふらりと現れるなど、想像できようものか……」


 忌々しそうにそんな言葉を零すナイアだったがその表情は愉しげな笑みを浮かべていた。

 どうして言葉とは裏腹にそんな笑みを浮かべているのか、カルナにはわからなかった。

 その理由はナイアにしかわからないことだったが、予想外、想定外の出来事が起こることが愉快でならなかったのだ。


「随分と楽しそうだな」


「当然よな……所詮は全てが我が手の平の上。そうあるのがこの世の姿。だがあれはそうもいかぬのだ」


「自身のことを過大評価しているのではないか?」


「いいえ、全てが私の思いのまま。世界はそうあるべきなのです。私の障害となりうるのは、かの女神のみだと考えていましたが……まさかあのような方がいるとは思いもしませんでした」


 一瞬でまた浅黒い肌の青年の姿になったかと思えばナイアはそう言って愉快で愉快で仕方がない、というように笑みを浮かべていた。

 それを見てカルナはナイアが本当に愉しいと感じているのだと悟った。


「あれほどの死を内包した、というよりも死そのもののような存在がいるなどと思いもよりませんでしたからね」


「先ほどからアッシュについて語るが、それはどういうことだ」


「わかりませんか? そうですか、それならば良いのです。私からは何も申しません」


 そう言ってからナイアは何処かカルナを馬鹿にするように鼻で笑ってからすぐにこう続けた。


「何にせよ、既に私の分裂体は限界のようです。ですのでそろそろお暇させていただきます」


「最後となるなら確認だが……元々アッシュを狙ってのことだった。そういうことで良いんだな」


「えぇ、聖女や勇者に関しては興味のかけらもありません。あの方を殺す。それだけのための布石だったのですよ」


「そうか……で、あるならば貴様を生かしてはおけないな」


 その言葉と同時に嗤うナイアが突如として燃え上がった。その炎はシュヴァーハを焼いた炎よりも煌々と燃え盛るものであり、一切の容赦がない炎だった。

 ナイアは悲鳴や呻き声をあげることなく消し炭となるが、魔力によって作られたその分裂体はすぐにぼろぼろと崩れ、塵となって消えてしまった。


「どうせ聞こえているのだろう。貴様は必ず殺す。アッシュに危害を加えるというのであれば容赦する理由など何処にもない」


 声には怒気が浮かんでいて、カルナにとってアッシュを殺すために動いていたというナイアのことを許せないと考えていた。

 いや、許せないというよりもこのことを知っているのは自分だけならば、自分がアッシュのことを守らなければならないと考えている、という方が正しいのかもしれない。

 だからナイアは必ず殺さなければならない。得体の知れない化け物のようなナイアを。

 そんな決心をするカルナを嗤う声が教会に響く。当然のようにナイア本体は死ぬことなく、またカルナの炎は本体には届いていなかった。


 数秒後、ナイアの嗤い声が聞こえなくなるとカルナは自身の槍を炎と共に消してその場でくるりと身を翻した。

 そしてそのまま二歩、三歩と歩くと炎がカルナを包み込むように燃え上がり、一瞬の後にその場にカルナは残っていなかった。

 もはや聖都に留まる理由はなく、自身の本来の役目。聖都にて観測された異様な魔力を持つ存在の調査、つまりナイアについて多少なりと情報は得ている。

 であるならばすぐにでも帝都に戻らなければならなかった。

 それは自身の役目を終えたから、ということもあるがそれ以上にナイアを確実に殺すための手段を考えなければならないから、という理由の方がカルナにとっては大きかった。

わかりやすい!とてもわかりやすいなこの黒幕!

この人の元ネタが出る、つまりその人が黒幕。そんな感じ。

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